第33話『ライバルとのシノギ』
※その2日後…
「いッつつ…」
10組でもヒロトは、度々やって来る筋肉痛に呻いていた。
「お前みたいな超人が筋肉痛とは…」
「よっぽどその…オーラの扱いを良くさせる特訓はハードなんやなぁ」
「ああ…──まあ、その特訓は俺からすすんで受けてるみたいなもんだしな。今日はラビットと交代して俺の番だし」
だがこの特訓は、ヒロトが堪えきれない筋肉痛を抱えても、やる価値が大いにあった。
カリンの推測──鬼神のオーラは魔力に似ているというそれは、ピッタリと当たっていた。
ラビットを遥かにしのぐ魔法のエキスパートである生徒会は、ヒロトにとってこの上ないトレーナーであった。
「昨日の特訓だけでかなり変わった…今までの特訓だけではなし得なかったことのコツが、ガンガン掴めてきたぞ…」
「…お前がどれだけのトレーニングをやるにしても、あまり無理はしないでくれよ?」
10組のみんなは、ヒロトが自分たちとは別次元の特訓にいそしんでいることは簡単にわかった。
──今日の1日の最後の授業。
久しぶりの移動教室である。
どうやら今回の授業は、ガンダーとは違うまた別の教師が教えてくれるというのである。
マーニはどこか不安そうだったが…──。
「どんな先生なんやろ…」
それにアシュが言う。
「ガンダー先生からは、美人だけど結構クセのある女性の先生って聞いたんだけど…」
「クセ…」
──ヒロトが考えていると、曲がり角から人影が現れる。
ラビットだ。
「ら…ラビットさんだ」
「「「こ…こんにちは」」」
10組のみんなは、当然ぺこぺこと頭を下げていた。
また察しの通り、ヒロトがそんなことをしないというのも、また当然であった。
「どうだラビット。特訓は順調か?」
「「「(もうもはやこの態度には驚かなくなったな…)」」」
その質問に、ラビットは自信満々に答える。
「ええ」
「…へぇ~」
ヒロトもニヤリとする。
しばらく二人は見つめあう。だがどこかそれは、甘酸っぱい恋によるものでも、出会いはじめのようなものでもない。
どこか二人にしかわからない境地で、火花を散らしながらしのぎは削られていた。
※
──移動は終わり、教室に到着した。
教室の奥には、ガンダーの言うように美人な先生がいた。
「あの先生か…」
「なんかこっちに気づかなくね?」
生徒がぞろぞろと入ってくるのに、その先生は気づく気配がない。
その先生の手には、本が握られていた。
不思議そうに目を凝らすマーニに、ヒロトがおどける。
「なに読んどるんやろ?」
「ポ◯ノとかじゃね?」
「なんやそれ」
「エロ本」
「はぁ!?もう最悪や」
気分を悪くしたマーニにヒロトが謝っていると、コウはその先生に声をかけにいこうとしていた。
「大丈夫だコウ。俺が呼びにいくよ」
コウに代わってヒロトが呼びにいく。
先生の隣にヒロトが立つと、彼はその本の内容をすぐに知った。
「…ッ!?」
ヒロトは、先程の会話を思い出しつつ、みんなに口の動きだけで報告する。
「(◯ルノだ)」
「「「「はぁあああッ!?」」」」
これは幻覚か何かだろうか。
先生がページをいくらめくっても、ただただ白濁液まみれの裸の女が気持ち良さそうにしている描写しかない。
「ちょっ…先生ぇッ!」
ヒロトがそこで呼んではじめて、その先生は教室に生徒が集まっていたことに気付いたようだ。
「…え?みんな集まってたの」
「随分と堂々と読むんすね」
「健全な本だからどこでも読めるわよ。何を言ってるの?」
「そういうもんなんすかね…」
「こういうの興味ある?」
「人並みにはあるんすけど…」
「今度貸しましょうか?」
「是非」
「「「「断れッ!」」」」
※
「こんにちはみなさーん。ガンダーくんと同じ魔物学科の、グンメティ=M·G·グンドーですー」
「「「「「こ…こんにちはー」」」」」
先程のそれがなければ完璧だったであろう自己紹介。
「早速だけど、今回みんなに教える単元はないでーす」
「ちょっと待てーい!」
10組のみんながずっこけ、ヒロトがグンメティにツッコむ。当然の結果である。
「どうしたの?」
「授業をしてくれよ!そのために来たんじゃねえの?」
「えー?」
「えー?じゃねえんだよ!その厚いむつかしそうな、魔導書みたいな本は何だよ。それ読んでみろよ」
グンメティは異様に厚い本を手にとって、みんなの前でその内容を朗読する。
「いやぁんっ…はっ…やめてぇ…っ♡旦那がいるのにぃっ…気持ちイイよぉ…ッ♡」
「エロ本じゃねえかよッ!」
ヒロトはグンメティの元に行き、エロ本を奪う。
「ちょっ…返せよッ!」
「急に語気が荒くなったな!?──よく考えろ、お前は先生なんだろ!授業をするのが仕事なんだろ!エロ本はてめえが授業をしてくれたら返してやるよ!」
「…」
グンメティは少し不機嫌な顔になってから、衝撃の一言を放つ。
「じゃあ魔法の腕も最低クラスのあなたたちに、授業してなんになるんです?」
グンメティのその一言に、クラス全体の空気が凍りつく。
この場にいる全ての者が、重たい現実を受け入れさせられた。
ヒロトは、ひたすらグンメティを睨んだ。
「何ですか?不満ですか?」
ヒロトはその睨みを解かず、その質問に答える。
「いいや?不満なんかねえっすよ」
その答えに意外そうな面持ちで、クラスの全員はヒロトを見る。
「どういう意味です?」
「お前の言うことは完璧に的を射ている。だが、教師としては不正解だろ」
ヒロトは、グンメティに諭すように続ける。
「教師の仕事は、生徒に可能性を見出ださせ、成功に導くことのはずだ」
グンメティはひとつ前置きを置いて、新しく続ける。
「私にできるのは、生徒の才能を引き上げること…でも、あなたたちからは、才能は感じられない」
「…でも──」
「…ですが」
ヒロトが異を唱えようとすると、グンメティはさらに付け加えた。
──次のこの一言で、この空気が一気にひっくり返る。
「あなたたちの才能は、決して0じゃないと思う」
「「「!?」」」
グンメティは、ヒロトに席につくように言う。
「弥上ヒロトくん、しばらく席についていてください。ここから大事な人の、大事な話があるの」
「…」
ヒロトは慎ましく席につく。
すると、教室にまた驚きの顔ぶれがやって来た。
「──ごきげんよう☆」
学園長リズレである。
一同が驚くなか、リズレは話をはじめる。
「10組の担任を解雇してから、君たちの授業にはガンダーという教師をつけさせてもらった──…だが、君たちの可能性を引き出すには、もっと“ベストな人材”がいると思うんだよ」
「ベストな人材…?」
リズレはヒロトに返事を返してから、話を続ける。
「みんなにここに集まってもらったのは、ボク直々に、君たちに新しい10組担任を紹介したいからなんだ」
新しい担任という一言に、クラスはざわめく。
「彼は、一度この学園の教師を引退した人間だけど、君たちのような生徒を育成するのに、彼以上の人材はない」
何やらピンと来ていない様子の一同。
「僕が君たちにひとつ言えることとすれば…──」
リズレは指を一つたてて、自信満々にこう言った。
「その先生が来たら、君たちはさらなる境地へ足を踏み入れるだろう」
そしてグンメティは、微笑んで言う。
「先程のが悔しいというのなら、新しい担任の指導に準じてパワーアップして、私に見せてごらんなさい」