第17話『2人っきりの対話』
「ん…」
ラビットは目を覚まし、彼女はそこが097号室のベッドであったことを知った。
「私は気絶して…──はっ!弥上ヒロトは…」
ラビットは、ヒロトのことを思い出した。
彼はラビットを救うと、その場に倒れてしまった。
それでもラビットにとって、彼は紛れもなく恩人であった。
「ふがぁー…がっ」
そのとき、ラビットは隣からいびきのような声を聞く。
ラビットが首をそこにむけると、ヒロトが眠っていた。
「…っ!!」
ラビットは身をのけぞらす程に驚いたが、なぜかヒロトの表情を見ていると落ち着いた。
はじめて会ったときのあの憎たらしさも、危機に駆けつけてくれたあのときのあの凛々しさも、この愛らしい寝顔のせいですべて台無しだった。
「こんな表情…するんですね」
ラビットはすこし顔をほころばせ、ヒロトの顔をしばらくじーっと見つめた。
「かっ…、ぁ?」
ヒロトが目を覚ますと、目の前にはラビットがいた。
ラビットは自分の今の状況に顔を真っ赤にした。
「…ラビ…ット?」
「い…いえっ!これは…そのっ…」
ヒロトに、ラビットは必死に弁解した。彼女にしてはやけに焦っていて、目線があちこち向いている。
「あっ…」
ヒロトは起きてすぐ、ついさっきのことを思い出した。
「…ラビット、俺を助けてくれたのか」
「…え?」
「右腕を失って意識の途絶えた俺を連れて、あのトカゲから逃げてくれたんだよな…──ありがとう」
「…っ!」
ラビットは、予想もしなかったお礼に少しだけはにかんだ。
「べ…別にそんな…お礼を言われることでは」
だがヒロトの心の中には、ほんのりと疑問が残っていた。
「ラビット…どうして俺を助けてくれたんだ?」
「…」
それを聞いて、ラビットは静かに答えた。
「…──それは、催眠から覚ましてくれたり、毒に侵された意識のなかで、私を身を呈して護ってくれたからです…」
ラビットは静かにそう言うと、ヒロトに深く頭を下げた。
「多大なるご恩を、本当に…ありがとうございましたっ!」
「…!」
ヒロトは焦りつつ、ラビットの頭をあげさせた。
上がったラビットの顔は、少しヒロトから目をそらしていた。
「──それでも…不自然な点も個人的には多いです…」
「…?」
「その…右腕が再生したこととか…」
「…」
すると、ヒロトの眉根が少しひそめられる。
ヒロトの腕は、何の傷ひとつなく綺麗に再生していた。
「やはり、あの鬼神のオーラが関係しているのですか?」
「…ああ」
ラビットは、その小さい返事のトーンが低くなっているのを感じ取った。
「まずかったですか…?この質問は」
「ふっ…いいや」
ヒロトは笑みをうかべつつも、それはどこか脆かった。
「じゃあ、聞いてもいいですか?あのオーラのこと…」
「…いいぜ、でも──」
ヒロトはラビットにひとつ断った。
「俺も、お前から聞きたい過去もある」
「…!?」
「名家のお嬢様なんだって?それにしては、周囲の反応がやけにらしくない」
「…」
「無理に話せとは言わないが、お前が話してくれないと俺も話す気はない。それだけ俺の過去は、おいそれと教えられるものじゃないんだ」
ヒロトの過去を伝えるには、自分が日本人であることを伝えなければならない。
ラビットは静かに息を吸うと、ヒロトに向き直った。表情はどこか儚げであった。
「そうですね…ムーン家も知らないあなたのような世間知らずでは、説明が欲しいでしょう」
ラビットは少し笑みを浮かべる。
「ですが私にとっては、かなり好都合です」
「…?」
「いいですよ。話します」
ラビットは肩の気を抜いて語りはじめる。