第47話『大激怒するヒロト』
「おいそこのゲス野郎、テメェ名前は…?」
ヒロトはその少年の方に闊歩しながらそう問うた。
「あれれ~?もしかしてゲス野郎って僕のことぉー?」
「…」
ヒロトはそいつの前に立って、睨めつける。
「覚悟は…出来てんだろうな…」
「へぇ?」
そこでヒロトは、その腕にめいっぱいの力を溜める。
あまりのオーラの含有量に、その腕はうち震えている。
「マーシーだよ?…って、聞いてどうするンですかぁ?」
「いや、少し気になっただけだ」
「んん?」
ヒロトは次の瞬間、急激に様子を変える。
「テメェみたいなゲスが、どんな名前してんのかをなァあーッ!」
ヒロトはそう叫んで、マーシーに腕を振るう。
「ギャッ?──フンギいいいいッ!?」
「うおぉぁああーッ!」
マーシーは衝撃に吹き飛ばされ、木々を何本もなぎ倒してゆく。
そして、倒れた木々の下敷きになっていたマーシーは、それをどけて体を起こした。
マーシーはしばらく止まってから、ヒロトの方を向く。
ヒロトとラビットは、彼の怒りの表情を想像していたが、結果は予想より大きく外れていた。
「アヒャッ!」
マーシーの表情は、さながら狂喜しているらしかった。
「──アハハっ!やるねェ君!驚いたよっ!」
木々を押しのけて笑顔で現れたマーシーは、まるでほとんどダメージを受けていないかのようだった。
「(ヒロトさんのあのパンチが、効いていない…!?)」
その戦況が明らかに絶望的であったことに、ラビットは固唾を呑む。
だが、ヒロトは視線を少女に移す。
涙を流し嗚咽を漏らす彼女に、ヒロトはさらに胸を痛める。だがそれと同時に、マーシーへの怒りが溢れてきた。
「あの女…何泣いてんだろ。うるさいなぁ」
「テメェ…本気で言ってやがるのか…」
「何のことだろ…ボクわかんない」
変わらずの狂人ぶりを見せるマーシーを、ヒロトは青筋を立てつつ睨み付けていた。
「駆除される準備は…出来てんだろうな…?」
だが、マーシーはわからなそうにそれを無視し、ラビットに語りかける。
「そこの女さぁ、この男の言ってることわかるー?」
「…ッ!」
だがヒロトは、彼女を守るように前に出る。
「ラビットはどうでもいいだろうが」
「ラビット…?あー…あのムーン家の…」
マーシーはそう言いつつも、別に興味はなさそうといった様子だった。
「まあいいや…落ちこぼれに用なんてないし」
「…!」
ラビットは、その言葉がひどく辛かった。
落ちこぼれ──ムーン家を誇りに思っていた彼女にとって、ひどく重たい一言であった。
「うっ…」
胸を痛めるラビットに、ヒロトは言う。
「心配すんな…お前の屈辱も、ここで晴らす」
ヒロトのその一言に、ラビットは心持ちが少し軽くなった。
「お前はフェ◯女と一緒にいろ…」
ラビットは、言う通りに少女の元へいく。
マーシーの反応は、ラビットのとは対照的に、なぜかヒロトへのは好感的であった。
「その赤いオーラ、面白いねぇ…それを身にまとった瞬間、君は急激に強くなった」
「何が言いたい…」
「誉めてるんだよ。君は特別らしいからねぇ」
──だが、次にマーシーの様子ががらりと変わる。
「うぅ…っ!ぐすっ!でも悲しいなあっ」
突如涙を流し始めたマーシーに、ヒロトは汗を一滴垂らす。
「そんな君と、もうお別れだってことが…」
嗚咽に震える声は、冷ややかな声に早変わりした。
マーシーの構えた手がヒロトを向き、突如黒い光を放つ。
「!?」
──ギュイィーンッ!
音ともに、ビームが放射される。
「うおああーッ!」
ヒロトがそれを受けると、突如爆発がおきた。
しばらくしてその爆発が晴れた先には、傷を負ったヒロトが息絶え絶えと立っていた。
「おおー!今のを耐えて立ってるなんて驚いたなぁ!」
「はぁっ!はあっ!…ぬゥっ!」
ヒロトは、そのオーラを体に染み込ませる。すると、傷は癒えていく。
「回復も…やっぱり君は面白いなあ」
──だが、ヒロトはそこから反撃に転じる。
「ウオァーッ!」
ヒロトは右腕に更なる力を溜め、マーシーに全力疾走する。
「ん!?」
「だァああーッ!」
──グンッ!
ただならぬ威力のパンチが、マーシーの腹にめり込む。
「うぎゃあああーッ!はっはっは!」
だが、これでは効かないらしい。
ヒロトはそこから機転を利かせ、追撃に持ち込もうとする。
「体が持つかわからねェ…!だが…安っぽい攻撃じゃあ効かねぇ!」
ヒロトは、吹き飛ぶマーシーに追い付くよう走りながら、ここからさらにヤツを追い込む技を考えていた。
「(考えろ…!さらにヤツにダメージを与えるには…!)」
その時、ヒロトの脳裏にふと浮かんだのは、メイプルとの修行の際に偶然発動した現象だった。
あのとき、ヒロトは普通通りにオーラを腕に蓄え攻撃に持ち込んだ。だが、その腕のオーラは爆発し、メイプルを驚かせるほどの威力を生み出していた。
「あれは…マグレか!?いや、違う!」
あれはマグレではないだろう。
間違いなく、あのときの手応えははっきり覚えている。
ヒロトのさらに磨かれた戦闘技術が、その時の感覚を呼び覚ます。