第41話『ラビットの動悸』
「ようやくテントが立ったな…」
携帯用テントを広げると、それはかなりの大きさになった。
中に入ると、実に8平方mほどの広さだ。
「二人で寝るには十分な広さだな」
「ふっ…二人で!」
「何驚いてんだよ。仕方ねぇだろ。しかも二人で寝るんは初めてじゃねえだろ?」
「あれは学園長が勝手にやったんでしょう!」
「ったく、外にいると虫に刺されるぞ。ここから80mくらいはバーギラの縄張りだけど、モンスターや魔物もいるかもしれねぇしな」
「う…」
ラビットはため息をついて、反論をあきらめた。
「…そうだ、道中泉を見つけたんだけど、汚れちゃったから行くか」
ヒロトの言葉に、ラビットは少し反応した。
「わたくしも行っていいですか?体を清めたいので」
「え?」
「?…はっ!まさか覗くつもりですか!」
「はぁ?お前みてぇなペッタン子のハダカなんかに興味ねぇよ」
「なっ…!何ですって!」
二人は口論をしながら、泉に向かって歩いた。
「──ここだ。結構きれいなとこだろ?」
「ほんとですね」
月も昇ってきた頃合いなので、その泉はかなり美しくなっていた。
「そんじゃ、俺が先に行ってくるわ」
「…待って下さいよ」
ラビットは不満そうに言う。
「レディーファーストって知ってます?」
「俺が一番嫌いな言葉だ二度と使うんじゃねえ」
「それってぇ!女性蔑視ですよねっ!?」
「うるせえなぁもう、せめて一人前のレディーになってから言えよペッタン子」
「ぺっ!?2度も言いましたね!」
ラビットはいよいよカンカンに怒ったが、ヒロトはそれを何とかなだめて泉に向かう。
「安心しろって!5分もせずに戻ってくるから」
「──まったくもう!最低男です!」
腹をたてるラビットは、ただ泉の音を聞きながら、その怒りを抑えていた。
──チャプ…チャプ…
「…」
そのまま聞いていると、怒りが収まってきた。
だが、その代わりに現れる感情があった。
「まさか、この奥でヒロトさんは…!」
ラビットは、ヒロトのハダカを勝手に想像してしまった。
だが彼女が一番想像して恥ずかしかったのは、ヒロトの股間から生える例のゾウキンであった。
「くっ…!わたくしは何を!」
男には例のブツが生えているという事実くらいは、ラビットでも知っていた。
それでもラビットは、ヒロトのソレを想像してしまうだけで、頬(ほおが茹で上がるような思いだった。
「…!」
そこで、ラビットは後ろの地形がどのような物だったか思い出す。
泉が真後ろにあるため、後ろを見れば簡単に確認できてしまうのだ。
ラビットは、自然の摂理(?)で後ろをゆっくりと振り返った。
「よしっ、綺麗になった」
「えっ?」
いつもの制服に身を包んだヒロトがそこにいた。
「み…水浴びをしたのでは?」
「えっ?ああ、イノシシとの戦いで汚れたから、服を洗っただけだ」
ラビットはため息をついていたが、ヒロトはそれを不思議そうに見つめるのだった。
「──絶対に見ないでくださいよ!絶対ですからね!」
「わかってるようるせぇなぁ」
服を完全に脱いだラビットが、ヒロトに何度も言う。
一応、ヒロトはその周囲を見渡す役割を持った。当然だが言いつけどおりそこは向いていない。
ラビットは、男の近くでハダカになっている状況を見つめ直して、早いところ泉に浸かった。
「ふぅ…」
少しひんやりとした水に浸かって頭を冷やしたラビットは、星空を見上げて落ち着いた。
「(本当に、わたくしは何を考えているんでしょう…これで最後にしないと…)」
ラビットは、今になってやっと頭を冷やし、ヒロトのことで悩むのはもうやめにすると決めた。
彼女は髪を濡らしてから、体を拭くために立ち上がった。
「カロロァ…」
「…?」
変な鳴き声がして、ラビットは振り返る。
するとそこには、顔だけで20cmもあるような全長3mの蛇の魔物がいた。
『──魔物化ホワイトサーペント:危険レベル9』
「ひっ!」
ラビットも、そいつが近づいていることには気づけなかった。
こいつは遊泳も可能とし、獲物に音もなく迫ってくる。
まさにこの泉に棲むにはうってつけであった。
完全に隙をつかれたラビットには、口を広げる蛇に抵抗する手段はなかった。
「ぁ…」
ラビットはその時、死を予感した。
だが、その恐怖が急に消えた。それはなぜだろうか。
「ガッ…カァ」
蛇の動きが急に止まる。
ラビットの後ろに現れた巨大な鬼神に、ただならぬ恐怖を覚えたのである。
『「殺すぞ…ヘビ公…!」』
蛇は恐ろしいショックを受け、そこで死を迎え倒れた。
「ふう…危なかったな」
「はぁ…っ」
安堵の胸を撫で下ろすラビットは、こちらを見るヒロトにお礼を言おうとしていた。
「その…ありがとうございます」
「…」
「…?」
ヒロトはラビットから目を背けて言う。
「ちょっとそっちは向けねぇんだけど」
「え…?」
ラビットは、今の自分の格好を見つめ直し、顔を真っ赤に染め上げた。
「結局見られるんですかーっ!?」
※
二人はテントに再び戻り、寝袋を敷いて眠りについた。
距離はより大きくなってしまったが、ラビットはヒロトに何とか話しかける。
「その…さっきはごめんなさい…助けてもらったのに…」
「…別にぃ?」
二人の会話はそれっきりだったが、ヒロトはそのまま眠りだした。
「…」
さきほどからずっと頬を染めるラビットを除いて…。
ちなみに彼女は、そのまま1時間は寝付けなかった。
※夜は明けて太陽が昇り、朝がやって来た
「…ーっ!」
一番まず先に起きたのは、ラビットであった。
背筋を伸ばすと、彼女はヒロトの方を何気なく見てみる。
するとそこには、思いがけない光景があった。
「いやぁあーっ!」
その光景は、悲鳴をあげるほど衝撃的なものだったようだ。
ヒロトは、その声に目を開けた。
「…何だ?どうした?」
「どっ…どうしたもこうしたもありませんよ!この変態!」
「へんたい…?」
目を隠しつつ真っ赤になって叫ぶラビット。
寝起きで頭がまだ働いていないヒロトは、おかしなことに気づく。
「あれ?何で俺…服着てねえんだ?」
脱いだ覚えはない。なのにヒロトは一糸纏わぬ姿になっていた。
ラビットが頬を赤くしているのはこのためかと思ったが、何やら次におかしなことに気づく。
「何だ…股間に違和感が」
ヒロトはその方を見てみる。
「!?」
そこには、155cmほどの少女がいた。
年齢は二人と変わらないと思うが、その髪は金色で長く、今のヒロトと同じく全裸であった。
「おき…たぁ?」
「いやっ、お前!何してんだよ!」
彼女の清楚な声色とは裏腹に、その少女はヒロトのソレを握りしめていた。
「なに…って?」
「──じゃねえんだよな?つうかお前…誰だよ!」
突如目の前に現れたその少女が誰か、ヒロトも知りはしない。
ヒロトの質問に対しても、その少女はなぜか首をかしげていた。
「…?」
まるで、自分が何者かを知らないようだった。