その4の2
その4の2
すぐ前まで裸で湯船につかっていたんだと考えると、変に意識してしまう。
「敵に囲まれえてたから、竹原たちもすぐにやられちゃうかな」
「そう思うのですが」
ビルの壁に手を触れ、ゲーム中の映像をスクリーンに映し出す。
『シュウゾウ! こっちにも金があったわ!』
『いいぜ鳳梨! そっちに車回すぜ!』
映像にはトンプソン機関銃を両手に持って無数の袋の上で叫ぶ鳳梨と、沢山の金ネックレスに宝石の指輪でリッチになった宗像が車を走らせている。車を変えたようで小さな車には入りきらないほどの袋が詰まっている。
「・・・スコア更新してるよ」
「少しかかりそうですね」
久留亜は小さく息をつく涼華に対し、勇気を振り絞る。
「少しここら辺見て回ろうよ」
今日、竹原はきっと鳳梨さんに告白する。
根拠はないがそう思った。久留亜は考える。二人が付き合い始め、傷ついた彼女を慰める。それがきっと彼女と付き合える成功率を上げる方法じゃないかと考える。
それまでに、赤の他人から顔見知り、できれば友達ぐらいにはなっておきたい。だからこそ明日は攻城戦が始まるので準備が忙しい中、『大喝祭』に遊びに行くという宗像たちに付いてきたのだ。
「僕も東京に住んでるけど、ここに来るのは初めてなんだ」
彼女は無表情の中に、嫌そうな顔をのぞかせている。
それに気づかない、まるで純粋無垢な少年のような笑顔を向けた。
「すごい賑やかだね! なんだかワクワクする!」
もちろん芝居だ。涼華が決して社交的とは言えないことを久留亜は知っていた。仔犬のようなフリをしてどうにか二人っきりになるチャンスが欲しかった。
涼華はしょうがないと頷いた。
「そう、ですね。ゲームが終わればすぐに連絡が来ると思いますし」
久留亜の心の尻尾は激しく左右に揺れた。
久留亜は渋る涼華に頼み込み、少しゲームタウンを見て回ることとなった。
「僕は東京生まれだけど、大喝祭には来たことなかったんだ!」
ピュアなフリをしてお願いをした。
自分の容姿に対して欠点ぐらい知っている。童顔で肩幅もなく、声変わりも未だになくて甲高い声。こんな状態で、例えば〔湯豆腐〕のように渋いオッサンの仕草をしたところで見っともないだけだ。
「思ったより人が多いね! 本当にお祭りみたいだ!」
それはもう、天使のような笑顔を向けて微笑んだ。宗像や鳳梨の二人を待つと言って聞かなかった彼女を無理やり引っ張ってこられたのも、純粋な男の子のフリをしたおかげだろう。
『ここはスポーツ区画、いっぱい汗をかいて、いっぱいご飯を食べて行ってね!』
テニスウェアを着たノアがラケットを振るっている。
大喝祭は中央にゲーム会社が製作したゲームが置かれる地区になっており、その周りはスポーツを楽しむ施設が用意されている。立体映像で楽しむ施設や、電脳世界で特殊なスポーツを楽しむのもよし、中央と違ってゲーム好きなど関係なく遊べる施設が並んでいる。
そして特徴なのが、喫茶店や食事処が点々とあることだろう。『100年の老舗!』『昔ながらのふわふわデミグラスオムライス!』と、わかりやすいうたい文句の店ばかりだ。
今時手作りで料理が出てくる店は少ない。大体は自動で世界各国の食事が食べられる。それでも店を続けているのは、ほぼほぼ趣味と言っていいだろう。そんな老舗の趣味人がなぜこんなに多いのかと言えば、大喝祭がそもそも古くからあるからだ。当時は珍しくなかった手作りの店が用意され、そのまま移動する理由もなく続けている店が多くあるというだけのこと。
そう、今流行りの温故知新が広がっていおシャレスポットなのだ!
「いろんな店があるね! こんなに古い店が並んでるなんて知らなかったよ!」
大嘘です。
しっかり調査済み。
「宮島さん! あそこにレモネードを売ってる店があるよ、行ってみよう!」
むろん調査済み。
アメリカの少女が家の前で売っているような手作りレモネード。少々まずいレモネードはここでしか飲めない、再現できない味の店だ。
「いらっしゃい! 姉弟で遊びに来てくれたのかい!」
そこは恋人同士だろ、気を使えよ。そう心で思いながら、子供のような笑顔でグラスを受け取る。飲み終えれば地面に叩きつけて割ってしまえば分解して土にかえる、よくあるグラスだ。ここら辺は普通なんだなぁと思いながら彼女の分まで電子マネーで支払った。
その瞬間、街に突然ファンファーレが鳴り響いた。
『Sランクプレイヤーがいらっしゃいました! 感謝を込めてゲーム一時間無料! 飲食店20%割引! 限定お土産を今日24時まで販売! 繰り返します!』
赤いドレスを着たノアの立体映像があちらこちらでベルを鳴らしている。通行人たちは立ち止まり、歓声を上げて手を叩き始めた。
「お客さん! 運がいいね! これは無料でいいよ!」
「あ、ありがとう」
突然のことに驚く涼華に、顔が引きつる久留亜はレモネードを渡した。
まさか僕が〔納豆巻き〕だって気が付かれたわけじゃないよね? そもそもSランクプレイヤーってなに??
宗像たち4人で遊びに行くことが決まったのが放課後のこと、調べる時間は5分もなかった。名所の調査程度ならサッと目を通すだけで大体わかったのだが、思いもよらない見落としがあったようだ。
「あ、あそこにお土産売ってるよ! 見に行こう!」
テーマパークのお土産屋さんなど、今時なかなかない。ネットなどでは購入できない珍しい商品も多く取り扱っているらしい。
古い武家屋敷の蔵のような建物に入ると、そこは祭りだった。
薄暗く、出店が並んでいた。祭囃子と人でにぎわっている音が聞こえてきた。このワクワクする雰囲気に、退屈そうにしていた涼華もそろりと中に入ってしまう。
出店の商品はりんご飴や金魚すくいではなく、大喝祭限定シャツや大喝祭ゲームコラボジーンズやシューズなどが売っている。立体映像のおやじが「いらっしゃいいらっしゃい!」と景気のいい声を上げていた。
「あそこはノアちゃんのグッズが売ってるね」
ゲーマーアイドル、ノアちゃんのグッズが並んでいた。直筆サインやイラストが付いたマグカップ、ゲームパッドやVRゴーグルなども売っている。シュールなのが、その一帯の売り子が全員コスプレしたノアちゃんなところだろう。
「これが限定品だって」
グラフィックデザイナーが手掛けたゲームスキン。大喝祭で遊べるゲームならこのスキンを利用できるらしい。
「せっかくだから僕買うよ」
7,500円と高校生が出すにはちょっとしんどい値段だが、久留亜は男スキン、女スキンの両方を購入した。
『ありがとうございます! 納豆・・・え?』
「はい、ありがとう!」
ペンよりは少し大きい程度のスティックを二本受け取った。そして、ピンク色のスティックを涼華に差しだした。
「その、困ります」
「いいじゃん! 記念だからさ!」
そう言って無理やり押し付けた。
背伸びしてくれたと思ってくれたらいいなと、思った。働かず旅行ばっかり言ってる両親のせいで貧乏だが、実のところは『エインヘリヤル』で稼いだ貯金があるので痛くも痒くもなかったりする。
「もっといろいろ見て回ろう!」
久留亜は本当に楽しくなってきて、祭囃子に誘われ奥へと進む。その後ろ姿を、涼華は感情のない冷たい目で眺めていた。




