第19話『ヒロトの語る過去』
ヒロトは、自分に過去を打ち明けてくれたラビットに、腹を割って全てを打ち明けると決めた。
ラビットに彼は、単刀直入に切り出した。
「…日本って国は知ってるか?」
「…聞いたことがありません」
その返答を聞いてヒロトは、「やっぱりな…」とこぼす。
ラビットはキョトンとした様子だったが、ヒロトは続けて畳み掛けた。
「実は俺は、別世界から来た人間なんだ」
「…」
「魔法のない世界の地球って星で俺は育って、この学園に昨日、突然やって来たんだ」
ラビットはその信じがたい宣言を聞いて、ピンとこない様子だった。
「信じられないだろうが事実だ。俺が魔法も使えなかったり、名家の名前も知らないのも納得がいくだろ」
「…わかりました。信じましょう」
「よし」
それを信じてくれたラビットに、ヒロトは過去について語る。
「俺が鬼神のオーラを受けたのは、8年前の話だ」
※時は、8年前に遡る…──
「逃げろっ!…はやくっ」
ヒロトの父は、ヒロト、そしてヒロトの母に逃げるよう叫んだ。
当時8歳のヒロトの家族は、暴走族に追われ雨の降る夜の森を逃げていた。
──バァンッ
「…ぁぐっ」
突如響く発砲音とともに父が倒れた。
父の心臓からは血が溢れ、たびたび苦悶をもらす。
「あなた…っ!」
「父さん!」
父に母は駆け寄るが、彼はただ逃げるように訴えていた。
「さあ…ぶち殺してやる」
「いやああーっ!!…──あぼっ」
──バァンッ!
母は泣いて抵抗するが、口に拳銃を入れられ発砲させられた。
頭の裏から銃弾が飛び出て、その死に様は苦しそうに白目を剥いていた。
「お父さん!お母さん!」
「あっはっはっはっ!!」
涙を流しながら、もう動かない父母の遺体を揺するヒロトを肴に、黒服の男はみんな嗤っていた。
8年間もの間、ヒロトは父母の愛をめいっぱい受けて育ってきた。
生まれてずっと体が弱く、よくいじめの対象にされた自分に、二人は無償の愛をくれた。
二人だけが、ヒロトの味方だった。
「…っ!てめえら…っ──うおおおーっ!!」
大切な人の死を嗤う者は許せない──ヒロトは目にいっぱいの義憤を湛え男に立ち向かい、そこに落ちていた石で男の足を叩いた。
男の足の皮が破け、血がしたたる。
それに怒った男は、ヒロトを無慈悲にも足蹴にした。
「何しやがる!この糞ガキ!」
「あぐっ…」
ヒロトを取り囲んだ男どもは、無慈悲にもバットで叩き足蹴にした。
「この野郎!俺の足に傷付けやがって」
「…父さんと…母さんのほうが…──痛かったんだぁああッ!!」
ヒロトが声を荒げたその時──ヒロトの体を赤黒いオーラが包んだ。
「なっ…何だこれ!?」
そして男どもを、鈍く煌めく赤い瞳が睨んだ。
『──ふははははッ!!』
森に響き渡る大きな笑い声。
オーラは巨大に形作られ、そこに巨大な赤い鬼神が現れた。
『幾百年ぶりか…斯様にして眠りから醒めるのは…』
「あ…あぁ…」
鬼神が男どもをにらむと、やつらは怖れおののいた。
『この少年の強い怨嗟を嗅ぎ付けてみれば、これはまた面白そうなことをやっているなぁ』
鬼神はそういうが、その表情はまるで面白そうではない。
「い…命だけはぁ…っ」
怯えた表情の男どもは、鬼神にそうやって命乞いする。
だが、鬼神は笑いながら言った。
『はははっ…バカを言うな!貴様らも無惨に人を殺しただろうに』
「…ッ!?」
鬼神は男どもに腕を振りかざすと、地面に思いきり叩きつけた。
「うぉぉあああッッ…──ぎゃぼっ…」
情けない悲鳴とともに地面がくぼみ、潰れた男どもからは血が吹き出し内臓がぶちまけられた。
『──…』
男どもを圧死させた後、鬼神はヒロトを見た。
父母の死骸を光のない目で見つめるヒロト。
雨はますますひどくなってきていた。
『のう…弥上ヒロト』
ヒロトは鬼神の方を見る。
『力がほしくないか…?』
「ちか…ら」
『ああ。あらゆる障害を退けることのできる、純粋な力だ』
ヒロトは、目の前に広がる父母の亡骸を見直した。
自分がこの男たちを殺すことができれば、父母は死なずにすんだのだろう。自分をいじめる悪い同級生を殺すことができれば、自分は苦しまずにすんだのだろう。
ヒロトはその力を、心の底から渇望してやまなかった。
「──日本という国は、かなり物騒なんですね」
「いや、暴対法ができてからまあまあマシになった。でも密かにまだ暗躍しているやつらもいる」
それでもラビットは、ヒロトにこんな過去があったということには強い驚きがあった。
なぜだろうか、ラビットはこうも過去を引きずっていたのに、ヒロトはこのような過去を持ちながらも普通でいられている。
「なぜ、あなたはこのような過去を持ちながら、平静でいられるのですか…?」
その質問に、ヒロトはしばし答えを悩んだ。
そして彼は、微笑んでこう言った。
「クヨクヨしてたって、仕方ねえからな」
ニカッとした笑みに、ラビットは少し胸が引き締まるのを感じた。
彼もまた、自分と同じくらいの苦しみを受けたはずなのに、こんなに差ができてしまうなんて…──ラビットは、自分の弱さをそこで痛感した。
「すごいですね…あなたは」
「…?」
ヒロトが震えた声に振り返ると、ラビットは泣いていた。だが口角が上がっている。嗚咽をこらえるそのさまは、自分の弱さを嘲笑うかのようだった。
「強すぎ…ますよ。わたくし…なんかとは…全く違──」
「そんなこたぁねえよ」
「…え?」
遮っていうヒロトにラビットは驚く。
ヒロトはため息をついて、月ののぼる空を仰ぐ。
「俺だって、弱い生きモンだよ」
「どうして…鬼神のオーラがあるのに──」
「それが理由だ」
ヒロトは小さくそう答えてから、再び語り出した。