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異世界人の手も借りたい。  作者: justa
第一部 変転は唐突に
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【第1部閉幕】 鉄の魔犬

「それにしてもさ、なんで鉄の魔犬に有効なのが異世界の人間だって分かったの?」


 下山を再開して二時間ほどが経過したころ、ふとそんな話題に話が切り替わる。

 "切り替わる"とはいったものの、この疑問は、召喚された直後のディアスの話を聞いたときからずっと心中に抱いてきていたものだ。

 なぜ最終的に異世界人を頼るという結論に辿り着いたのか。予測も想像も、これっぽっちもつかない。


「それは……いや、昨夜話さなかったか?」


「いや確かに話してたけどほら、『鉄の魔犬に有効なのが"どういうわけか"お前のような異世界人だった』って、なんだか曖昧な言い方だったじゃん?」


 もやもやの原因は十中八九、昨夜のディアスの発言にあった。自分を召喚するに至った理由に、イマイチ納得がいかないのである。

 自分の召喚が、まるでディアスではない別の誰かの意思によってなされた……昨夜のディアスの説明には、どうにもそんなニュアンスが漂っていた気がする。


「……。知ったところで、特に何もないと思うのだがな」


 僅かに間を空けて、ディアスは言う。


「何も無いとかじゃなくてさ、こっちは何も知らないままいきなり別世界に召喚されたんだよ。そこらへんのはっきりとした答えを知る資格ぐらいは、こっちにはあるんじゃないかなーと」


 こちらは事前通告も何もないまま、しかも完全に無許可で別世界へと連れてこられているのだ。その上、世界を守るという大きな責任まで背負わされているというのに、事情の根底すら明かされないのはさすがに不公平すぎやしないだろうか。


「ああいやごめん、少し言い方が悪かったよ……」


 かといって、そういう負の方向の心情を直接口に出すのもまた違ったのかもしれない。


「……いや、確かにお前の言う通りだ。だが、こんなにも早く明かすことになるとは思わなかったな」


 ディアスは観念したようにため息を吐き、そう口にした。


「察しの通り、お前を"意図的に"召喚へと導いたのは俺ではない。俺はただ、召喚という行動のみをしただけにすぎないんだ。――つまり俺も、意図せずにお前を召喚したということだ」


 森のどこかで、鳥が一斉に飛び立った音がした。

 同時に林道を歩んでいた足がピタリと止まる。


「え? 意図せずに召喚って……どゆこと?」


 一瞬にして衝撃と疑念に飲まれる。

 召喚自体を行ったのがディアス、というところには何らおかしな点は感じない。ただ、「意図せずに召喚」の意味が分からないのだ。方法も分からずに、どうやって召喚を成したというのか。


「……これまたおかしな話なんだが……」


 "おかしな話"という部分にも疑念を感じるが、とりあえず聞いてみることにする。


「つい半年前、一枚の紙が北部都市の庁舎のポストに入っていた」


 止まっていた足を動かし始めるのを合図に、召喚した理由の根底になったであろうエピソードをディアスは話し始めた。


「紙には、見たことのない魔法の術式に加えて、ただ一言こう記してあった。『肌身から離すべからず』と。もちろん最初は趣味の悪いイタズラだと思った。……だが庁舎のポストには、先々無意味になるであろう書簡や物を自動的に処分する特別な術式が埋め込んである。無意味な書類、それこそイタズラ書きが始末されずに残っているなど、おかしな話なんだ」


 後々不必要と判断したものを自動処理するという特別な術式。

 ……魔法とはやはり都合がよく、便利なのだなと痛感する。

 ただ、ポストの機能に倣って話を進めれば、ディアスの言う通りイタズラ書きがそのまま残っているのは確かにおかしい。


 ならば、イタズラ書きを選別できなかったポストが故障したとかそういう類のものではないのか――、


「ポストの術式に不具合が生じたのではないか……初めは俺もそう考えていた」


 とも思ったが、その節はすでに確認済みであるらしい。


「だが、術式に不備は見つからなかった。もとい誰かがポスト自体に手を加えた形跡も。……で当然、そんな怪しいものを身に付けようとも思わず、今ではほぼ使わなくなったこの山の庁舎に保管しておいたわけだが」


「まさか、その紙に書いてあった術式っていうのが……」


 この時点で、話の流れに大体察しがついていた。


「……その通りだ。鉄の魔犬どもに痛手を負わせられたそのあと、疑念こそ抱き続けていたが、今まで使いどころのなかったその術式を発動させたんだ。――しかし、まさかそれが、異世界の人間を召喚するためのものだったとは思はなかった」


「そういうこと、だったんだ……」


「うむ……。昨夜話した、お前を召喚した理由だが……あれは今のこの世界の情勢と、その怪しい術式がもたらした『召喚』という結果を結び付けたが故の、俺の単なるこじつけにすぎなかったのだ……」


 今までの状況の全てが、ディアスの意思によってもたらされてきたものとばかり思っていた。

 意図せずに自分を召喚した、というところにも合点が行く。


「なるほどね……。本当のことを知りたいんだったらその人物に会うしかない、ってことなのか」


「そうだな。……とはいえ先も言ったが、お前には鉄の魔犬らと同じ未知の力が備わっているようだ。奴らの力に水と火のような相互関係が無いのなら、少なからずも同属性が弱点であると考えられよう。そう考えれば、お前が鉄の魔犬に有効だというのは、案外本当の事なのかもしれん」


 なるほど、だからさっき謎の力が備わっていることが分かったとき、「安心した」と言ったのか。

 こうして一つ、目的が増えた。

 鉄の魔犬への対処が優先だということに変わりはないが、ある程度事が片付いたらその人物を探し、そして自分を召喚した理由について聞きだす。

 ここまでやって、自分にとってもディアスにとってもスッキリと目標を達成したということになる。


「それに手紙の差出人のことだが、鉄の魔犬がここまで各地で目立っているのだ。お前が本当に奴らへの有効打となるのなら、その人物もそのうち俺たちの前に現れるのが道理というものだろう」


「まあ、それもそうだね」


 召喚するだけしておいて後のことは知りません、とりあえず世界守ってくれればそれでOK!

 ……手紙の主がそんな雑な人物でなければ、向こうからこちらの前に現れるのも時間の問題と言えるだろう。


「――あと、本当にすまなかった……!」


「え、ええ? な、なにが?」


 突然のディアスの謝罪に、呆気に取られる。


「俺はお前を誤魔化したその上で、無茶な協力までをも強いたのだぞ……。謝って当然だ。そもそも、謝罪で済む話なのかと思うが……」


 言われてみればそうだ。

 先程の話に従って状況を整理すると、ディアスは傍から見ればセコいやり方でこちらを協力へと引き込んだことになる。それも今回に限っては「世界を守る」などという大層な目的のために、異世界人とはいえ、一般の人間を巻き込んだのだ。

 普通なら、批判が止まない類の行為ではあった。


「なんだ、そんなことかー。いいよ、別に。というかここで怒るくらいなら、あの時意地でも協力なんてしてなかったよ」


 だが、自分は例外だ。文句を言う理由など一つも無い。

 ただ、一つ言えることがあるとすれば、


「ディアスさんの説得があったから、自分は協力する気になれたんだよ」


 今ここにいるのは、あくまでも自分の意志であるということ。

 昨日のディアスの説得が無ければ、今頃自分は複雑な気持ちで、本当の意味で望まずにこの場に立っていたことだろう。


「誤魔化したこと悪く思ってるのはよく分かったよ。だけど、こうして自分が今ここにいるのは、他でもない自分自身の意志だってこと、忘れないでほしいかな」


「ショウタ……」


 結局、ディアスを咎める理由もなければ、事実を聞いて憤慨する理由も自分にはなかった。


「……本当に、ありがとうな」


「こ、今度はいきなり『ありがとう』なんて、どうしたの?」


 またも唐突な感謝に戸惑う。


「協力を引き受けてくれてありがとう、ただそれだけの意味だ」


「あ、えっとー。ど、どういたしまして……?」


 ディアスがこちらを誤魔化していたということについては、特に何も気にすることも無い。だが、こうも情を込められて言われてしまうと、少し照れ臭くなってしまう。

 そんな気分のまま、終わりの見えない下山は続き――。


「……待て……。止まれ……」


 突然、ディアスの語調に緊張したものが走った。

 その声に従うままに、ふと足を止める。


「どうしたの……?」


 ディアスからの返答はない。

 状況を読んで、自分も周囲の環境に意識を集中する。


 ――張り詰めた空気が、肌を撫でていた。

 森中に響く、小鳥の囀り、風で木々が揺れる音、小川のせせらぎ。環境音の全てに注意を向ける。

 穢れの一つすら感じさせない、心地よい大自然の脈動。耳を澄ますほど、心が洗い流されていく、そんな気分に――普通はなるはずだった。


「……?」


 だが今は、素晴らしき生命の音に聴覚を研ぎ澄ますほど、心にどうしようもない不安と警戒心が湧いて出てきた。

 ディアスの緊迫を帯びた声だけが原因ではない。

 なぜか心地良いはずの自然の音が、今最も己の心を揺さぶっているのである。

 

 ――何かの自然音が、徐々に大きくなっている。


「っ……!」


 左方の茂みからだ。

 枯れ葉や枝を踏む音が、何かがこちらに近づいていることを知らせるかのように音量を増している。

 人間の気配ではない。であれば間違いなく、それは獣だ――。


「は……ぁ?」


 茂みから現れた茶色い顔に、小動物のようなか細い声を漏らす。

 猛獣のように大きいわけでもなく、他を威圧するような鋭い牙やタテガミをはやしているわけでもない。

 鹿にも似た顔の動物が、黒いクリっとした目をこちらに向けていた――のはほんの一瞬。


 次の瞬間、鹿の眼球は、本来あるべき場所を忘れたのかのごとく顔面から垂れ下がった。

 眼球の背面から伸びたピンク色の筋組織が、異様な光沢を放つ。


「――」


 異常な光景に言葉が出ない。

 茂みからひょっこりと出てきた醜い顔は、地獄絵図は、ゆっくりと動き始める。

 もはや茂みから出てくるものが何なのか、まったく想像がつかない。


「ぇ……」


 おかしい。絶対におかしい。今、目に映っている光景が明らかにおかしいのだ。

 まるで、今まで当たり前のように認識してきていたものを否定され、ぶち壊された。まさにそんな感覚が、身体中を駆け巡っていた。


 獣には、首より下が存在していなかった。

 それだけではない。

 続けて茂みから出てきたのは、無惨にも千切られた獣の生首を銜えた"山犬"だった。


 山犬は――体の所々に淡い金属光沢を放つ『鉄のような黒い外殻』を身に有しており、双眸からは不気味な碧色の光が漏れ出ていた。


 山犬はあまりにも、生物としての常識からかけ離れた姿をしていた――。


「――障害ヲ視認……排除すル」


 銜えていた生首を勢いよく放り捨て、姿勢を低くし、そして不協和音の声を口から発した。


「――鉄の魔犬!?」


 遅すぎる理解と同時に、限界にまで達していた警戒心が解き放たれる。

 解き放たれた警戒心は、光の如き速さで極度な緊張に変化。 


「……!!」


 頭の中で誰かが叫んだ気が――。


「何してる、早く逃げるんだ!! こいつが鉄の魔犬だ!!」


 言葉を頭で理解するよりも先に、足が動いていた。

 気が付けば山林の中を駆け下りている。


「すさまじい警戒心と緊張感が、俺の声を遮断していたようだ……! もう少し早く声をかけておくべきだった……!」


「ええ!? そんなことある!?」


 テレパシーの初見殺しともとれる特性に怒声を張り上げる。

 鉄の魔犬を一目で判断できるはずのディアスが道理で静かだったわけだ。自分でも気づかないほどの極度の緊張が、ディアスからの声を完全にシャットアウトしてしまっていたらしい。 

 察するに、"地獄絵図"が茂みから現れた瞬間からディアスは声をかけていたのだろう。


 ……いや、そんなことよりもだ。

 下手をすれば鉄の魔犬に殺られるというこの状況から、少しでも早く抜け出さなければ。


「ど、どうすればいいのっ!?」


 山林の変わらぬ景色の中を駆けながら、ディアスに解決策を求める。


「俺が精神体で応戦してもいいが、標的がお前に向いている以上意味が無い! この際、もはやお前がその"謎の力"でどうにかするしか方法はない!」


「は!? 魔法なんてどう放ちゃいいの!?」


「ああ!? それはなんかこう……! か、身体の底からドカンと!」


「サッパリわかんないよ!」


 焦燥感剥き出しの、ディアスの抽象的すぎる説明にさらに声を上げる。

 だが、使い方が分からないからと言ってこのまま逃げ続けられる気もしない。

 陸上サークルに属し、いくら走るのが速いと言えど、それは短い距離での話。長距離、長時間、鉄の魔犬が追跡をやめるまでの間、今の速さで走り続けるなど絶対に無理だ。現に、すでに脇腹が痛くなってきているし、呼吸の度に血の味がするようになってきてもいる。運動の限界が前方に近づいてきているのは明白だった。


 もはや、感覚が何だろうと魔法を行使するしか助かる方法は無さそうだ。


「ったく……やるしかないかっ……!」


 駆けていた足を勢いよく止める。

 日が当たらずに湿っていた枯れ葉で少し滑り、丁度いい具合に衝撃が吸収された。

 慣性力を利用し、鉄の魔犬が追ってきているであろう後方へ身を翻す。


「……障害、消ス……」


 鉄の魔犬は疲労という言葉を知らないかのような落ち着いた声で……感情の無い不安定な声でそう言い放った。


「ク、ソッ……!」


 言葉を発した異形に、震えた声でそう吐き捨てる。

 そしてディアスが言った"感覚"の通り、自分なりにやってみようとする。

 自分が一時期ハマっていた格闘漫画の主人公と同じように、掌を鉄の魔犬に向ける。

 "身体の奥底から湧き出ている力を感じ、向けている掌にその力を凝縮する"漫画内にあった説明の通りに、掌に、したことのないような力の入れ方をしてみる。


 何も起こらないのが当然だ。こんなバカなことをしたところで、何も変わりはしない。

 ……そう思っているのに、絶対に魔法が放てる、そんな根拠のない自信がどこかにあった。

 状況的に当たって当然の予測をし、的中させた……それと似た感触が、あった。


 ――すると、掌にとてつもない圧迫感が走り始める。

 その圧迫感が増していくのと同時に、体中の皮膚がピリピリする気もして、


「――」


 気のせいか、一瞬小さな稲妻が走ったかのように見えて――。


「しまっ――!」「!?」


 ディアスが何か慌てて発した声が耳に入ってくるのと、鉄の魔犬が飛び掛かってくる光景を最後に、視界が真っ白に染まった。

 何も聞こえない。何も見えない。何も感じない。

 

 何も、分からない――。

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