第37話『ラビットの心のムズムズ』
※夜は明けて…──
ヒロトとラビットは092号室で落合い、学園長室へと向かっていた。
「どうだ?今日の調子は」
「わたくしは万全ですが…あなたは?」
「当然俺も万全だ」
「10組の方々は説得できました?」
「…ひっくり返ってたわ」
二人が並んで歩くさまを見て、そこにいる生徒一同はざわめいていた。
「あの二人…カリンさんとメイプルさんに修行をつけてもらってるらしいぞ」「知ってる知ってる。ラビットさんはムーンの血を引いてるし、ヒロトさんだっけ…あの男にも不思議な力があるからなのかな」
オーディショナルトーナメント以来のこの二人が、かの生徒会との関係をもっていることはしれわたっていた。
だが、その二人の関係はというと、何やら周りから見て少し不思議そうだった。
「あの二人…何か変に距離空いてない?」
「(…えっ!)」
ある一人の女子の言葉に、ラビットは大きく動揺した。
「(ウソっ!わたくしがこの男を意識しているのが見え見えではないですかっ!)」
ラビットの表情にこそ変化はなかったが、彼女の心はバクバクと強く脈打っていた。
彼女が動揺しているのには、昨晩のヒロトのある一言が由来している。
「(いかに昨日のヒロトさんの言葉が心に響いたと言え、わたくしはこんな男に恋情なんて抱きませんから!)」
その動揺は度々高まってきて、ラビットはブルブルと震え始める。
「ちょっ…ラビット大丈夫か?」
だが、今のラビットにはヒロトの声は聞こえない。
「(それにヒロトさんだって言ってましたし!わたくしはガールフレンドじゃなくライバルだって!)」
だが、ラビットにとってはそれが一番心残りな点であった。本人は意地でも認めたくはないだろうが。
彼女がそうやって震えていると、その肩が急に掴まれた。
──がしっ!
「ひゃっ!?」
「お前大丈夫か?」
ラビットはあまりの驚きに、痺れるように大きく震えた。
すぐ目の前まで迫っていた顔に、ラビットは廊下の壁からへなへなと崩れ落ち、そこにいる全員も驚いていた。
「ちょっ!お前マジで大丈夫か?」
「あ…あ…──はっ!」
酸素がうまく頭にいかず過呼吸になっていたラビットは、そこでやっとはじめて正常に戻った。
「ちょっと!何近づいてるんですか!不純ですよ!」
「いやっ…震えてたから…」
「わたくしはなるべく距離を取りますからね!半径5m以内には、近寄らないでください!」
「えぇ…」
※10分後、二人は学園長室に到着した
「(…わたくしは何を悩んでたんでしょう…バカらしい)」
ラビットは今になって、さっきまでの自分の愚かさを悔やんだ。
ヒロトには、なぜこうなったのか一切の見当もつかなかったが、ラビットはそこでようやく落ち着いてリズレに向き直った。
「ちょっと何かあったらしいけど、じゃあ出発しようか」
──ヒロトとラビットは、リズレと一緒に校門前にやってきた。
「遣いの車は出せるけど、大丈夫かい?」
「ああ…道はラビットがわかってるだろうし、ついていけばいい──だろ?ラビット」
「はい」
すっかり正気に戻ったみたいだとヒロトは胸を撫で下ろしつつ、二人は学園を出て歩き出した。
「じゃあ、行ってくるぜ」
「行ってきます」
「うん!それじゃあね」
…歩いていく二人が小さくなって、ついに見えなくなる。
「よしっ…──ん?」
二人を見送ったリズレは、学園長室に戻ろうと再び歩きだしたが、校内からの一人の生徒が、走ってそこへやって来たことに気づいた。
「おや…?君は…」
「はぁ…はあっ」
その生徒は少女であった。息を切らす様子を見るに、よっぽど急いできたらしい。
「君は確か…2組の──」
「はあっ…クレアです…っ」
クレアは呼吸を整えつつ、リズレに質問する。
「学園長…!先程にここを通ったのは!」
「…1組のラビット君と、10組のヒロト君だけど」
「…っ!」
クレアは、また過呼吸に陥る。
「はあっ…はあっ…ヒロト君…」
「いったいどうしたんだ…」
クレアはトーナメントの時と同じく、またヒロトを逃すこととなってしまった。
彼女は、ヒロトに何の用があるのだろうか。なぜ、彼を『ヒロト君』と呼ぶのだろうか。
※街に出た二人
「この街から少し歩けば、門をくぐって森に向かえます」
「OK」
ラビットは、神妙な様子で街を歩いていた。
その理由は他でもなく、周りの視線であった。
「ラビットちゃんだ…ムーン家の」「2年前のあの事件、可哀想な限りだ…」「やはりあの学園にいたのね」
「…」
その声に対してラビットは、ため息をつくことも耳を塞ぐこともなく、そこをとぼとぼと歩く限りであった。
その様子に気づいていたヒロトは、そんな彼女を按じてある行動に出る。
彼はラビットの手を握り寄せたのだ。
「…えっ?」
「…」
ヒロトは何も言わなかった。
その代わり、注目はラビットからヒロトに移った。
「誰だ?あの男」「何でラビットちゃんの手を?」「同じ学園の生徒っぽいけど」
これはヒロトの計算だった。これでラビットへの注目が退くだけで、それでよかったのだ。
「…ヒロトさん」
「…なんだ?」
「い…いえ…何でも」
ラビットは驚きつつも、その手を放そうとはしなかった。
──ラビットとしばらく歩いて、二人は門の近くへやってきた。
「あの門です」
「よし、早いところくぐろう」
ヒロトはラビットから手を離そうとするが、なぜか離れなかった。
「…ん?」
なぜだろうか、ラビットの方から握っているような…。
「…はっ!──これは…その…違くて!」
「…ぁあ?何テンパってんだお前?」
顔を真っ赤にして必死に弁解するラビットを、ヒロトは訳のわからない様子で見つめていた。