11.博士の情報
牧田は事務所を出てすぐに、自分がつけられていることに気づいた。引っつかまえてもいいが、素直に口を割るとは思えなかった。
ランダムに街の路地を歩き、大通りに出ると、首尾よく出発直前のバスを見つけた。急いで乗り込み、少し走った所で、他のバスに乗り換える。何度かそれを繰り返し、追跡者を完全に巻いたのは、一時間後のことだった。
そのままバスを乗り換え、眼頭町で降りた。
街は朝早くから騒がしく、多くの人々が行きかっていた。道路のあらゆる所で屋台が出ており、食欲をそそる匂いが立ち込めていた。
牧田は空腹を一時我慢し、辺りを窺った。
不審な人物は見当たらないが、念のためビルとビル間の暗がりに身を隠し、携帯電話でリンにかけた。
「牧田だ」
リンが出た瞬間に名乗った。
「牧田さん、あなたも人使いが荒いわね」
「頼んどいた件はどうなった」
「横山博士のことね。少し分かったわ」
リンは言葉を続けた。
「博士は間違いなく眼頭町にいる。住所までは分からないけど、家を借りて住んでるみたいね」
「確かか」
「私の情報が間違ってたことがあったかしら」
不機嫌そうな声を出すリンに、牧田は慌てて弁明した。
「すまん。なんせこっちも命がけの大仕事なもんでな」
「冗談よ。本気にしないで」
受話器の向うでリンが微笑んでいるのが分かった。
「もう一つ有力な情報よ」
「なんだ」
「博士が毎日食べに来る中華料理屋があるそうよ。名前は『黒竜』。場所は烏龍劇場を北に百メートルほど行った所よ」
相変わらずリンの情報網には舌を巻く。
「なんでそんなことまで分かるんだ」
「企業秘密よ」
リンは意地悪く笑って言った。
「料金は全部が終わってからでいいわ。気をつけて。風見ちゃんのことも任せといて」
「助かる」
そう言うと牧田は受話器を置いた。
烏龍劇場は今いる場所からは少し距離がある。歩いて行ってまた尾行されると面倒だ。
牧田は屋台で朝食にホットドックを買い、タクシーを拾って烏龍劇場に向かった。
このまま博士に会い、万事解決といけば良いのだが、そうはならない嫌な予感が、牧田の脳裏を掠めた。