第55話『8年ぶりの再会』
──…2人は屋上に到着した。
「俺もびっくりするほどのスピードで走りやがって…」
「ごめんなさい…でも、またこうやって会えて嬉しかったから」
「…尼野…」
「その呼び方も、すごく久しぶり」
「はは…」
ヒロトはそれに笑うが、表情は少し陰っていた。
「…どうしたの?」
ヒロトはクレアに、声を震わせて話し始める。
「俺、お前が死んでから、すごく心掛かりだったんだ…」
ヒロトの脳内に、8年前に河川敷でおきた事件がフラッシュバックする。
「高い河川敷から落ちて死んだお前を見て俺は、お前が自殺したんじゃないかって…俺は…俺は…ッ」
それは、ヒロトがここに来て、初めて流した嗚咽と涙であった。
その理由など、聞くまでもないだろう。
──それに対して、クレアはまたヒロトを抱きしめる。
「…!」
「違うんですよ、ヒロト君。私はただ、激しい雨で滑って落ちただけですよ?」
クレアの抱擁に、ヒロトの体からは力が抜ける。
彼女は、ヒロトの背中を何度も優しく撫でてくれた。
「ヒロト君、大きくなりましたね…8年前よりもずっと。成長しすぎて抱きしめきれないです…筋肉もすごいし、とてもトレーニングを頑張ったんですね…」
ヒロトはその感覚を、久しく忘れていた。
今になって思い出し、彼にとって欠けた1つのピースが埋まった気がした。
「体だけじゃない…あなたの心は、芯から強くなったんです…今までよく頑張りましたね…」
鬼神のオーラがあったところで、ヒロトは元は情弱な少年だ。
ヒロトがここまで成長したのは、嫌なことがあったとき、彼女が心の中でずっと抱きしめてくれたからだ。
だが今思うと、やはり本物には敵わないと、笑みさえ溢れてきた。
「私、今までの8年間、あなただけは忘れられなかったんですよ…?あなたのことを、私が嫌うわけないじゃないですか…」
ヒロトは、そう優しく語る彼女に、彼女への雑念のすべてが消し飛んだ。
「もしあなたが辛いとき、いつでも私がこうやって慰めますから、これからも、よろしくお願いしますね…」
ヒロトは目から溢れるアツいものを拭って、クレアを抱きしめる。
「ああ…!これからも…よろしく!」
「えへへ」
2人はそのまま、甘い時に2人っきり、再会を喜んでいた。
「──つうかさ、ここではお前のことなんて言えばいいんだ?」
「私は、尼野の方が嬉しいです」
「じゃあ、これからもよろしくな、尼野!」
「はい!ヒロト君!」
※
放課後、ヒロトはトレーニングのため、いつもの場所にやってきた
「──きたぞ、メイプル」
そこにはいつものように、メイプルが待ち構えていた。
だが、少し違う点があった。
「ヒロト…よう来たな」
声が少し抑えめで、いつもの覇気は感じられない。
「どうしたんだ?何かいつもと…──」
「ワシはどうでもええねん…、ヒロト…いつものようにオーラを纏って、殴りかかってこい」
「お…おう」
ヒロトはいつものように、そのオーラを発動させようと構える。
「…──あれ…?」
不思議なことに、体からオーラが出ない。
「…ウソだろ、そんなことは」
ヒロトはさらに踏ん張るが、そうしたところでほぼ何も変わらなかった。
「やっぱりそうやな…」
「…!どういうことだ?」
メイプルが、声のトーンをさらに落として言う。
「お前はもう…オーラは使えへんのや…」
「…っ!」
ヒロトは、声も出ないほどの驚きに目を見開く。
「ワシから呼んどいて悪いが、今日は帰ってんか…」
「…わかったよ…」
ヒロトは、声小さくそう言って、コウの部屋へと向かうのだった。