1-3 ディアス・アルベール
「突然のことで驚いているかもしれないが。今回君は、訳あって"召喚"された」
男は窓際へ移動したかと思うと、真剣な眼差しでこちらを見据えてそう言ってきた。
「まずは名前を聞いておこう。君の名前は何という?」
理解が追いついていないまま、名前を尋ねられる。
が、ずっと呆気にとられているわけにもいかない。この状況を良くも悪くも前に進めるためにもだ。
「え……は、はい、クロキショウタ……です」
立場的にも、身分的にも、あらゆる面で自分よりもずっと格上なのであろうということを感じながら、怖じ怖じと答える。
この時点で、自分が今どこにいるかは大方察しがついていた。
その答えに直接繫がるワード、"召喚"。目の前の男は確かにその言葉を口にしていた。
そう、信じがたいが、今自分がいる場所は異世界ということになる……。
「ふむ……"クロキ ショウタ"……か」
質問の返答を確認するように、男は小さく頷きながらこちらの名前を呟く。
そして一拍置いてから、
「俺は、ディアス・アルベール。この世界の一国を治めている者だ」
男は――国王ディアス・アルベールは、そう、自己を紹介した。
そして予感は的中。ここはどうやら元居た世界とは別の世界であり、自分はこの男によってこの世界に召喚されたらしい。
加えてこの場所が、とある国の王の執務室(?)であるということも判明した。
「(な、なんか……思ってたのと少し違うような……?)」
自分が知る異世界転移の定義は、大きく分けて3つ。
1つ目は、召喚主はこの世の人間とは思えないほどの美女・美男であること。
2つ目は、とんでもない能力的なものをなぜか手に入れているということ。
3つ目は、大きな宮廷内で世界を治める王様に、平和を脅かす魔王を退治してくれ的なお願いをされること。
状況的に見て、1つ目と3つ目のお約束が混ざったかのように事が進んでいるようにも思えるが……どうにも完全にそういう訳では無いようだ。
目の前にいる人物は、絶世の美男……と言うには、すこし冷酷なイメージが強すぎる。
また、転移した先は、だだっ広い宮廷内でもなく、元居た世界にもあるような「お偉いさんの部屋」の中。それこそ、無駄に豪華すぎる玉座も、世界を治める偉大な王がそこにいたというわけでもない。
というか、"世界を治める偉大な王"よりもワンランク下の"国の王"、それも見た目が完全に魔王さながらの典型的な悪役。
……なんともまあ、お粗末な設定且つ、この男の役職と見た目に度し難いギャップがあった。
「あのー……とりあえず、ここは自分がいた世界からみて異世界? ということで間違いないんですかね……」
……これがどうか悪い夢であって欲しいが――。
「状況を受け止めきれていないの無理はないが……。それがどうかしたのか?」
夢ではないようだ。それどころかここまで丁寧に返事をしてくるとは微塵も思っていなかった。
この見た目なら、「ほう、この俺の許可もなく口を開くか」などとも言いだしそうで少し怖かったのだが。
――何とも言えない空気が場に漂い始める。
「(いやこれどういう状況だよ……)」
このおかしな状況にたまらなくツッコミを入れたい。
しかし、そんなことができる訳もなく、どんどん淀んだ空気は濃くなっていく。
「あー……」「あー……」
……。……なぜこういう時に限って、こうも喋りだすタイミングが揃うのだろうか。
「じゃあそちらから」「じゃあ俺から」
……まあ、意見の衝突が起こったわけでもないし、良しとしよう。
会話の先手を「争う」などということはまずなかっただろうが、「譲り合う」なら十分ありえたので、それを回避できただけでも心中ホッとした。
「では仕切り直して、君が召喚された経緯を話していく。心して聞いてもらいたい」
咳払いを入れて停滞していた空気を振り払うと、ディアスは、自分をこの世界に召喚した経緯について話し始めた。
◇ ◇ ◇
今から約四年前より、こちら側の世界では、いくつかの事件が起こっていた。
まず、『災禍竜』とよばれる魔獣による、大規模な破壊行動があったこと。そしてそれに続くようにして、いくつかの国の指導者らが何の前触れもなく突然行方不明になったことだ。
ただ、初めのほうに行方不明になったのは、その災禍竜とやらの襲来によってもたらされた不況や飢饉により、厳しい状況にあった国のリーダーだったのだという。
そのため、"責任逃れ"あるいは"亡命"という風説のみで、大事にまでは至らなかったらしい。
しかし、その事件からちょうど一年後。今度は、大国の指導者らが立て続けに姿を消してしまったのだという。
それからというもの、世界中で不況が発生、勢力の大きい国の間では、冷戦が勃発する事態にもなり、世界中が大混乱に陥ってしまったようだった。
今でこそかなり落ち着きを取り戻しているらしいが、『大亡命時代』だとか、災禍竜襲来後にもかかわらず『天変地異の前触れ』というような文句が庶民の間で流行ったり、一部宗教団体過激派の活発化などを招いたりと、まだまだ災禍竜襲来が残した爪痕は癒えていない感じだそうだ。
それにしても、なぜ災禍竜の襲撃の後に『天変地異の前触れ』などという決まり文句が流行ったのか。
それは、世の人々にそこまでの心配を植え付けた"とある存在"が完全な原因であった。
――『鉄の魔犬』と呼ばれる、新種の魔獣の出現。どうやらそれが、世界中に文句を流行らせた原因であったらしい。
そして、彼らがそのような異質な扱いを受けるのにも、確かな理由があった。
それは、鉄の魔犬の異質な生態によるものである。鉄のような黒い外殻は、いかなる間接攻撃も無力化。彼らの操る未知の属性に直接触れれば、たちまちのうちにその部分は灰と化す。さらには、人語を話す個体までもが存在しているのだという。
そんな、異質と呼ぶに相応しい魔獣・鉄の魔犬。ディアスの話によれば、どうやら彼らによる被害は、出現してから間もないうちに瞬く間に増えていったのだそうだ。
初めのうちは、研究機関や物資を運ぶ輸送車が無差別に破壊されたり、単なる破壊行動のみだったらしい。しかし、どうも最近になってから、鉄の魔犬による被害は、あろうことか人命にまで影響を及ぼすようになってきているのだという。
人体の一部分のみを残した文字通りの消し炭となった焼死体、貪られたかのごとく体の随所が欠けた遺体……など事例を挙げればキリが無いそうな。
そして一昨日、短い導火線についていた火がついに大爆発へと至ったかのように、ある事件が起こったらしい。
ディアスの治める国"ラムス"の北方に位置する"タリアン"という国の都市部が、鉄の魔犬の大群による襲撃を受け、甚大な被害を受けたのだという。
死者多数、重要機関・建造物への大打撃あるいは完全崩壊、立て直しの見通しすらまったく見えないほどの大規模な被害を、とうとう鉄の魔犬たちはもたらしたのであった――。
◇ ◇ ◇
「――と、ざっと今のこの世界の状勢を挙げればこんなところだ。……それで、タリアンに救援部隊を派遣した今日の夕方。俺はこの国の北にある森に、先日の鉄の魔犬どもの手がかりがあるのでは踏んで、個人で調査を始めた」
ディアスは窓際からゆっくりと移動し「それで、だ」と一言入れ、ソファに深く腰を掛けた。
「2時間ほど、森を調べ回っていた。無駄に枝の伸びた茂みの奥、動物がねぐらにしていたであろう洞穴、森の隅々を抜け目無くな」
ディアスの話は続く。
「……が、鉄の魔犬に出会うことは愚か、痕跡を見つけることすらできなかった。そしてこころならずも都市へ引き返そうと思っていた、そのときだ」
「――」
「突然、体中を撃ち抜かれたかのような凄まじい衝撃を味わった。――そう、奴らだ。鉄の魔犬だった。俺は確かに、死ぬ直前に奴らの姿を見たのだ」
……"死ぬ直前"?
言葉に何かどうしようもない違和感を覚えるが、その違和感が何なのかは分からない。
だが、何かこう、とても見えては行けないものがさっきから見えているということになるような――。
「――っ!」
不可解なノイズとともに、ディアスの体が明滅する。同時に、自分が今小さく身構えているということにも気が付く。
「っと……驚かせてすまない。だが今君が目にしたように、俺は肉体を失ってしまったのだ。あのときのことはあまり覚えてはいないが……何か強い意志が、俺の魂をこの世に繋ぎとめたおかげで、俺はこうして魔術によって命をつなげられている」
自身が半分幽霊であることを明言するディアス。こちらを驚かせたことを詫びるように両手を小さく挙げる。
「……それで、自分を召喚した理由は結局何なんですか……」
身構えていた姿勢を元に戻し、見た目以上のギャップに続いた地味なサプライズはやめてくれと言わんばかりに肩を落とす。そして、いい加減自分を召喚した理由を聞くべく、思い切って話を切り出した。
「ああ。君が召喚された理由だが、それは二つある」
ディアスはわずかに綻ばせていた表情を真剣なものへと戻すと、ようやく話の真髄について話す姿勢になる。再び、重い空気が場に立ち込める。
「まず一つ目。これは私的理由ではあるが、肉体を失った俺の魂を、安定してとどめておける誰かの肉体が必要だったためだ。もちろん意識の主導権は常に宿主である君の下にある。そこは安心してほしい」
一瞬「え?」となったが、体が乗っ取られるとかそういう類のものではないということは理解した。
無論、ディアスの雰囲気が説得力を欠いているという事実もあり、完全に納得はしていないが。
とはいえこの流れだと、自分を納得させる決め手になりうるのは恐らくもう一つの方の理由になるのか。
「そして2つ目。とても重大な理由になる。同時にかなり現実離れした話でもあるが、落ち着いてしっかりと聞いてもらいたい」
一体どんな理由なのかと、ゴクリと固唾を飲む。
……だが異世界に転移した今、逆にそれ以上に現実離れした話などあるのだろうか。
もちろん、どのような理由なのか不安なところはある。だが、かといって大きく取り乱したりまではしないだろう。そう、信じたい。
「……例の鉄の魔犬どもに有効なのが、どういうわけか異世界の人間であったらしい。そこで、好き勝手破壊行動をしている奴らからこの世界を守るために、鉄の魔犬の調査と殲滅の協力を、君にお願いしたいのだ」
時間が止まるかのような錯覚に陥る。
「え……?」
全くもって理解が不能だった。世界を守る。魔獣を調査し、殲滅する。
間違いなくそう言った、だろう。
「世界を守る……? 魔獣を、殲滅……?」
途方に暮れたように口籠もる。
それは突然自分の前に置かれた、重大かつ超重の「理由」と「責任」だった。