第20話『弱いヒロト』
ヒロトは事件後、施設に入れられた。
だが、鬼神のオーラを手にしたヒロトが真っ先に向かったのは、学校であった。
いじめへの復讐に瞳をぎらぎらと煌めかせ、ヒロトは学校へ闊歩した。
「へっ…へっへっへっ」
狂人じみた笑みを浮かべるヒロトに、寄り付くものはいない。
1ヶ月ぶりの学校は面白いことになりそうだと、ヒロトは期待に胸を踊らせていた。
教室に入ると、まずヒロトの視界に飛び込んできたのは、黒板への落書きであった。
ヒロトに対しての誹謗中傷の嵐。
入ってきたヒロトを見るや否や、いじめっ子どもが20人を束ねてやってきた。
「おい!泣けよヒロト」
ヒロトよりもずっと体格のいい男子が3人、ヒロトの胸ぐらを掴んだ。
今までのヒロトなら、この状況なら泣いて逃げ惑うだろう。
だが、今のヒロトは違った。
「ふっ…ひっひっ…えぇぅ…へへっ!」
ヒロトは、まるで狂人のように笑う。その姿は、まさにこの状況を歓喜していた。
それを見て、いじめっ子どもは一斉にたじろいだ。
だがヒロトは、その笑みにさらに狂気を湛える。
その体が赤いオーラに包まれ、ヒロトは狂喜していじめっ子どもに肉薄した。
「びゃあっひゃっひゃっひゃ」
ヒロトの正拳が、体格のいい男子の腹にめり込む。
すると腹がぐんっと凹み、男はひざから崩れ落ちようとした。だが更にヒロトはその男の顎を掴んで固い床に叩きつける。男子の喉からは泡が吹き出て、気絶してしまった。
それを見て他のいじめっ子どもは逃げ惑う。
教室の外には出られない。教室のドアは、鬼神が堅く閉じ押さえていたのだ。
ヒロトはそのまま嬉々として暴走した。男も女も関係ない、ただ自分をいじめたやつを片っ端からぶん殴っていった。
「ぁあ…」
そして残り1人。
最後に残ったのは、教室の隅で怯える少女だった。
「ヴァァアアッ!!」
ヒロトはゆっくりとそちらに歩いていった。
少女はひどく怯えていた。
「…」
だが、ヒロトは彼女の正体に気づくと、攻撃するのをやめた。
それは、ヒロトの目にある光景がとどまったからである。
「…っ」
少女の顔に見覚えがあった。
「尼…野」
ヒロトにとって、彼女は初恋の相手だった。
いじめられた時はいつも、ヒロトを慰めてくれた優しい少女だった。
「…っ」
尼野を前に、ヒロトは膝から崩れ落ち泣いた。
「…うぅ…ぁぁ」
尼野は、ヒロトを優しく抱き留め、ぽつりと声をもらした。
「ごめんなさい…ヒロトくんのこと、救ってあげられなくて…」
──所詮自分は弱い人間なのだ
その時ヒロトは痛感した…
※
「鬼神のオーラを手に入れたところから、俺は弱くなってたんだ…」
ヒロトは上の制服を脱いで、背中をラビットに見せた。
まるで赤い鬼神が背中に宿っているかのような、リアルな刺青であった。
「その刺青…」
「俺がオーラに目覚めてから、これはずっとあった」
ヒロトはその顔をますます暗くして言う。
「俺は、あの夜からずっと…そして今も…鬼なんだ」
「…」
言葉を失うラビットを気にもかけず、ヒロトは震えた声で続けた。
「尼野…あのあとどうしたと思う?」
ヒロトが嗚咽をこらえるのを、ラビットは想像だにできなかっただろう。
「…俺がボコしたみんなが搬送されて、俺はこっぴどく指導された。そして教室に戻ったら、尼野何してたと思う…?」
「…」
「黒板の落書き…消してくれてたんだぜ…」
※
ヒロトはその後、ますます尼野を襲おうとしていたことが許せなくなり、尼野にごめんなさいを伝えたくなった。
今彼女は下校中だから走ればまだ間に合う──ヒロトはただひたすらに、雨の降る道を走った。
だが、ヒロトは尼野に追い付くと、そこで恐ろしい光景を目にした。
高い河川敷から河に落ちた尼野は、血を吹きながら動かなくなっていた。
「尼野っ!!」
ヒロトが駆け付けて彼女の肩をゆするが、彼女はものも言わなくなっていた。
「まさか…自殺…」
ヒロトは、自分が彼女にしたことを思い出し、ふとそんな考えがよぎった。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
ヒロトは尼野の体を抱き寄せる。
血はたくさん流れ、軽くなっていた。
「うおぁあアアーッ!!」
ヒロトは喉が枯れるまで慟哭し、涙を流し続けた。