第09話『魔物とは何か』
「よーし、全員揃ってるな」
授業のために教壇に立つ教師は、担任とは違った。
やけに笑顔を保つその教師は、落ち着いた物腰でクラスのムードを統一した。
「今回の授業を受け持つ、ガンダー=N·K·バタフライだ。よろしく」
ヒロトですらも、これには机に置いていた足を下ろしてしまった。
「…よしっ、じゃあ机に置いてる教科書の17ページを開けぇー」
知らないうちに机に用意されていた教科書を、ヒロトはガンダーの指示通りに開く。
そのページには、今にも飛び出てきそうな怪獣の絵と、説明があった。
「魔物というのは、人間に降りかかる凶暴な怪獣…──ここで問題だ。魔物はどうやって生まれる?」
それに、サルマが手をあげる。
「動物が魔力を多く蓄えて生まれます」
「正解だ。俺たちが日々使う魔法は、魔力とそれの操作によって成り立つ。だが、自我の操作も効かない動物がそれを大量に摂取すると、たちまち凶暴になるわけだ。そこの絵をみろ」
その絵では、魔物となるとどのような強化をされるのか書かれていた。
過度な魔力を受けたトラは、筋肉が著しく膨れ上がり、体長は1mから5mまで一気に巨大化する。
これはデタラメでも何でもない。トラがここまで成長するのは珍しくなく、自然界の動植物を容赦なく食い荒らすという。
「このトラは優秀な隊員によって駆除されたが、こいつは危険レベル15だったってよ…──相手を殺して魔力を取り込むのが魔物の習性で、魔物が人間を襲う理屈だ。お陰で動植物は次々と絶滅し、年間30000人以上の犠牲者が出はじめた」
年間30000人以上──ほぼ災害と変わらない。
「ちなみに、ここは固い結界が張ってあるから心配無用だが、魔法使いなんて魔物のエサのようなものだから気を付けろよー」
ガンダーは笑って言うが、クラスはホラー映画を1本見終わったような空気だった。
「言い過ぎちゃったかな…」
※
「じゃあなー」
「「「ありがとうございました」」」
3時間分の授業が終わり、ガンダーは廊下に出た。
昼ということあって、みんなは腹を空かせて食堂へと向かおうとしていたが──
「──へへっ、いんじゃんいんじゃん」
ドアから何の躊躇いもなく入ってきたのは、さきほどの7組の5人であった。
きっとからかいにきたキョロ充だろうとヒロトは目をつむった。
「おい、本読んでる陰キャ!かわいそうだな!」
アシュに絡んだ一人に、他の4人も笑う。
背中を撫でられ、アシュの表情はひどく気持ち悪そうだった。
「おっ、女じゃん」
5人の中でも一際肥えた男が、下卑た笑みを浮かべる。その視線の先はマーニだ。
「おーい、一緒に飯食うか?」
「…」
マーニはひどく怯え、ものも言えない様子であった。
「やめとけって!そいつデブだから食費かかっちまうよ!」
「うわっ、マジじゃん!くそデブじゃん」
「まあ、こういうムチムチな女が一番エロいんだぜ!」
「アヒャヒャヒャ!!」
容赦のない誹謗中傷と笑えないシモの話。
マーニはさぞ鳥肌がたっていることだろう。
「──あっ、あいつだ」
5人はヒロトに気づく。喧嘩を吹っ掛けてくることは簡単に察せた。
「ちっ、面倒な展開だな…」
目をそらすが、5人はここにやって来る。
「おい、コウキサク。危ないから離れてろ」
「えっ、でも…」
「言うとおりにしろ」
ヒロトは、席の近い二人を避難させる算段だ。
二人は何とか離れ、遠くからその状況を見守る。
静かに慎ましく事が過ぎるのを待っていたが、男の一人がヒロトの机を蹴りとばした。
大きな音に全員が戦慄するなか、それに動じなかったのはヒロトだけであった。
「おい、こっち向けや」
怖がらせるつもりか男たちは威圧する様子だ。
だが、ヒロトは下手なショーを見るように、そっぽを向いて退屈そうにあくびをしてみせた。
「ふざけんなよこのてめぇごらッ!」
男はヒロトの胸ぐらを掴もうとした。
が、ヒロトは目を閉じながらその腕を捻った。
「いだっ…イダダダッ!!」
涙を浮かべ抵抗する男だったが、ヒロトの馬鹿力は雑巾よろしくねじっていく。
「やめろっ!やめろおおおっ!!」
男は堪えきれない痛みに泣き叫んでいた。
やっと手を放したときには、男の腕はブルブルと震え、彼は床に崩れ落ちた。
「ヒロト…す…すげぇ!」
コウは知らずに声が出た。
「くそっ、ナメるなテメエコラ!」
残りの四人が手に魔法をためる。どうやら本気で殺す気らしい。
だがヒロトは動じていない。
むしろ、ヒロトの視線は後ろに向いていた。
「ほら、後ろ」
「あ“!?」
声を濁らせ後ろを見る男。
「「「ひっ!?」」」
後ろには、5人にとって一番バレたくない人がいた。
「10組に1時間後の予定を伝えにきたんですが…──あなたたち、何をしてるんですか…?」
「…ぅわぁああああッ」
「風紀委員長の指導リストに名前を入れることにしますね」
カリンが5人を静かに凛とした態度で威圧し、5人は地獄を見たようにドアを飛び出た。
「ありがとうございます、カリンさん」
「どういたしまして~」
珍しく礼を言うヒロトに、カリンはフフっと微笑んだ。
「頼もしい生徒会長様だな」
ヒロトがカリンの凄さについて再確認した瞬間だった。
「うわぁー!怖かったぁー!」
「怖かったですね!もう大丈夫ですよ!」
恐怖からの解放に涙を流したマーニを、カリンが優しく笑顔で抱擁する。
10組の空気はふたたび明るく平和なものに変わっていった。