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後塵の世界と機械仕掛けの少女  作者: 植山 ゆう
2/12

2.続プロローグ

 顔だけ洗うと、手に手錠をされ、真っ黒なベンツの後部座席に座らされた。スキンヘッドの運転でベンツはゆっくりと駐車場を出て走り出した。エンジンの振動がアバラに響く。

外はすっかり夜になっていた。風見は車のスピードに合わせて視界の隅を流れていくネオンをぼんやり眺めていた。今日の朝、目覚めたときには想像すら出来ない状況だ。仕事に失敗し、仲間は殺され、自分自身もヤクザにリンチされた。そして今、そのヤクザに車に乗せられ、どこだか知らない所に連れいていかれる最中だ。私はいったいどうなるのだろう。自業自得とはいえ、風見は少し泣きそうになった。

「ねえ、どこに行くの」

「黙ってろ」運転席のスキンヘッドが苛ただしげに答えた。「いずれ分かることだ」

「教えてよ」

スキンヘッドはチラリと助手席の新井を見た。

「お前の身柄を引き取る奴がいる」新井は煙草に火を点け、喋りだした。

「私を?」

「そうだ。この街の何でも屋だ。お前はそこで助手として働く。そして給料の半分をうちに収める。五百万収めることが出来たら晴れて自由の身だ」

「なにそれ」理由が分からない。「私に選択の権利はないわけ?」

「生意気いうな。お前に残された道は、働くか、死ぬかだ」

確かに新井の言う通りだった。ああは言ったが、自分には働くしかないという事を風見もよく分かっていた。

「何でも屋ってどんな仕事なの?」

「文字通りさ。何でもする。健全なものから健全でないものもな。脅しに盗み、不法侵入、誘拐、殺し。俺たちマフィア同士の抗争に参加するのも珍しくない。毎日がそんな調子だ」

「あんたらと同じね」精一杯の皮肉を言ってみる。

「いや、俺たちより始末が悪い。節操がないからな。依頼があればなんでもやる」

風見は暗澹たる気持ちになった。結局、今の世の中は私のような人間はろくな生き方はできないようになっているようだ。

「そこは慢性的に人手不足で、よく俺たちが人を紹介する。死んでも支障のない人間をな。金はしっかりもらうがな。まぁ持ちつ持たれつだ」

「私は売られたわけね」

「そうだ。ちなみに今年に入って、助手はお前で九人目だ。前の八人は一ヶ月も経たずに死んだ。全員な」

「本当は俺が殺したかったけどな」スキンヘッドが心底残念そうに呟いた。


車に乗せられてから三十分ほどして、やっと目的の場所に着いた。

「降りろ」

スキンヘッドに促されて外に出る。町外れのやや寂れた場所にある小さなビル。地震がくれば今にも崩れそうなほどオンボロだ。五階建てで、一階にはこのビルにお似合いの薄汚れた中華料理屋が入っている。他にも店舗があったようだが、今は全部空いているようだ。

「ここの四階だ」

新井はそう言うと先に歩き出した。スキンヘッドに背中を押され、風見も続いた。

外階段を上がり、四階の突き当たりの部屋まで歩く。廊下はカビ臭く、薄暗い。隅にはネズミの死体が転がっていた。

突き当たりの部屋には表札も何もない。ここが本当に新井のいう何でも屋なのだろうか。

新井は扉を軽くノックした。

「俺だ」

すぐに足音が聞こえてき、扉が開いた。

「待ってたよ。早かったな」

現れたのは長身痩躯の男で、ボサボサの頭に、無精髭。ヨレヨレになったシャツを着ていて、お世辞にも清潔とは言えなかった。

「こいつだ」

新井が親指で風見を指し示した。男はチラリと見ただけで、すぐに新井に視線を戻した。

「なにか飲んでくかい」

「いや、まだ仕事があるんでな」

男は新井に茶封筒を渡した。たぶん私の紹介料だろう、と風見は思った。

新井は中身を確かめもせず上着の内ポケットにしまうと、じゃあなと一言だけ言ってスキンヘッドと来た道を戻っていった。

「まぁ入れよ」

風見は男に促され中に入る。室内は広く二十畳ほどある。意外に綺麗にされていて、汚れている感じはしない。中央に二人掛けのソファが二脚が向かい合って置いてあり、その間に大きなテーブル。依頼人と応対する時のためのものだろうか。

しかし、それ以外は質素なもので、戸棚や小さな事務机と椅子、冷蔵庫など本当に必要最低限なものしかない。

部屋の左の壁に扉が三つあるが、今はどれも閉まっていて、奥がなんの部屋かは分からない。たぶんトイレとか物置とかだろう。

「そんな緊張しなくていい。悪いようにはしないさ。とりあえず座りな」

男に言われ自分が緊張していることに気づいた。思えば今日は緊張しっぱなしだ。風見は一つ大きく息を吐くいてからソファに腰掛けた。男が冷蔵庫から缶コーヒーを二つ持ってきて、一つを風見の前に置いてから向かいのソファに座った。

風見はそのとき初めて、男の左腕、肩から先が義手だと気づいた。しかも肌色にコーティングしてない。素材そのままの銀色に鈍く輝いている。なぜだろう。今の時代、地肌と同じ色にすることなんて難しくないのに。

「名前は?」

男が缶コーヒーを開けながら聞いてきた。

「風見」

「ここがどういう所か聞いていたか?」

「まぁ大体は」

「給料は日給八千円。しかし何か大きな依頼を解決したら、そのたびボーナスは出す。額は俺が決めるがな」

「命を賭けるわりに安い値段ね」

男は少し困ったような顔をして頬を掻いた。

「まぁそう言うな。紹介されてここに来るような連中はまともな仕事に就けないような奴ばかりだ。お前もそうなんだろ」

「まぁね」

「それに死ぬような連中はマヌケで命の重さも分かって奴だ」

男はシャツの胸ポケットから煙草を取り出し、一本口に銜えて火を点けた。

「しかし、ひどいナリだな。さんざん痛めつけられたようだな」

風見は改めて自分の格好を見た。服は血だらけで、あちこち破れたり裂けたりしている。たぶん顔も紫色に腫れているんだろう。

「ちょっと失敗しちゃって」

精一杯の強がりを言ってみる。男はクククと喉を鳴らして笑った。笑うと少し子供っぽい顔になる。

「まぁ、お前が何したかは、どうでもいいさ。住む所もないんだろ。ここには簡単なキッチンもユニットバスもあるから、しばらくここに住んでもいい。救急箱や寝袋もある。この部屋にあるものは好きに使っていい」

「ありがとう。助かる。本当に」

風見は心からそう言った。

男は煙草を灰皿に揉み消して、立ち上がった。

「俺はそろそろ帰る。明日は朝の九時に来るからな。戸締りよろしく」

そう言うと、玄関に向かって歩き出した。

「私が逃げるとか思わないの?」

風見は男の背中に向かって疑問をぶつけた。男は振り返ると、いたずらっ子のような顔をして、

「もし逃げたら新井たちがどこまでも行って探し出すぞ。それで気が狂うほど拷問されてから殺される。あいつらはメンツが一番大事だからな」

と言って笑いながら帰っていった。


一人になった風見は体全体の力を抜くように意識して大きく息を吐き、ソファに全身を預けた。

壁にかけられた時計をみると、すでに日付が変わっていた。今日は本当に長い一日だった。昼から何も食べていないが、空腹感は感じなかった。男が出してくれたコーヒーを一口飲む。口の中が切れていたので、少し痛かったが、それでも程よい甘みが風見の心を落ち着かせた。

案外、悪い状況ではないかもしれない。確かに五百万は途方もない額だが、とりあえず、住む場所と仕事を同時に手に入れた。男も最初の汚らしい印象とは違い、良い人そうだ。なんとかここでやり直そう。

そういえば、男の名前を聞いていなかったな、と風見は気づいたが、今日はもう何も考えたくなかった。痛みと疲れで、とにかくクタクタだった。明日のことは明日考えればいい。今はとにかく休みたい。

風見の記憶はそこまでで、気づかぬうちにそのままソファで寝てしまっていた。

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