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ゲーム内で勇者でも、  作者: 新藤広釈
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その6の2


 その6の2


 鳳梨は誰かれかまわず自分と親友だと言って回った。

 私は誇らしい思いでいっぱいだった。そう、私はあの鳳梨と親友なのだ。彼女もまた、私と親友であるということが誇らしいようで、ふざけて抱き着いてくる彼女の腕にはたっぷりの愛情に満ちていた。

 私たちは親友だけど、何も知らない。

 私服の趣味も、どんなコスメを使っているかも、時々学校を休む理由も、誰にも知られないように泣いていることも、何も知らない。

 彼女もきっと私のことを知らない。

 きっと私は彼女を救えないし、彼女も私を救えない。私たちが必要なのは手を握ってくれるだけの人、そのぬくもりだけで私たちは両足で立っていられるのだから。


 理由は思い出せないが、きっとどうでもいい理由で母にまたぶたれて心が乱れていた。

 来年から通うことになる高校の下見という名目で肩を怒らせ海沿いを歩いていた。海は心と同じように荒れていて、空は望んでいるように高く青かった。

 しばらく歩いていると理想的な砂浜を見つけ、石階段にドスンと腰かけた。

 大気は冷たいが日差しは熱く、麦わら帽子脱ぐことができない。潮風が強く白いワンピースは押さえていなければいけない。サンダルには砂が入って気持ち悪いが、その不便さが返って心地よかった。

 そうしていると、突如海の中から一人の男が現れ、砂浜に倒れ込んだ。

 さすがに驚き慌ててその男のもとに近づいた。

「大丈夫ですか!? 今救急車を呼びます!」

「い、いや、大丈夫だ」

 彼は咳き込みながら仰向けになると、声を上げて笑い始めた。

 そして、腕に巻かれていた緑色に光る輪に触れた。

「失敗した。海の中で読書ができないものかと試してみたんだが、普通に溺れちまったよ」

「は?」

 彼の目の前に光のテキストが浮かび上がった。

「物語や漫画でもよくあるだろ? 海面を空に見上げながら海に漂う。天気もいいし、泳ぐのは得意だったんでね、試してみたんだ。いざとなったら酸素チューブもあったし、まぁ平気だろうとね」

 日に焼けた彼は、白い歯をのぞかせながら子供のように笑った。

「ちゃんと生き残ったろ?」

 あまりに呆れた言い分に、思わず絶句してしまった。

 白いシャツを肌に張り付かせながら、日差しで乾かし始めた。うっすらと見える肉体は筋肉質で痩せていて、思わず顔をそむけてしまう。

「その、日焼け防止のスキンケアはしないんですか?」

なんてふしだらな質問をしてしまったのだろうと赤面していると、彼は息を整えながら答えた。

「別に日に焼けて困ることなんてないし。子供の頃からだからな」

「で、ですが、皮膚病になるとか、なんとか・・・」

「日に焼けた程度で死にゃしねぇよ」

 潮のためにパリパリになった髪をかき上げ、彼はまたあの笑顔を向けた。

「俺は竹原宗像。ここの高一」

「わ、私は宮島涼華です。中学3年です。えっと、今年からこの高校に通うことになります」

「そうなんだ。綺麗だから年上に見えたわ」

 なんだかとても失礼なことを言われた気もしたが、うるさい程に心臓が叩き始めそれどころじゃなくなった。

「ごめんなさい、読書の邪魔をして」

「俺もなんか、邪魔して悪かったな」

 去りがたい。

 水に濡れ手やズボンは砂まみれ、あまり人には見せるべき姿ではない。それなのに、どうしても目が離せない。

「あの、お時間がよろしければ少しお話しませんか?」

 彼は快く了解してくれた。

 石の階段に腰掛けて、気づけば質問攻めにしていた。

 近くの漁師の子で、趣味は読書。子供の頃から漁の手伝いをしていて本を読む暇がない。最近のお気に入りはヘミングウェイと太宰治、それに竹本泉だそうだ。母親が料理下手で手伝っているうちに漁師飯が得意になったと笑い、煮つけと玉ねぎの味噌汁は誰にも負けないと無邪気に自慢していた。

 日は傾き、世界は赤く染まり始める。

「ありがとう、話し相手になってくれて」

 こちらが望み、読書を邪魔されたのに、彼は感謝の言葉を伝えてくれた。

「家まで送るって言いたいが、今日会った男と一緒に歩くのはヤバいだろ。悪いが一人で帰ってくれ」

 そう言って彼は一人、暗い木の陰の道へと消えて行った。

 その背を見送り、涼華はそれでもその場から離れられなかった。質問し続けたせいで、喉がカラカラ、一気に肌寒くなり始めたが、動きたくなかった。まだもう少し、この胸の高鳴りを感じていたかった。

 その日の青い月を、きっと忘れない。


 特別な想いを秘め、入学日となった。中学の頃と違い、全校生徒は二十人にも満たない高校だが、海の近くでグラウンドも校舎も大きな高校だった。

 校舎内を新入生たちと一緒に見て回りながら、自然と日に焼けた少年の姿を探していた。そこに、入学式と共に姿を消していた鳳梨が誰かを引っ張ってこちらにやってきた。

「スズヤカ! 紹介したい人がいるの! シュウゾウ! ちゃんと歩いて!」

「っるっせぇな! お前の友人なんか知らねぇよ!」

「親友なの! スズヤカ! こいつシュウゾウ! 近所に住んでんの!」

「へいへい、宗像だよって、ああ! お前!」

 心の果実は、熟れる前に捥ぎ取られた。


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