その1の3
その1の3
〔湯豆腐〕が外に出ると、町は吹雪に包まれていた。
巨大なボーリング機が地面を叩き、建物はすべて工場のように四角い。道幅の広い剥き出しの地面を巨大なロボットが通り過ぎていく。
足の長い15mほどのロボット「ランナー」。さすがは10年以上愛されている『ランナーズ』を代表するロボットだ、すらりとしたフォルムでありながら野暮ったさのある装甲はミリタリー好きを引き付けるものがある。
ロボットアクションゲーム『ランナーズ』。プレイヤーは広大なマップを自由に駆け巡り、仲間たちと国を作って天下統一を目指す。ここまでは『エインヘリヤル』にもあるようによくある設定だが、メインである戦闘が全然違う。ランナーズでは誰かに指示され戦場として区切られることもなく、自由に駆け巡り戦うことができる。
「さて、俺に何ができるか、だよな」
〔湯豆腐〕は考える。
シミュレーションゲームなら生まれ持った特殊能力的な感覚で、そこそこ活躍する自信はある。しかし正直アクションゲームでは普通だ。
近くに無人の喫茶店があったので中に入り、とりあえずチュートリアルに目を通すことにした。有名なゲームなので概要は知っているものの、情報は少しでも多いに越したことはない。
現実世界でアイスコーヒーを飲みながら動画付きのテキストを見ているのだが、恐ろしい量だ。さすが、10年以上バージョンアップを繰り返してきたゲームだ。
「な、納豆巻き殿!」
いきなり声を掛けられ驚いて顔を上げると、そこには紫色の軍服にサーコートを身に着けた若い娘が入ってきた。頭上には王冠のマークに金色の文字で〔レイラ・ランフォード・グレン〕と書かれている。
「約束は明日のはず! 来られたのなら連絡していただければすぐにでも向かいましたのに!」
この国の代表レイラは、新人の彼に対し慌てふためき近づいてくる。
「下見に来たんだ。その・・・」
なぜ下見に来たことがバレたんだろう?
『エインヘリヤル』で〔納豆巻き〕が作った国の作戦参謀をしている人物だ。スキンは福禄寿のような頭の長い、優しげな老人だった。その戦術眼は〔納豆巻き〕に勝る。
彼女、いや彼が雑多な戦術を考え、〔納豆巻き〕が感覚で軍を動かす。二人が協力したときの戦場では、控えめに言って、敵軍は虐殺を覚悟しなければいけない。
それほどの人物、こちらの動きが読まれたとも考えられる。
「IDを登録していましたので通知が来ました」
「あ、ああ。なるほど」
納豆巻き殿はセキュリティが少し緩いので、身元ばれを恐れているなら少し高めにしてくださいと窘められ、少し恥ずかしくなった。
「せっかくなので、状況を説明させてください」
この地は地球で言う、南極にあるらしい。
ほかの大陸はすでに有力国家が占領してしまい空いている土地がここしかなかったそうだ。
「なんで無理にこんな土地に?」
「・・・どうしても、自分の国が持ちたかったんです。戦略的な理由はありません。実際、クランを運用できる資源がなく、主に海賊ならぬ雪賊が主要資源の犯罪クランに成り下がっています。それが、今回のトラブルに元になったのですが」
南極に旅行に来るプレイヤーは、基本的にはいない。
ロボット「ランナー」を専用カスタマイズしなければ問題が起きるらしい。まず凍結しないように外壁を覆わなければいけない。コックピットに暖房をつけなければプレイヤーキャラクターがダメージを受けてしまう。吹雪でも迷わないように特殊なレーダーを装備して、武器なども凍結防止にしなければ銃弾が出ないなどなどなど、費用が尋常じゃない。
つまり南極に来るランナーは大きなクランの探検隊か開拓者のどちらかである場合が多い。それはつまり、かなりの物資を持って南極に冒険に来ているということだ。雪国を本拠地にしている盗賊からすると、いいカモというわけだ。
「我々『自由、無言、誰でも可。誰でもOK』クランは名の通り誰でも自由に出入りできるので、すっかり盗賊の拠点のようになってしまいました。南極のクランは大体同じようなものなのですが、お恥ずかしい」
小さく畏まるレイラは可愛らしく、福禄寿のような姿を知っている〔湯豆腐〕からすると、なんとも、こそばゆい。
「旅行者は少ないですが、いないわけではありません。よくわからず迷い込んでくるプレイヤーもいます。その、その一人が彼です」
『ヒューゥ! みんな元気かい! オレはちょー元気だぜぇ!』
レイラは動画ファイルをテーブルに開いた。
ラテンの曲に乗って、踊りながら金髪のソフトモヒカンが姿を現した。背景は吹雪いているのに袖なしシャツを着ているモヒカンは、素人丸出しのダンスを続ける。
『今日も盗賊国家『自由、無言、誰でも可。誰でもOK』を攻めるぜぇ! 見ってくれよな!』
親指を突き立て、ランナーに乗り込んだ。
ランナーは軽快に雪の上を走り、自由国の防壁を攻撃し始めた。防壁についた固定砲台の攻撃を華麗に避け、攻撃を続ける。編集でカットやスローモーションで、まるでスーパープレイをしているかのように見せていた。いよいよ曲が盛り上がってきた瞬間・・・撃破され音楽も止まる。
『チクショウ、また失敗しちまったぜ』
ボロボロになった姿で再び現れた。
『まだまだ懲りないぜ! これは正義の戦いだ! ランナーを修理次第また攻めるからよ! 応援してくれる人はコタロ・チャンネルを登録してグッドボタンを押してくれ! それじゃ、また見てくれ!』
そう言って、動画は終わった。
「自業自得と分かっているのですが、質の悪いYouTuberに目を付けられまして」
再生数は多い。
動画は短く見やすい。緩急もあって編集も頑張っている。投稿された動画は100近くもあり、このクオリティでこの数は確かに嬉しい。
「現在〔コタロ〕、このYouTuberの視聴者が協力するということで兵隊が数百名取り囲んでいます。厄介なことに大陸の大手クランの支援も受けており、強兵です」
動画画面は地図に変わり、自由クラン周辺を拡大して見せた。そこには、小さな赤い点が無数に取り囲んでいた。
「これ、どうするんだ?」
「だからこそ、助けを求めたのですが・・・」
レイラは困ったようにつぶやいた。