第18話『ラビットの語る過去』
※5年前
「すばらしいわ!ラビット!」
「流石は私の自慢の娘だ!」
当時10歳のラビットの放った魔法によって、何もない小さな苗床にポンと芽が出た。
それを見て彼女の父母は、目を見合わせて彼女を褒め称えた。
ラビットは、幼くして多くの者から将来を嘱望されていた。それゆえに、ムーン家には多くの人間がハイエナのように押し寄せた。
「ラビットさんを、うちの学校に編入させてください!そうすればラビットさんのさらなる魔法の上達が!」「いいえ!うちの学校に」「バカを言うな!うちの学校に来たいに決まってる!」「いいや、彼女には特別な教師数十名による確実な教育が必要なんだ!うちには素晴らしい教師が45人も…」
全員口は達者だったが、結局は自分の名声しか頭にないのは明らかであった。
だが、父母は追い返すにもラビットの意見を優先した。
「どうするんだ?ラビット」
父の質問とともに、押し寄せるハイエナはラビットを凝視した。
「このひとたち、こわいからやだ」
ハイエナたちは、そう答える彼女を睨み付けて家を出ていったが、一同がなぜ不機嫌そうなのか理解できていなかった。
ラビットは外の環境から守られつつ、何人かの友達と関係を紡いでいき育ってきた。
だが、3年後、冬の夜に悲劇はおこる。
ムーン家に突如、魔物が現れたのである。
結界は張ってあるはずだったし、周囲には魔物の気配はなかった。
寝込みを襲われ、召し使いは次々と魔物の餌食となっていった。
足元にある召し使いや魔物の死骸の臭いに鼻をつまんで、ラビットは走った。
ラビットは、ただひたすらに走った。
「お母様ぁ!お父様ぁ!」
涙に震える声で叫んだが、父母の声は返って来ることはなかった。
ラビットは、ただひたすらに走った。
「こっちだっ!」
突如聞こえる男の声──…
「こっちよっ!」
突如聞こえる女の声──…
その声に向かって走ると、森に抜けた。
森の木々をひたすらにすり抜けたが、父母の姿はなかった。
「はあっ…はぁっ」
息絶え絶えとして森を抜け、その家を見る。
「…はっ!?」
ムーン家は、赤い炎に包まれていた。
救助隊によってラビットは救助されたが、家の残骸からは、父と母の焦げた遺骸が見つかったという。
あの声は、父母が途絶えかけた意識のなかで、ラビットにテレパシーを送ったものだった。
救助されたラビットは、その後施設に保護された。
だが、父母が亡くなったと聞いて、カウンセラーまがいの物好きや無神経な質問を繰り返す輩が多く訪れた。
ただその目からは、光が失われてゆく一方である。
「父さんと母さんのこと、記事にするから話してくれない?」「どうなの今の気持ち」「辛い?悲しい?怒ってる?」
ラビットに無礼な質問を繰り返す取材者に、彼女の心の中の何かがブチッと音を立てて千切れた。
「わたくしに、近寄るなァッ!!」
ラビットは目をギッときわめて、衝撃波とともに彼らに物を投げつけた。8歳児とは思えない剣幕に、取材者は逃げていった。
彼女はそれから、周りの人間から距離を置くようになり、その過去を知ろうとする者を、なりふり構わず退けた。
※
その過去を知ったヒロトは、ラビットから目線をそらすこともなく、彼女と真剣に向き合っていた。
「そうか…お前も辛い過去を歩んできたんだな」
ヒロトは、優しい声色で言った。
「無理に話させて悪かったな」
「いいえ、あなたになら別によかったなと…これで喋ってくれるんでしょう?」
「…まあな」
ヒロトはついに腹をくくる。
ラビットに真剣に向き直り、彼女もヒロトを見つめた。
「じゃあ、今から俺が語ることは、お前にとってはにわかには信じられないことかもしれないが、どうか信じてほしい…俺がこれを伝えるのは、ここに来てお前がはじめてだ」
ヒロトはそう言うと、自分の過去について語り出した。