その1の4
その1の4
会議室は窓のない部屋だった。
高い天井には豪華なシャンデリアが輝いていたが、部屋の薄暗さを増している気がする。壁に掛けられた国旗を背に立ちながら、苦渋に満ちた表情を浮かべる四人の要人を見渡した。
黒いボディスーツに黒い鎧を着た女騎士〔闇姫騎士ダクレンナ〕。彼女がクランの軍事最高責任者で、集まったプレイヤーの連絡役を担っている。
ツナギの上に白衣、高級そうな川の手袋に革靴を履いたチグハグな恰好をした優男〔MDK〕。彼は資源調査、採掘、加工、武器の研究などの内政を取り仕切る代表だ。
この二人が『自由、無言、誰でも可。誰でもOK』クランのメンバーになる。そして残り二人が、部外者だが重要人物。
頭上に〔武☆吉〕と付いた、巨大なクマのような大男。赤毛で髭や髪などは三つ編みにしており全身体毛に追われたバイキングのような姿をしているプレイヤーは、南極最大の盗賊団『ヨトゥン』のリーダーだ。通称、雪賊と呼ばれる彼らこそ、YouTuber〔コタロ〕を襲い略奪し恨みを買った元凶で、悪いことをしたと思っているらしくクラン防衛に協力を申し出た。
もう一人は〔滝夜叉丸0223〕。綺麗な黄土色の髪に分厚いちゃんちゃんこの狐目の女性だ。彼女は商人ギルド『南極バンザイ』所属『自由、無言、誰でも可。誰でもOK』国管轄の商人で、商売の手を引くべきかどうかを観察している立場のプレイヤーだ。
そこにレイラを含めて五人が、このクランの主要メンバーだ。
「彼は湯豆腐、私の友人だ。アドバイザーとして私が招いた。信頼できる男だ」
と〔レイラ〕が紹介してくれたものの、4人とも猜疑心を隠さぬ目でこちらの様子を見ていた。
普段の〔納豆巻き〕は白騎士らしく知性的な貴族風を装っているが、今はうらぶれた元軍人〔湯豆腐〕。ロールプレイはゲームの醍醐味だ。
「信用してもらう必要はない。俺もお前らを信じるつもりはない」
「ああァ!?」
怒りをあらわに、テーブルを勢いよく殴りつけながら立ち上がったのは〔武☆吉〕だ。お気に入りの野太い、せせら笑いを〔武☆吉〕に向ける。
「元凶の盗賊に信じてもらう必要はない。当たり前だろ?」
「いい度胸じァねェか!」
「やめ止め! ケンカしたいんやったら後にし!」
〔滝夜叉丸0223〕はそろばんをじゃかじゃか鳴らしながら怒鳴りつけ、〔武☆吉〕は大きく舌打ちをしてドカッと着席した。
「何かええ話してもらわんと、うちとしてもギルドに嘘はつけへんからなぁ」
「はッ! 何ができるッてんだ!? あ!? 十倍以上の敵に囲まれ! 話し合いもできねェ! 防衛しようにも物資が足りねェ。どうすんだ!? あァ!?」
本当にどうすんだ? 思わず思ってしまう〔湯豆腐〕だった。
「最近やじ馬プレイヤーが新規参入してくれますが、ほぼほぼ南極カスタマイズが碌にされていない機体ばかり。戦える正規軍は20人ほど。全軍合わせても100人以下。常時いるわけでは大久伝半数以下ほどと思ってもらいたい」
〔闇姫騎士ダグレンナ〕は絶望的なことを伝えてきた。集まった面々はため息とともに肩を落とす。これやダメだと思いながら〔湯豆腐〕は〔レイラ〕から渡されたデータに目を通す。どう考えても情報が少ない。どうでもいい情報ばかりで、情報操作でもされているのかと疑うほどだ。仕方なく〔レイラ〕に耳打ちする。
彼女は戸惑いながら頷くと、集まった面々を見渡した。
「その、私のアドバイザーが情報を隠さず出してほしいと言っている。何かあるなら教えてほしい」
彼らはきょとんとした。
これはよくないと〔湯豆腐〕は仕方なく自分で声を上げる。
「俺が知ってるだけでもバックに別のクランが付いているんだろ? そこの情報がまるでない。そこから派遣されているプレイヤーがいるはずだ。どのような陣形で取り囲んでいて何時総攻撃が来るのか、そのぐらいはわかるだろ」
〔MDK〕はやれやれと首を振る。
「それは、わかるものなら知りたいものですね」
「わかるだろ」
弱ったように〔湯豆腐〕は反論する。
「クランはブルーランナーやぁ聞いてます。せやけど、わかるんはそんぐらいやろ」
「ブルーランナーか」
さっそくサッと調べて目についた情報を口にする。
「・・・『bluerunner』、派遣されたプレイヤーは〔ビューティー・ロッドマン〕と〔バンバンバン!〕だな。それに盗賊団『紫薔薇水晶』が傭兵として来ている。すごいな、視聴者も入れて数百人はいるな」
「なっ」
〔MDK〕は驚いた声を上げる。他の面々も〔湯豆腐〕の言葉に驚いているようだ。目に付いた情報を適当に集めてデータを全員に流した。
「こ、これはネットの情報でしかありません。ブラフなのでは・・・?」
〔闇姫騎士ダグレンナ〕は震えながら声を上げる。
実際にGoogleで「ブルーランナー」「『自由、無言、誰でも可。誰でもOK』」「派遣」で調べて出てきただけの情報だ。
「本物の軍隊じゃない。世界中から集まった〔コタロ〕の視聴者が主力の有象無象だ。下手なウソをつけば指揮系統が崩壊する。こちらに情報が洩れるとわかっていても嘘はつけない」
〔湯豆腐〕はそんなものは常識だろうと〔レイラ〕に目を向けると、彼女の眼は泳いでいた。
「そ、その、私は戦場での指揮は得意なのですが、全体の指揮は得意ではなく」
「そうか」
幾度も死線を潜り抜けてきたが、正直知らなかった。『エインヘリヤル』では現場指揮の負担が重く、頼もしさが上回っていたためだろう。
「これからは情報を調べ・・・いや、俺が調べた情報をレイラに渡す。皆はレイラの指示に従ってもらいたい」
ネットの情報、実際にブラフはある。戦いは情報戦、戦い慣れしていな彼らに情報戦は危険すぎる。自分が選定した確実な情報を与えた方がいいだろう。
「気に入らねェなァ」
〔武☆吉〕が大きく声を上げた。
「気に入らねェ。ああ? 新人さんよォ、テメェなに様だ? あ?」
大男は立ち上がる。
「これは俺らの戦争だ。他人が口出ししてんじャねェよ。ああ?」
よく見るとこだわりのあるキャラクターだ。首飾りや指輪はすべて木材で、どこか和風の作りになっている。胸元の開いた白いシャツも、よく見れば和服で腰の帯は波と船が刺繍されている。太陽と潮の香がしてきそうなまさしく海の男といった感じだ。
「武☆吉、彼は信用にたる人間だ」
「知らねェよ、ボス。俺はあんたのことは信用するが、こいつは信用ならねェ」
そう言うと背を向けて「勝手にやらせてもらう」と言って会議室から出て行ってしまった。
「すいません、もともと粗暴な男で・・・」
「気に入ったよ」
実に〔納豆巻き〕好みのプレイヤーだ。
〔湯豆腐〕は笑みを浮かべた。