第26話『メイプルとの戦い』
そして、ついに戦いのゴングが鳴った。
するとメイプルは、驚きの行動に出る。
「…」
礼や前ふりも何もなく、ヒロトに恐ろしいスピードで接近するや否や、彼の腹を膝で蹴りあげたではないか。
「がぁっ…」
凄まじい威力に、ヒロトはそこに崩れ落ちてしまった。
スタジアムが喧騒に支配された。
「「──ヒロトっ!?」」
コウとキサクら10組は、倒れるヒロトに驚いて身を乗り出した。
クレアも驚愕に目を伏せてしまう。
「ひひっ!」
さらにメイプルは追い討ちをかけていく。
倒れるヒロトの頭を容赦なく踏みつけるその表情は、まるで狂人のようだった。
「いややっ、もう見とうないっ…」
「くそっ…何でヒロトがあんな目に」
目を背けるキサク。
コウはなぜヒロトがターゲットにされたのかわからなかった。
──その光景を誰よりも近くで見るラビットは、それを何としてでも止めようとする。
彼女にとってヒロトは、あの夜のこともあった。何としてでも止めなければ。
「カリンさん!止めてください!あのままだと、ヒロトさんは──」
ラビットは彼女に嘆願するが、カリンは何も応答しなかった。
ただその戦況を見守るだけで、ラビットの言葉には耳を傾ける素振りは見せなかった。
「くっ…」
カリンが止めてくれない以上、この状況を変えられるのは自分だけだと、ラビットは膨大な魔力を腕に溜めてメイプルの元へ向かっていった。
「いい加減に…してくださいっ!──インパクト!」
メイプルはそれに吹き飛ばされるも、地面に落ち着いて着地した。
「邪魔すんなやぁもう、ちょうどあつくなってきたっちゅうんに」
「何が狙いですか!」
ラビットは忍んで声をかけるが、メイプルは彼女の横に瞬時に移動する。
視界でも追えなかったその迅速な動きに、ラビットは反応しきれず驚愕し立ち尽くす。
「お前ら二人が北校舎から生きて帰れたのには、理由があるんやろぉ~?え~?」
「…はっ!?」
耳元でニヤリとして話すメイプル。
「倒れていたオニシマトカゲは、レベル12の強敵や。ボンクラが倒せるような相手やない」
「それは、私が…」
「そして、あいつの死骸には傷1つついとらんかったしのぉ、不自然よなぁ…?」
「くっ…」
ラビットはいよいよ言い訳が効かなくなって来た。
戦意喪失した彼女は、どうもできずそこにへたった。
「──っ…てんめぇえええッ!!」
ヒロトは起き上がって、メイプルの腹に思いっきり拳をめり込ませた。
「んんっ!!」
だが、メイプルはそれを耐えきった。
「魔法での身体強化や。どうや?硬いやろぉ?」
「くっそッ…卑怯だろ!」
「へっへっ!どうとでも言うんやな」
メイプルはヒロトの首筋をグッと掴んで持ち上げる。
「北校舎から生きて帰れたっちゅうから、どんなタマかと思うたら期待はずれやったなぁ…」
ヒロトは脳の酸素が失われていくのを感じ取っていた。
「ん…?」
メイプルは自分の腕をヒロトが捻っていることに気づく。だが、メイプルは気にも掛けず首を閉め続けていた。
だが、次に彼女の口から、予想外の言葉が飛び出す。
「全然ダメやな…こんな無力なモンかいな?知っとるでぇ、お前のその無力さが、肉親や親友を殺したんやってなぁ」
「…っ」
ラビットは、自分とヒロトだけが知っているはずの秘密が知られていることが不思議で仕方なかった。
「この程度のカスが、この学園におることが腹立たしいわ!しがらみを切らんと、てめえの仲間やラビットがどうなってもいいのんか!?」
──サルマが指をさして椅子から身を乗り出そうとするのを、マーニとアシュが必死に食い止めていた。
「やべえって!ヒロトが死んじまう!」
「そんなことわかっとんねんボケ!」
マーニがここまで口調を荒げるのは、誰も予想できなかったろう。
怒りに震えるコウは、スタジアム上に走ろうと立ち上がる。
「もうだめだ!我慢できねえ!俺も加勢にいく!」
その暴挙に、キサクはコウを抱き締めて制止した。
「ダメや!ラビットさんでも戦意喪失しとるんやぞ!」
「…!くっそぉおおっ!」
誰も止めようのないこの状況は、そこで止められる。
残虐な台詞を吐き続けるメイプルに、ラビットが立ち上がっていた。
「もう、やめてあげてください…」
彼女の様子は、どこか怯えているようにも見えた。
「何やラビット…怯えんなら手はだすなや」
「…っ」
だが、彼女はメイプルを恐れている様子ではなかった。
もっと、別のものを恐れていたからだ。
その様子を見るカリンの眉根が少しひそめられる。
「今からでも遅くありませんっ!手を放して、地面に頭をつけて、真剣に詫びてください!」
「な…何やねん」
メイプルは、ヒロトが捻る腕のパワーが強くなっていることに気づき、驚きに表情を少しだけ歪ませた。
メイプルがその手を放すと、ヒロトはそこに直立し、赤いオーラを放ち出す。
「早くっ!大変なことになりますよ!…──はっ!?」
ラビットの表情が恐怖に歪んだその時、メイプルはヒロトの表情を見て、目を見開いた。
かの無力な青年の顔は、恐ろしい般若のように変貌し、こちらを激憤の様子で睨んでいた。
『…フ…フハハハハハっ!』
赤いオーラが鬼を象ったと思うと、メイプルの顔の直前まで接近し、威圧していた。