その6の3
その6の3
いつも幻聴に悩まされていた。
「いらない子」「可愛そうに」「調子乗ってる」「私たちのこと見下してるのよ」「ブスのくせに偉そうに」「性格悪いのすすけてんのよね」「せいぜい持ち上げておちょくってやろう」
人の心の声が聞こえる、そのような心の幻聴。
鳳梨と親友となり、友達も増えた。
そして、いつもそのような声が聞こえてきた。
幻聴だ、友人たちに失礼だ。純粋で、まっすぐな心を持った友人たちがそんなことを思っているはずがない。自意識過剰。自分の心が醜いから、相手を貶めるような思考に囚われてしまうに違いない。
声が聞こえるたびに、そう言い聞かせて耳を閉じた。
そう、私と彼女は違う。
彼女が荒波を前に笑み浮かべる海賊ならば、私は嵐に茫然自失になり立ち尽くす航海士。
彼女が月夜に想い人の詩を詠う麗人なら、私は藁を手に男を求める売女。
お姫様は、王子様と結婚するために生まれてくる。
私のような意地悪な継母は赤く燃えた靴で踊るのがお似合い。
それでも。
それでも私は彼女のようになりたかった。日の当たる場所へ行きたかった。深く傷つくことなど恐れず、だから私はせめて彼女の真似をしよと、偽りでも彼女のように振舞おうとした。
「そうなんだろうなって、思ってた。だから、打ち明けてくれて嬉しい」
そう言って彼女は私の手を握った。
「だからってシュウゾウを譲るなんてしないからね! 恋のライバル! 恨みっこなしだからね!」
その言葉は、
私の心をドス黒くさせた。
私のランナーが、膝をつき燃えていた。
鳳梨と一緒に買ったドーナツ型のVRゴーグルを持ち上げ、涙をぬぐった。
「やめてって言ったのに」
ゲームはもちろん、ネットにもほぼほぼ触れたことがなかった。
母からネットをする人間はバカだと教わった。ゲームをするような人間は幼稚で、愚かで暴力的で社会のクズがするものだと教わった。そして、私もそう思っていた。
鳳梨に誘われなければ、ゲームなんてしていなかったに違いない。
初めてのゲーム、何もわからなくてとりあえずすべてに「NO」と付けて、気が付いたら見知らぬ土地だった。鳳梨に連絡すると南極にいるから来てほしいと連絡を受け、紆余曲折しながらなんとか南極に向かったのだが、何とか目的地へとたどり着きそうだった。
そこで、雪賊に襲われた。
「やめて! 本当に分からないんです!」
下卑た笑いを上げながら、ろくに走ることができないランナーを彼らは取り囲みわざと板ぶるように破壊していく。
「ひどいことしないで。本当、初心者なんです。わからないんです」
『へへ、大陸ならそれで見逃されたかもしれねぇけどな、こんなところに来たお前が悪いんだろ?』
『初心者大歓迎だわ。楽に仕事ができるんだからなぁ!』
そう言いながら、彼らは散々弄び、ランナーを破壊して得られる資源やポイントを奪い、吹雪の中に消えて行った。
「ひどいことしないでって、懇願したのに!」
ドス黒い感情が、体を支配していく。
それは、まるで靄が晴れるかのように視界がクリアになっていく感覚だった。
「相手が嫌がる行為をする、そんなのゲームなのだから、当たり前じゃないですか」
喉の奥から、引っ掛かったような笑いが湧き上がってくる。
「滑稽、私は何と滑稽なのか」
燃えるランナーを前に、声を上げて笑い始めた。
「彼らは笑っていましたが、それはそれはおかしかったでしょうね! もし私が奪う側なら、大笑いしていたでしょう! 今ここでめそめそ泣いているだろう間抜けを思って悦に入ることでしょう! 当たり前! 当たり前じゃない! あははは!!」
笑いが止まらない。
このひどい出来事で、やっと目からうろこが落ちた。沈みゆくヘドロの中は、驚くほどにクリアな世界が広がっていた。
笑えるじゃないか、泣けば誰かが慰めてくれると思っていた。
泣けば誰かが抱きしめてくれると思っていた。
泣けば慰めてくれると思っていた。
泣けば許してくれると、泣けば見逃してくれると、泣けば注目を浴びると、泣けば悲劇のヒロインになれると、心の片隅で思っていた。
泣けば、お父さんが迎えに来てくれると思ってた。
泣けば、お母さんんは昔のように優しく抱きしめてくれると思っていた。
「知っていたじゃないですか! あははは! 父さんは私を置いて行った! 母さんは結婚するために利用した道具でしかない私を愛してくれるわけがないじゃないですか!」
若旦那は若い子が好きだからねぇ。
私は反対だがねぇ、ありゃただの流行りに乗っただけの教養のない子だよ。温故知新の意味をまるで理解しちゃいない。
だけど子供ができたって言われちゃねぇ、男としたら責任取るしかないわなぁ。
ものの良し悪しもわからん小娘が、偉そうに仕切るねぇ。私らみたいな口うるさい忠告は一切聞かないのに、困った奥さんだ。
ちょっと聞いておくれよ! 若旦那若い子と逃げたって話、本当らしいわよ!
やっぱりこうなると思っていたのよ、なにかと鼻にかけて嫌な女でしたもの。
ここだけの話、少々いい気味と思ってましてな。
あらあなたも? 私もそうなのよ。
「聞いていたのに、聞こえないふりを続けて、あはは! バカみたい!」
そして、腕を掻きむしりそうになるほどの寒気が襲って来た。
この綺麗だとよく言われる容姿も、男をたぶらかしたものだ。
綺麗な所作も、ものの知らない女が教え込んだ偽の所作だ。
体に流れている血が、あの女と同じだと考えるだけで吐き気がした。
「子供の頃に見ていたすべては、偽りだった」
父さんも、
母さんも、
本当の愛じゃなかった。
私は、愛されてなどいなかった。




