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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

終わりと始まりの狭間で

作者: 佐藤アスタ

ふと思いついてその日のうちに書いてみました。


未熟な文ですが読んでいただけたら幸いです。

 夕闇ははるか遠く、しかし朝焼けを見るにはにはまだしばらく時が必要なそんなころ、とある村のとある家からそっと抜け出す一つの影があった。


「父さん母さんごめん、必ず帰ってくるから」


 まだ大人になり切れていない少年の声で誰に向けてでもなくそう呟いた影は、物音をたてないようにゆっくりと歩きながら慣れ親しんだ故郷を後にする。


 やがて、夜の空に薄くかかっていた雲が晴れ、月明かりが影を照らし出した。


 簡素な革の鎧に金属製の小手を右手につけ、足には丈夫さだけが取り柄のブーツを履いている。

 唯一の武器は腰に差した長めのナイフだけ。

 十人が十人、彼が一獲千金を夢見て都会へと出発した若者だと一目で見抜けるだろう。


 蓄えらしい蓄えはほとんどなく頼りになるのは己の体だけ、そんな準備不足な旅も若者にとっては希望に満ち溢れた未来への第一歩に見えていた。






 意気揚々と歩いていた若者は、出発の興奮から覚めたころにようやく見慣れたはずの夜の景色に違和感を覚え始めた。


「おかしいな、なんだかいつもより辺りが暗すぎる。それにこの季節にこんなに風が吹くなんて……」


 先祖代々百姓をして暮らしてきた若者にとって気候を感じ取る能力は、そのまま生き死にに直結するほど大事なものだ。

 かと言って、家出しておいて今更引き返すこともできないので用心しながら進んでいくと、突然闇が晴れて空気も穏やかなものに変わった。


「やっぱり変だ。きっとこの先で何かが起きているに違いない」


 そう確信した若者は逸る気持ちを抑えながら、それでも少しだけ歩みを速めた。






「やあ、旅人さん。こんな夜更けの道行きなんて珍しいね」


 声を掛けられて初めてその存在に気づいた、その事実に若者は戦慄した。

 夜とはいえ、月明かりは十分に周囲を照らしている。

 何より声を掛けてきたのは、一目見れば目が離せないほど美しい存在だったからだ。


 道端の岩にかかるほどの長くたなびく銀の髪は月よりも輝き、黒のマントは夜よりも深い闇色で、左肩に立てかけている男の身の丈ほどもある細身の長剣は、若者が見てきたどんな物よりも美しい銀の輝きを放っていた。


 まるで絵画から飛び出して来たような神々しい雰囲気を持つ男に対して、若者は呆然としながらもなんとか言葉を返した。


「こ、こんばんは。これから街へ行って冒険者になろうと村を出てきたんです」


「そうかい。いやあ、まさかあの魔法をレジストして起きてくる人間がいるとは思ってもみなかったよ。君、ひょっとしたらすごい素質を持っているかもしれないよ。一度冒険者ギルドで見てもらうといい」


「あ、ありがとうございます」


 ただ道ですれ違っただけの男に言われただけの言葉、だが若者は自分でも不思議なくらいに男の言葉が素直に心に響いた。


 ふと、若者は男のことを少しでも知りたくなった。


「僕の名前はクルスと言います。あなたはここでなにを?」


「ああ、これは失礼したね。私の名はディハルド、信じられないかもしれないけど私はね、勇者なんだ」






「ゆ、勇者ですか?」


 普通なら笑い飛ばすようなディハルドの言葉だが、深夜という時間のせいか、それともディハルドと名乗った男の魅力のせいか、今のクルスはそんな気になれなかった。


「と言っても、そう呼ばれていたのは五百年くらい前の話さ。今の私にはそんな資格はない」


 冒険者に憧れていたクルスは、そう呼ばれていた勇者の名を聞いた覚えがあった。

 五百年前、人類を存亡の淵まで追い込んだ大魔王を仲間や故郷を失いながらも最後はたった一人で討ち果たし、その後とある国の王となった勇者の伝説をクルスは思い出していた。


「おお、よく知っていたね。確かにその伝説に出てくるのは私だ」


 荒唐無稽すぎる、頭ではそうわかっていたクルスも、ディハルドを目の前にしている今この瞬間だけは信じてみる気になっていた。


「だが、途中からは私の話ではない」


「え、どういうことですか?」


「そのとある国の王となったのは、それまで存在すら知らなかった私の双子の兄でね、再会してからいろいろと陰で世話になっていた借りを、玉座という形で返したのさ。今では子孫がこの世界最大の国に発展させたと聞くたびに、嬉しくなっているものさ」


 確かに勇者ディハルドが王位を継いだ国は強力なリーダーシップを発揮して、のちの時代に次々とやってきた災厄を前に、各国の先頭に立って戦っていると聞いている。

 だが、実は双子の兄と入れ替わっていたなんて話は、幼いころから勇者に憧れていたクルスでも聞いたことがなかった。


(でも……)


 目の前の男にはそんな妄想としか思えない話を頭ごなしに否定させない何かがあった。


 よくよく見てみれば、若く端正な顔立ちのはずなのに纏っている空気は老人そのもの、今すぐ心臓の鼓動を止めてもおかしくないと思えるほどに生気がなかった。


「あの、大丈夫ですか?だいぶ顔色が悪いようですけど……」


 心配して声を掛けるクルスだったが、ディハルドから返ってきた言葉は思いもかけないものだった。


「ああ、心配してくれてありがとう。でも大丈夫だ、なにせヴァンパイアにとってこの血の気の引いた顔色は普通のものだからね」


「ヴァン、パイア?」


「そうだ、これも何かの縁だ、クルス君さえよければこの私の五百年の生を聞いてもらいたいんだが時間はあるかな?」


 目の前の男が伝説の存在にして人間の脅威であるヴァンパイアと聞かされてクルスの心は千々に乱れていたが、


(ああそうか、だからこんな夜更けにこんなところにいたのか)


 などと、自らの身の危険も顧みることなく、興味の赴くままに頷いてしまっていた。


「そうか、それはありがたい。ならば語って聞かせよう、我が悲しみと苦しみと絶望の先に辿り着いた最果てを」


 彼は語った。


 魔物に襲われ両親と妹を置き去りにして一人逃げ出した故郷のことを


 餓死しそうになったところを旅の傭兵に救われたことを


 傭兵に弟子入りして送った戦いの日々を


 自分の代わりに強力な魔族の盾になって死んだ傭兵のことを


 あるダンジョンの最奥で見つけた男が今持っている剣のことを


 その剣と共に故郷を襲った魔物を討ち果たし見事仇を討ったことを


 次第に男の名声が高まり三人の仲間が集まってきたことを


 ついに勇者の称号をある国の王から授けられた日のことを


 その国が裏切り者の大臣の手引きによって一夜にして滅んだことを


 その正体は魔族だった大臣を討つ際に一瞬の油断を突かれて死んだプリーストの少女のことを


 プリーストの少女に恋していた戦士が無謀な突撃の末に大魔王の右腕と呼ばれた魔族と刺し違えたことを


 最後に一人残っていた年上の女魔導士が大魔王を守る結界を破るためにその命すら魔法に変えて息絶えたことを


 大魔王を討ち果たした時にはすでに偉業を称え合う仲間も帰る国も失っていたことを


「そんな絶望の中で出会ったのが彼女だったのさ」


「彼女って?」


「私のヴァンパイアの先輩であり母親であり恋人であり、そして大魔王を討った後の私のすべてだった人さ」


「……怖くは、なかったんですか?」


 クルスの記憶ではヴァンパイアとは人の生き血をすする伝説上の怪物で、人間にとっては不倶戴天の敵だと言われていた。


「そのころの私はすべてに絶望していたからね、彼女がどんな存在かなんてどうでもよかった。ただ一つ言えるのは、私に手を差し伸べた彼女が、もう一度この世界を生き直してみようと思えるほど美しかったということさ」


 ディハルドのヴァンパイア特有の赤い瞳が、まるで初めて恋をした少年のようにキラキラと輝いていた。


「それからは彼女と世界中を巡ったよ。双子の兄と出会ったのもその頃さ。そしてそのことが、私が彼女と永遠の時を過ごすためにヴァンパイアとなろうと決心したきっかけでもあったんだ」


「その双子のお兄さんは反対しなかったんですか?」


「もちろん反対されたさ。それも猛烈に、とても長い間ね。だけど最後にはわかってくれた。私が勇者として背負ってきた業を、私の振りをすることで引き受けてまでね。だから兄が王となってからしばらくは、密かに国の行く末を見守ったものさ。だが今のあの国なら大丈夫だ。ちゃんと兄の志を受け継いで立派にやっている。もう私が見守る必要もない」


 クルスは遠くを見つめるように話すディハルドを見て、男が辿ってきた道のりの途方もなさを思った。


「じゃあ、今はそのヴァンパイアの人と幸せに暮らしているんですね」


 そこまで言って、自分がとんでもない失言をしてしまったのではないかとクルスは恐怖した。


 なぜなら、目の前にいる男からはすべてを時の彼方に置き去りにしたような虚無感が漂っていたからだ。


「いいや、残念なことに、私と彼女はある時を境に永遠に別れることになってしまった」


「な、なんで!」


 不吉な予感を打ち消すように声を出すクルス。

 しかし男から出たセリフは今も癒しきれない悲しみを感じさせるものだった。


「君は流星と呼ばれる凶獣のことを聞いたことがあるかな?」


「はい、名前だけは……」


「彼女は奴に殺された」


「そんな……」


「いや、殺されたという言い方は適当ではないかもしれない。何しろ奴はその名の通り、目についた獲物を狩るだけの本能のままに生きる魔獣。世間の常識で言えば、運が悪かったということになるのだろう。私が倒した大魔王でさえ、奴との戦いを避けたと言われるほどの圧倒的な強者。人々を恐怖のどん底に陥れた大魔王だが、世界最強の称号を持っているのは流星だと誰もが口をそろえるほどだ」


 これまでは男の言葉に相槌を打ってきたクルスだったが、絶望の先に手に入れた幸せを打ち砕かれた男の悲しみを思うと言葉が出てこなかった。


「私は復讐を決意した」


 そんなクルスの心の内を見透かしたかのように、男は独り言のように話を続けた。


「だが、ヴァンパイアとなって驚異的な身体能力を手に入れた私でも復讐は困難を極めた。そもそも、奴が流星と呼ばれる理由の一つが凄まじい速度でどんな生き物よりも移動してしまう上に、決まったルートを待たないので追跡が不可能に近いことにあった。ヴァンパイアとなった私では他人に協力を求めることもできず、たった一人で追い続けるしか方法がなかった。そんな日々が三百年続いた」


「さ、三百年、ですか」


 男の執念を知ったクルスだったが、同時に激しい怒りに囚われていて当然のはずの男から、今は一切の負の感情を感じ取ることができないことに強い違和感を感じていた。


「それで、復讐はどうなったんですか?もしかしてあきらめてしまったんですか?」


 あきらめてしまったのなら、男が発している虚無感にも説明がつく。

 世界最強とまで言われる凶獣相手なら無理もないと思ったクルスに、男は予想外の結末を告げた。


「その答えは君の目の前にある。いや、君がここにやってくる少し前に終わったというべきだろうな」


「目の前って、変わったことはなにも……」


「よく見てみたまえ。この景色は本当に、君が見慣れたものと同じなのかい?」


「景色って……あ……ああ、あああ、あああアアアァァァああああああああああああ!?!?!!!!!!」


 クルスは見た。


 いや、正確には初めから見えていた。


 ただ流星と呼ばれた凶獣がまるで山のようにとてつもなく大きく、宵闇に溶け込んでいたこともあって、違和感を感じ取ることすらできないほどにクルスの視界を埋め尽くしていただけだったのだ。


「こいつに殺された彼女は原形をとどめないほどバラバラになっていた。ひょっとしたら、ただ移動中にこの巨体に轢かれただけだったのかもしれない。だが、たとえ不幸な事故だとしても、怒りと恨みに囚われた私には他にどうすることもできなかった。復讐を止めることなんて、目的を達したついさっきまで考えもつかなかった」


 そこまで聞いてようやく、クルスは男が満身創痍の状態だと気づいた。

 黒いマントのあちこちに血痕が付き、銀の長髪も一部が切り取られたかのように不自然になくなっている。

 何より、男が漂わせていた虚無感の正体は、凶獣との激闘で精魂共に尽き果てていたせいだったのだと思った。


「何より、私の復讐に他の人間を巻き込むわけにはいかなかった。だから長い年月をかけて流星が定期的に立ち寄る道筋を見つけ、奴が来るまで待ち伏せると同時に、ここから比較的近い村々には認識阻害や催眠の魔法をかけて回った。だからさっきも言った通り、君がここを通りかかった時には本当に驚いたんだよ」


 それまで静けさを保っていた男から初めて苦笑のようなものが漏れた。


「さて、これで私の話も終わりだ。後は、奴が完全に消滅するのを見届けるだけだ」






「消滅、ですか?」


「ああ、奴の厄介なところの一つに、日の光を浴びると再生してしまう能力がある。それを防ぐために、流星の体に私の血を注ぎ込んでヴァンパイア化させたんだ。これで朝日が昇れば、こいつは完全に消滅することになる」


「消滅……見届ける……?まさか!?」


「そう、私もこいつと一緒に消滅することになる」


「そんな!やっと復讐を遂げられたのになんで!」


 思わず涙を浮かべながら、顔をくしゃくしゃにするクルスに向けて、薄く笑みを浮かべる男。


「そんな顔をしないでほしい。実はさっきまでは本当にここで死ぬべきか思い悩んでいたんだが、ようやく吹っ切れたところなんだ」


「どうして、なんですか?」


「君だよクルス君。君が今まで誰も知ることのなかった私の話を聞いてくれたからだよ。彼女を失ってから孤独だった私の行いは、これで無駄にならずに済む」


 その時、男の心を代弁するかのように地平線の向こうから鮮烈な光が辺りを照らし始めた。

 すると、男が羽織っているマントの隙間から朝日に反射したのか、キラキラ輝く灰のような粉が次々とこぼれてきた。


「そんな、待って、まだあなたに聞きたいことがたくさんあるんだ!」


「ああそうだクルス君、最後にこれをもらってくれないか?夢幻心剣アストラレルシア。あるダンジョンで見つけて以来、今まで私と共に戦ってくれた。持ち主の力に応じてその姿を変えて心の強さを力にする、最強にもガラクタにもなりうる幻の剣さ」


 涙を滲ませながら叫ぶクルスに答えることなく、優しい笑みを浮かべて持っていた長剣を渡すディハルド。


 そうこうしている内にも朝日はますます昇り、その光は男だけでなく巨大な凶獣の体までも包み込んでいく。


 その二つの体からこぼれる大量の灰が光の乱反射を起こし、もはやクルスには自分が現実の世界にいるのかすら確信が持てなくなっていた。


「……だから、だからこれは夢なんだ。じゃないと、あの人の周りにあんなにたくさんの人たちがいるはずがない!!」






 夢とも現実ともつかない世界の中でクルスは見た。


 男の周りに人の形としか思えない光を纏った輪郭が次々と現れた光景を。


 一組の男女と小さな女の子が、


 ちょっと大きめのプリーストの衣装をまとった少女が、


 鎧姿の巌のような大男が、


 魔女の帽子をかぶった長身の女性が、


 男そっくりの輪郭を持った壮年の男性が、


 誰もが光に包まれていてその表情は伺い知れない。

 だがクルスには、もはや輪郭もおぼろげな男に向けて全員が笑っているように見えた。


 そして最後に、


 光よりもなお輝く金の髪をさげた小柄な少女が男の傍らに身を寄せた。


「ああ、エスカリーチェ、やっと会えた。もう二度と離さない。さあ、みんなと一緒に行こう」


 その言葉と共に光の乱反射はクルスと男の体を完全に包み込み、前が見えないほど涙を流していたクルスの意識を奪っていった――――――――












「あれ、ここは?」


 クルスが目を覚ました時にはすでに日は空高く上がっていて、もはや昼に近いことは一目瞭然だった。


「うわっ、いつの間に寝てしまってたんだ?たしか家を出てひたすら歩いて、……駄目だ、それから何をしていたのか思い出せない……」


 頭を振ったクルスが腰かけていた岩から立ち上がると、腰の方に重い違和感があった。


「え?なんだこの剣、こんなもの持ってたっけ?」


 クルスの腰にはナイフの他に家から持ってきた覚えのない武骨な剣が鞘ごと差してあった。


「なんだろう、とても大切で、とても大きなものを託された気が……」


 何かが思い出せそうな気がしてしばらくの間その場に佇んでいたクルスだったが、ついに思い出せずに一旦あきらめることにした。


「大事なことならそのうち思い出すだろう。それよりもお金がある内に都会に出て冒険者にならないと!」


 自分の目的を思い出したクルスは、もう二度と悩むことなく始まったばかりの旅路を再開させた。


 その背後に一握りほど灰が、未来の勇者を祝福するように風に舞って消えていった。


 ~終わり~

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