12. 博士との出会い
烏龍劇場の前でタクシーを止め、教えられた店に早歩きで向かった。
今いる道はこの辺りで一番大きな通りで、多くの店が立ち並び人で溢れている。しかしなんとなく陰気な感じで雰囲気が悪い。気のせいか誰かに見られている気までする。無事に終われば良いのだが。
店はすぐに見つかった。古めかしい外観で、白地の暖簾に「黒竜」と書いてある。間違いない。リンの教えてくれた店だ。
引き戸を開け中に入る。店内を素早く見渡す。右手に五、六人も座ればいっぱいになるカウンター。それしかない小さな店だ。まだ客は誰もいなかった。
カウンターの中から目つきの鋭い親父が、こちらも見ずに「いらっしゃい」と言った。左頬に切り傷の後がある。どうやら包丁を研いでいるようで、規則的にシャー、シャーと音が響いている。
一番手前、入り口に近いカウンター席に座る。
「ちょっと聞きたいんだが」
牧田はそう言って、リカコから借りた横山博士の写真を取り出した。
「この人よく来るのかな」
親父は手を止め、チラリと写真に目を移す。
「ああ、最近来るね」
それだけ言うとまた包丁を研ぎだした。
「少し待たせてもらっても良いかい」
「勝手にしな」
親父は手元を見たまま言った。
きっかり十分後、戸が開き一人の客が入ってきた。
牧田はそっと盗み見た。痩身で眼鏡をかけた中年男性。頭には白髪が目立ち始めている。間違いない。横山博士だ。
博士はカウンターの一番奥に腰掛けると、メニューを見ることもなく主人に注文すると、持っていた新聞を広げた。
牧田は静かに席から立つ。親父がこちらをチラリと見たが、特に気にするようでもないようで、そのまま調理に取り掛かった。
牧田は博士の隣に座った。そして、博士の耳に口を近づけると小声で「横山博士だな」と言った。
その瞬間、博士の両肩がビクンと跳ね上がった。ゆっくりと牧田の方に向けたその目には猜疑心と恐怖で溢れていた。なにかあれば逃げ出してしまう。慎重に事を進めなければ。
「落ち着いてくれ。あんたの敵じゃない」
「橋本開発の者か」
博士がゆっくりとした口調で聞いてきた。いつの間にか右手に小型のナイフを握っている。怯えているのだろう。小刻みに震えている。牧田は首を横に振り、刺激しないよう相手の口調に合わせゆっくりと喋った。
「ただの何でも屋だ。あんたの作ったドロイドのことで話しがある。試作機、あんたがリカコと呼んでいたドロイドのことだ。リカコから博士を探してくれるよう依頼された。博士に会いたがってる」
その瞬間、博士の右手からナイフが床に滑り落ちた。カランと乾いた音が木霊する。
博士は両手で顔を覆うと肩を震わせ、声を詰まらせて泣き始めた。小さく何度も、リカコと名前を口にしている。
「話しを聞いてくれるか」
牧田の言葉に博士は何度も、大きく頷いた。牧田が安堵のため息をついた瞬間、ガラガラとけたたましい音で引き戸が開き一人の男が入ってきた。男は一直線に牧田の方に向かうと素早く懐から銃を出し、牧田の後頭部に突きつけた。
「見つけたぜ。牧田だな」
博士は目を丸くし何がなんだか分かってないようだ。もちろん牧田自信もこの状況の意味が分からない。
「なんだお前は」
姿勢を崩さず、冷静に尋ねた。ここで慌てちゃだめだ。
「賞金稼ぎさ」
「なぜ俺を狙う」
「知らねえのか。お前には今朝から賞金が掛かってるんだぜ」
振り返れないのでどんな顔だか分からないが、声の感じだとまだ若そうだ。心中では賞金の使い道を考えてるに違いない。しかし全てを素直に答える所を見ると、まだまだ素人だ。与し易い相手だ。
「安心しろ。殺しはしねえ。死んだら金にならないからな」
なにが可笑しいのか笑いながらまくしたてた。
その時、それまで黙って見ていた親父が大きな出刃包丁を賞金稼ぎに向けた。
「うちで騒ぐんじゃねえよ」
親父の威圧感のある声にうろたえたのか、賞金稼ぎは「すぐに出てくよ」ぶっきらぼうに答えた。
今だ。牧田は反射的に体を半回転させながら、右手で、賞金稼ぎの銃を持った腕を振り払い、そのまま立ち上がる勢いを乗せ、顎に左手で掌底を叩き込んだ。
賞金稼ぎは顎を押さえ、よろめきながら後ずさりした。
牧田は銃を抜くと、すぐさま賞金稼ぎの額に突きつけた。
「銃を渡せ」
賞金稼ぎは顎を押さえたまま素直に牧田に銃を渡した。
「一瞬だな」
親父が感心したように言う。
「騒がせてすまないな」
「かまわんさ」
親父はそう言いながら店の外に出ると、暖簾を持って中に入ってきた。
「今日は店じまいだ」
「すまない」
牧田は心からそう言った。親父はなにも言わず厨房の隅からビニール紐を出し、賞金稼ぎの手足をグルグルに縛って床に転がした。
「ずいぶん大人しくなったな」
「たぶん歯が折れて痛いんだ」
牧田は自分の左手のひらを見つめながら言った。確かに感触はあった。
「さて」
牧田は銃をしまうと中腰になり賞金稼ぎを眺めた。思った通り若い。派手な服装に金髪。顔のいたる所にピアスをしている。
そして何も考えてなさそうだ。
「俺に賞金をかけたのは誰だ」
賞金稼ぎは悔しそうな顔で舌打ちすると、「橋本開発だ」と呟いた。
「お前だけじゃねぇ。お前の部下と連れのドロイドもだ。すでに町中の賞金稼ぎが動き出してるぜ」
それまで隅っこで震えていた博士が勢いよく立ち上がった。
「リカコが……」
牧田は頷き「分かっている」と言った。それから親父の方を向いた。
「親父さん、すまないが」
親父は言葉を遮るように右手を上げると、
「いいさ。ここの場所は割れてんだろ。その若造をどっかに放り出して俺は家に帰る」
「本当にすまない。今度、礼をするよ」
親父は少し微笑み「また食いに来てくれ」と言った。
「それよりお前ら足はあんのか」
牧田は首を横に振った。
「無いと不便だろ」
親父はそう言うと、若い賞金稼ぎの上着のポケットから鍵を取り出し、牧田に渡した。
「表に止まってる車がそうだろ」
「てめー、ふざけんな。俺の車……」
最後まで言い終わらないうちに親父にわき腹を力いっぱい蹴られ、賞金稼ぎはうめき声を漏らした。
親父は腰から下げていたタオルを外すと強引に賞金稼ぎの口に突っ込んだ。ムゴムゴ、と賞金稼ぎが情けない声を出す。
「あんた何者なんだ」
親父は少し笑い、
「ただの大戦帰りさ。あんたもそうだろ」
と、牧田の義手を指差し言った。
「ほら早く行け。でないとまた面倒なことになるぞ」
牧田は頷き博士を見る。博士も大きく頷いた。