第51話『ヒロトの暴走を止める』
生徒会がリズレを期待の眼差しで見るなか、リズレは生徒会らと同じく視野を狭め遠くを見据える。
彼の視界には巨大な鬼神が暴れる光景が広がったが、リズレはさらにそこからさらに狭める。
森の木々に遮られても関係はない。
その目はヒロトを捕らえる。
「捕らえたよ、間違いなくヒロトくんの姿だ」
「本当ですか!」
何という実力だろう。カリンですら見つけられなかったというのに。
「(やはり、学園長の実力は伊達ではないですね…)」
とうのカリンも、その力には驚いていた。
カリンが本気を出してもなし得なかったことを、リズレは簡単にやってのけたのだ。
──リズレは手をクレアの肩に置いて、視界を共有させる。
リズレ程になれば、こめかみを近づけさせる暇など必要ない。
「…!」
クレアはリズレの視界を受け取り、ヒロトをしかとその目に焼き付ける。
「──グォアッ…!ハルル…ッ…ハァッ!」
森の奥で暴れるそのさまは、怒りで自我を失い、そのやり場もないまま怒り狂っていた。
「ヒロトくん…あそこまで怒り狂うなんて…」
「う~む、ヒロトくんから何mも離れたところに、ラビットくんの魔力の反応がある。彼は暴走の前兆に気付き、彼女を避難させたんだね」
リズレはそういうが、彼女の近くの少女の存在にも気づいていた。
それをなぜ公言しなかったかは別の話となるが、リズレはまたさらに一つの魔力に気づく。
「ヒロトくんから、何か邪悪な力を持つものが逃げている…森の動物たちを魔物にしたのはこの人間なのか?北校舎の一件も、どこか腑に落ちないが…──…ん?」
その時、リズレは何やらまたおかしな魔力の反応を察知した。
だが、彼は黙っていた。その理由もまた別の話となる。
生徒会は、その様子をわからなそうに見つめていた。
「…そんなことより、ヒロト君の暴走を止めなくては!」
クレアは焦っていう。そして、リズレはようやくヒロトに視界を移す。
「…ああ。何度も聞くようで悪いけど、君は本当に、彼を止める自信がるんだね?」
「はい!言葉さえ届けば…!」
何度も強く言い切るクレアにリズレは頷いてから、16kmも離れたヒロトと、そしてクレアの両方に魔力を送り、その二つを連結させる。
「これで、ヒロト君に言葉が届くよ」
「ありがとうございます…」
クレアは、ヒロトに言葉を伝える…──。
「──ヒロトくん!」
※場面は、暴走するヒロトへ…
「ガルゥッ!ハルルッ!」
ヒロトが暴走して20分が経ち、ヒロトの体はひどく疲弊しきっていた。
オーラも何度も限界を超えたせいでひどく薄まってしまい、叫びすぎたせいで喉は枯れ口は裂けていた。
「ゲホァッ…!」
──ビシャッ…
ヒロトが咳き込み、大量の血が吐き出される。
意識が朦朧としてきて、ヒロトはふらついて倒れる。
ヒロトの全身の筋肉は悲鳴をあげる。限界はすぐそこまで迫っていた。
これ以上暴れてしまうと、死にも直結するだろう。
だが、ヒロトの怒りは晴れることはなかった。
──そこから離れた場所で様子を見るラビットは、今のヒロトに対し自分が何もできないことに胸を痛めていた。
「ハッ…!ハッ!ガァアーッ──」
ヒロトが再び叫ぼうとした、その時の出来事──…
『──ヒロトくんっ!』
どこからともなく声がした。
我を失って何も聞こえなくなったヒロトに、その言葉はうるさいほどによく伝わった。
「ァ…っ」
ヒロトの動きが止まる。
すると、背中から発せられる鬼神も、動きを止めた。
──そのクレアのたった一回の言葉が、ヒロトの動きを止めたのだ。
生徒会ですら理解できない境地での出来事であった。
「なんや!動きが止まったが!」
「たった一言の呼びかけで…」
カリンとメイプルという実力者でさえ、これには驚いていた。
リズレでさえも、ニヤリとしていた。
──そこから、さらにクレアは語る。まるで聖母のような慈しみに満ちた声で。
『ヒロトくん…どうか怒りを鎮めてください』
「…っ」
その言葉を聞いて、ヒロトはその目から涙を流す。
『ウゥゴ…ッ!ガァア…』
鬼神は手で顔を覆い、うめき出した。
生徒会はそれに驚く。
「あの鬼神、うめいてるのか?」
「泣いてるようにも見える…」
「これも、クレアさんの言葉の影響なの?」
ソード、アキニーム、フラワーが言う。
『ヒロトくんに何があったかはわかりません。ですがその力は危なすぎます…人を傷つけることが、簡単にできてしまうのですから』
「あぁッ…うぁアーッ!?」
ヒロトは怯えたように、震える声で叫ぶ。
テレパシーは両方の声が聞こえる。
ヒロトの声を聞いてもクレアは、説得するように落ち着いて続けるのだった。
『怖いですよね…人を傷つけてしまうのは…8年前に、あんなことがあったのですから』
「あウッ!…ぅうガ…」
ヒロトは、そこに膝をつき慟哭した。
「だから怒りを抑えて、私のところへ来てくれませんか…?──」
クレアは、そこから続ける。
「あのときのごめんなさいでは、足りないんです…。ヒロトさんと、これからも一緒にいたいんです…」
クレアのその一言に、ヒロトは確信する。
自分は彼女に、ずっと前から会っていたと…──
──オーラに目覚めてすぐ、学校でこのように暴走したヒロトは、自分をいじめた同級生たちに復讐した。
だが、ヒロトは無関係の彼女に手をかけようとしたところを、寸前で踏みとどまったのだ。
優しい彼女はヒロトを抱擁し、こう言ってくれた。
『──ごめんなさい…ヒロト君のこと、救ってあげられなくて…』
下校中の彼女を追いかけ、そして追い付いた先で、彼女は死んでいた。
そんな彼女が、今学園で生きており、ヒロトを待っている。
彼女の名は、何だっただろう…──
『──ヒロト君…』
「──あ…、ま…──」
──ドサッ…
…テレパシーはそこで、倒れるような音とともに途絶え、20mの鬼神のオーラも消えた。
クレアは、そこで驚く。
「あれ…?オーラが…」
生徒会も、ヒロトの様子は見えないため、気になる様子だ。
クレアの頭を、嫌な予感が掠める。
「ヒロト君に、何かあったんですか…?」
全てを知ったリズレは、そう聞くクレアにこう答える。
「君は、傷つくことになるが、構わないかい…」
※
「──ヒロトさんのオーラが…」
ラビットは、ヒロトの暴走が止まったと確信した。
「…あれ?わたし…──」
少女も目を覚ます。
「…ヒロトは?」
「…急ぎましょう!」
二人はそうして、ヒロトの方へ走る。
「──いた…っ!」
「ヒロト!」
二人は、より荒れた場所に倒れるボロボロのヒロトを発見する。
「暴走が止まってよかった…」
「おきて!ヒロト!」
だが二人はそこで、最悪の事実について知る。
「ヒロト…さん」「…」
ヒロトの呼吸はない。
体は冷えてしまっていた。
「…ウソ…ですよね…」
ラビットも少女も、その目の前の現実を受け止めたくなかった。