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スライム島

 その島はスライム島と呼ばれていた。透明な軟体魔物スライムの天敵がいないためにたくさんのスライムが棲んでいた。

 スライムの楽園だったのもひと昔の話。今、このスライム島で生きているスライムは1匹しかいない。他のスライムは みんな勇者とその仲間達に殺されてしまったのだ。


 その最後の生き残りのスライムは、青色の半透明でサッカーボールぐらいの大きさをしている。


 人間だったならば同族を皆殺しにされた事に強い憎悪を抱くだろう。だがスライムにそこまでの知性は無かった。

 唯一の生き残りのスライムは復讐を考える事なく虫などを食べて細々と生きていた。


 変化があったのはいつからだったのか。

 そう考えられるだけの知性がスライムには芽生えていた。


『少しは脳みその中身が足りてきたかしら?』


 スライムの頭の中に声が存在していた。スライムの頭がおかしくなったのではない。その声を発した知性は実在していた。


『私は魔王よ。勇者とその一味に殺された後に怨霊として彷徨(さまよ)っていたら偶然あなたに憑依(ひょうい)したの。私の話している事が分かるかしら? 私が憑依した事で生命力が増して知性が上がったはずよ』


「はなしていること、わかる」


『まあ、喋れるようになったのね。スライムごときに ここまでの変化を起こせるって さすがは私だわ』


 全てのスライムには半透明で分かりにくいが目、鼻、口、耳が存在している。魔王の怨霊が憑依した事で生命力が増して体の構造も変化して喋れるようになったのだ。

 高位の魔物の多くが人型だ。スライムに人型への変化の兆しが現れていた。


 スライムの体から霊体である魔王が現れた。背中まで届く赤い髪に赤い目をした美しい人型の魔物だ。2本の角が頭の前方に生えている。


「わぁっ!?」


『これが私よ。怨霊となった魔王。憑依しているあなたには見えるようだけど、他の人には私は見えるのかしら?』


 魔王は確かめるように、僅かに色味があるだけの透明な霊体となった自分の手を見た。その目は悲しいというより興味深いといった様子だ。


『もっと高位な魔物に憑依したかったけど仕方がないわ。あなたで我慢してあげる。私の復讐のためにあなたの体を使わせなさい』


「ふくしゅう?」


『そうよ、私は勇者の一味によって殺された。思い出すだけでハラワタが煮えくり返るわ。私は勇者達を殺さなければいけない。あなたも勇者の一味に復讐したいはずよ』


 魔王の怨霊は島に1匹しか存在していないスライムに語りかける。


『あなたの記憶を探ったけど、この島のスライムをあなた以外皆殺しにしたのは勇者の一味の仕業よ』


「みんな……ころされた……」


 スライムは知能が低い時の記憶を今の高い知能で思い出す。

 体の内側から怒りの感情が沸き上がってくる。スライムは初めて憎悪をしていた。ハラワタが煮えくり返るとはこういう事なのだと知った。

 何故昔の自分はその事に対して怒らなかったのだろうかとスライムは思った。


「ゆうしゃ……みんな殺した……ゆるさない……」


『ええそうよ。多くの魔物を殺してきた勇者の一味は許してはいけない。絶対に勇者とその仲間達を殺すわよ』


 スライムはどす黒い感情の中で勇者に復讐する自分を想像する。

 頭にぱっくりと噛みついてやろう。そしてゆっくりと口の中で転がして痛ぶった後に、頭をかみ砕いてやるのだ。きっと美味しいだろう。


『そのためにはまずは強くなるわよ。今のあなたは虫けら同然だから……いつまでもあなたと呼ぶのは問題ね。名前ぐらい付けてあげるわ。あなたの飼い主として』


「なまえ?」


『個体を区別するための音よ。魔王直々に名前を与えられる事を感謝しなさい。さて、どういう名前にしようかしら……そうね、ジエルでいいわ。今からあなたの名前はジエルよ』


「じえる……ボク、ジエル! ジエル! ジエル!」


 その他大勢の名無しの魔物で無くなった事をジエルは歓喜した。


『さてジエル。あなたが強くなる方法は1つしかないわ。この世には稀に超常者(ちょうじょうしゃ)と呼ばれる生物が誕生するんだけど、超常者は生物を殺す事でその生命力を吸収できるの。私はその超常者で、勇者の一味の糞野郎共も超常者よ。

 勇者達はたくさんの魔物を殺す事で おこがましくも魔王である私を殺せるまでに強くなりやがったのよ。あなたの仲間達を殺したのも生命力を吸収するためってわけ』


「つよくなるため……そのために、みんなを……」


 なんと身勝手な奴らだろうとスライムが激怒する。手足があったらその辺の木に八つ当たりしている所だ。


『本来スライムごときでは超常者になれないのだけれど、私が憑依した事であなたも超常者になれた』


「じぶんでは、わからない」


『あなたに自覚は無くても私には分かるのよ。超常者ならではの感覚があるの。私が憑依した事で生命力が増して あなたのような低能でも喋れるようになったのよ』


「まおう様、ありがとう」


『礼はいらないわ。私は自分のためにあなたを利用しているんだから。というわけでジエル。あなたは生物を殺すほど生命力を吸収して強くなれる。かつては虫けら以下だった勇者が私を運良く殺せる程強くなったのと同じようにね。

 たくさんの生物を殺しなさいジエル。そして勇者を殺せる程強くなって――』


 魔王の声色に恐ろしい感情がこもる。


『私達を苦しめた勇者の一味を必ず殺すのよ』


「わかった、ボクがんばる」


 ジエルはぴょんと跳ねて意気込みを表わす。


威厳(いげん)のない奴、この先が少し不安だわ』


 魔王はジエルの頭の中で溜め息を吐いた。霊体の魔王はジエルの体に入り込むように姿を消した。


『普段はあなたの中に入っているわ。外に出ていると疲れるから。ではさっそく島にいる生物を殺して回りましょうか。グズグズしていたら強くなるまでに勇者のゴミ野郎が老衰で死んでしまうからね』


「ゆうしゃめ、かくごしろ!」


 スライムのジエルは宿敵を眼の裏に、獲物を求めて島をぴょんぴょんと歩き始めた。






『何もいないじゃない! どうなっているのよこの島!?』


 島内をひと周りした後、ウサギ1匹いない状況に魔王は不満の声をあげた。


『この小動物すらいない島で、あなたは何を食べて生きているのよ?』


「むし。バッタとかセミとか」


『おえええ! ジエル、あなた私に近付かないで! ああもう、今はあなたの一部なんだった! 何で虫を食べるような奴と一緒にいなきゃいけないのよ!』


「おいしいよ? ほら、あそにいるバッタとか」


 草に止まっているバッタを見つけたジエルはぷるぷるの体に力をこめる。飛びついて捕食してやろうという構えだ。魔王は半狂乱になって拒絶する。


『やめなさい! 私の体でもあるんだからバッタなんて食べるな! 今後は虫を食べるのは禁止! はい決定! 虫はもう食べられません!』


「じゃあ、なにを、たべれば……」


 心底絶望した様子のジエルは落ち込み少し平べったくなった。

 魔王はジエルと共有している視覚で他に食べるものがないか血眼で探した。見つけなければ自分まで虫を食べる事になる。そこまで落ちぶれたくはない。

 島の中には何もなさそうだが広大な海があるじゃないかと魔王は喜んだ。


『海があるのだから魚を食べればいいのよ』


「どうやって? ボクは鳥のようにクチバシがないよ。昔、魚を獲ろうとした仲間がいたけど結局捕まえられなかった。ぜんぜん口でくわえられないんだ。無理だよ」


『口で捕まえられるわけがないじゃないの馬鹿ね、釣りをすればいいのよ。あなたひょっとして釣りも知らないの? 知らないでしょうね低能なスライムだもの』


 そこまで言った魔王は釣りに必要な道具一式を思い浮かべた。釣り竿、釣り糸、釣り針。ここは野生の島でそれらの道具はどこにもない。

 この場で釣りをするのは不可能だと魔王は気が付いた。


「まおう様、釣りおしえて」


『あーそうね! まあ教えてもいいけど!? あなたには難しいでしょうし!? 釣りは止めて別の方法で魚を獲る事にするわよ!』


「えー、釣りがしたい」


『うるさい! この何もない島では釣りの道具を揃えるのが不可能なのよ! 釣りが無理なら突けばいいのよ。その辺にある木の枝をモリにして魚を突いて獲るわよ』


 モリで魚と突くという行為を説明されたジエルは自分の体で可能なのかと思う。


「まおう様、ボクは手がないよ。木の枝のモリを握れない」


『本来ならそうでしょうね。でもあなたは魔王である私が憑依している特別なスライムなのよ。ほら、こうして――』


 スライムの体の一部がロープ状に伸び出た。触手が形作られたのだ。


『手の代わりを作れるのよ。その辺に転がっている木の枝を拾って動かしてみなさい』


 ジエルは触手でその辺に落ちていた木の枝を掴むと空中に向かって突き出した。風切り音が鳴った。速度はなかなかのものだ。


『これなら魚を突けそうだわ』


「なにこれぇ……」


『なんで嫌がるのよ喜びなさいよ』


「このウネウネしたの、どうやって生やしたの?」


『わからないの? 自分の体でしょう? ふむ……あなたは能力を自分で発動できないのかしら? なら私があなたをサポートをしてあげる。感謝しなさいよ』


 ジエルの体から何本もの触手が伸びてタコのような姿になった。ジエルは勝手に触手だらけの体にされた事に困惑している。


「まおう様、もとに戻してよぉ」


『能力を調べるのは大事な事よ我慢なさい。私はあなたに触手を生やす事ができるけど動かすのは無理なのか……スライムごときの体さえ掌握(しょうあく)できないとは情けない話だわ……

 私は能力の発動はできるけど体の操作はできない。ジエルは能力を自力で発動できないけど体の操作ができるってわけね。ジエル、全ての触手を動かしてみなさい』


「無理だよぉ、わたわたするよぅ」


 ジエルの体から生えているたくさんの触手は揺れる程度に動くだけで、1本の時のように魚を突けそうな力強さはない。


『なるほど、触手の数が増えると1本あたりの質が下がるってわけか。まあ1本、2本動かせれば十分ね』


「ボクがぐにゃぐにゃしてるぅ……もどしてぇ……」


『はいはい今戻してあげるから』


 たくさんの触手は溶けるようにジエルの体へと消えていった。


『さてと、能力をだいたい把握できたし今度は魚を突くわよ。私お腹空いちゃった』


「ボクもお腹すいた」


『なら魚をたくさん獲って食べなさい。そうすれば私のお腹も満たされるから』


「わかったがんばる、期待していて まおう様」


 ジエルは尖った木の枝をひとつ、触手で掴むと意気揚々と海に向かって飛び跳ねていった。







『何やっているの! ぜんぜん獲れていないじゃない!』


 ジエルは魔王に生やしてもらった触手を動かし、尖った木の枝をモリ代わりにして海中にいる魚を突いて獲ろうとした。普段人のいない島だからか魚達は無防備でジエルが()うように進めば逃げはしない。

 海の中を泳ぐ魚をジエルは目で見る事ができた。しかし何度海面に木の枝を突き立てても魚が刺さる事はなかった。


『ああまた失敗した! どこを突いているのよこの下手くそ!』


「むずかしい……お腹すいた……もう虫を食べようよ まおう様」


『駄目よ! 目の前に美味しそうな魚がいるのに何でわざわざ虫なんかを食べる必要があるわけ!?』


「だって目の前にいても獲れないし、それだったら目の前にいて捕まえられる虫を食べた方がいいよ」


 ジエルは草に止まっているバッタを見つけると体を少し低くしてぷるぷると揺れた。飛びかかって捕食してやろうという狙いだ。


『そのバッタを食べるつもり!? やめなさいよジエルやめろこの野郎!』


 魔王の制止を無視してジエルはバッタに向かって飛びかかった。着地点が少しずれてバッタには跳ねて逃げられてしまった。あんぐりと開けた口の中に何も入っていない事に気が付くとジエルは悲しい顔をした。


『やった! 下手くそ!』


 バッタはまだジエルの近くにいる。また飛びかかろうとしたがまた逃げられるかもしれない。


「そうだ、この触手を使おう」


 ジエルは伸びたままになっていた触手を動かしバッタに狙いを定める。


『……下手クソなあなたに捕まえられるわけがないでしょう。諦めて魚を獲る作業に戻りなさいよ』


「みていて、まおう様……えいっ!」


 失敗する事を祈っていた魔王の気持ちとは逆にジエルの触手は見事にバッタに当たり、気絶したバッタは転がってお腹を見せた。


「やった!」


『下手くそのくせに! その頑張りを魚に見せなさいよ! バッタに当たった事で満足したでしょ!? ほらバッタは放置して魚を……』


 喜んだジエルは触手を動かしてバッタを掴んだ。そのまま口の中へ入れるつもりだと分かった魔王は悲鳴をあげる。


『いやあああ! やめて! 食べないで! 食べたくない! やめろって言ってんでしょうがこの雑魚! 私の言う事を聞きなさい! ああ駄目! いやあああああああ!』


 尖った木の枝を触手で掴んで海中に向かって鋭く突き立てているジエルの姿があった。


『おえっぷ……最悪だわ……世界の支配者と言われたこの私がバッタを食べるはめになるなんて……』


「バッタ、美味しかったでしょ?」


 ジエルは少し満たされた顔をしていた。

 スライムの体に憑依しているのか、それとも元からバッタが好物だったのか魔王もバッタを美味しいと感じてしまった。その事がますます魔王を不機嫌にさせた。


『美味しいわけないじゃないの! とっとと魚を獲りなさいよこのグズ!』


「でも全然獲れないよ、もう魚は諦めてバッタを獲った方が良いと思うな。バッタの方が簡単に獲れるし」


 もうかれこれ数時間はやっているがジエルは1匹も魚を獲る事ができずにいた。何度モリを海面に突き付けても水をかくだけで魚に刺す事はできずにいた。ジエルは魚を獲ろうという挑戦への興味を失いつつあった。


『駄目よ。あのねジエル、確かにバッタの方が簡単に獲れて楽かもしれないけど、それだといつまで経っても強くなれない。強くならないと勇者がこの島のスライムを皆殺しにしたように酷い事をされるがままなのよ。

 強くなりなさいジエル。そうしないとさっき食べたバッタのように、あなたもいつか誰かに食べられてしまうわよ』


「美味しく食べてくれるなら食べられてもいいかなぁ」


『馬鹿な事を言うんじゃないの。あなたは勇者に復讐したくないの?』


 その言葉にジエルの触手の動きが速くなる。モリが海中に鋭く刺さった。


「復讐したいよ。ボクの仲間をみんな殺した勇者をボクも殺したい。許せないんだ、強くなりたいという理由だけでこの島のスライムを殺した勇者を」


『なら、これはその第一歩ね』


 ジエルがモリを水中から引き上げると、1匹の大きな魚が突き刺さっていた。


「やった! まおう様!」


 ジエルは暴れる魚が刺さっているモリを自慢気に掲げた。


『よくやったわジエル! これでようやくまともな物が食べられる! って、何する気なのあなた、食べるのはまだ待ちなさい!』


 そのまま魚に噛りつこうとしたジエルを魔王は止めた。ジエルは口を開けたまま不思議そうな顔をする。


「食べちゃ駄目なの?」


『はぁ、あなたはどこまでモノを知らないのかしら。あのね、魚は焼いて食べた方がずっと美味しくて……あ、忘れていたわ、私とした事が……』


 そこまで言って焼くには火が必要である事に魔王は気が付いた。


「食べるよ? せっかく捕まえたんだし」


『待ちなさいったら、さっきバッタを食べたから少しは我慢できるでしょ。魚は焼いて食べるべきよ、火を起こすわよジエル』


 魔王はジエルに火とは何か。どうすれば火を起こせるのか、火を起こすためには枯れ木や松の樹脂が必要である事を説明した。

 ジエルは面倒だという表情を露骨にする。


「面倒くさい……このまま食べようよ……」


『駄目だったら、触手のトレーニングにもなるし火を起こすわよ。さあまずは手ごろな枯れ木を見つけましょう。そして枯れ草と松の木の樹脂。松ぼっくりでも良いわよ』





 ぶつくさ文句を言いながらも魔王に言われた通りの材料を見つけたジエルはさっそく火起こしに挑戦した。

 方法は単純だ。枯れ木同士を擦り合わせ熱を発生させて火にする。ジエルは触手を器用に動かし枯れ木を擦り続けた。


「もうイヤだ! やりたくない!」


 子供のように駄々をこねたジエルは枯れ木を放り投げた。


『諦めるな! 続けなさい!』


「無理だよ。ぜんぜんできる気がしない、見てよこれ。まおう様の言っていた黒色にはなっていないよ」


 ジエルは触手で枯れ木にできた小さな穴を指差す。枯れ木同士が擦れた事で木くずが出来ていたが、黒色にはなっておらず火が起こる気配は感じられない。

 木が焦げる程 速く木材を動かせていないのだ。


『触手の細かい制御ができていないのよ。続けなさい。いずれ上手くできるようになるわ』


「イヤだ、もうやらない」


 ジエルは放り投げた枯れ木に背を向けた。その辺にある草を触手で意味もなくちぎる。


『ジエル、枯れ木を掴んで作業を続けなさい』


「まおう様がやればいい」


『私では無理って分かるでしょ! やりなさいよほら! ほらほらほら! 早くはやーく!』


 魔王はジエルの頭の中で叫び続ける。ジエルは1本の触手を操作して耳を塞いだ。ただ穴が空いているだけだがスライムにも耳はあるのだ。

 触手は1本だけなので耳は片方しか塞げないし、耳を塞いだ所で魔王の声はジエルの頭の中で響いているので防ぎようがない。

 ジエルの行動を見た魔王はどこまでこの子は馬鹿なのだろうと思ったが、とある事に気が付く。


『……そういえばさっきも1本の触手で魚を突こうとしていたわね』


 魚をモリで突こうとしていた時、ジエルは1本の触手でモリを握って魚に向かって突き出していた。魚に命中するまでかなりの時間がかかった。

 そして今、ジエルは1本の触手で枯れ木同士を擦り合わせて火を起こそうとしているが上手くいっていない。


『ジエル、2本目の触手を生やすから、それでやってみなさい』


「できっこないよ」


『私は魔王よ、魔物であるあなたが私の命令に逆らう事は許されない。やりなさい』


 ジエルはしぶしぶ2本の触手を動かし枯れ木同士を擦り合わせ始めた。


『下の枯れ木の上にはあなたが乗って固定してみて、枯れ木は2本の触手で掴んでみなさい。そう、その調子』


「あれ? さっきより上手くできている気がする」


 気のせいではなく実際に先程と比べると力強く、かつ細かく枯れ木を擦り合わせられていた。

 下に置いてある枯れ木の小さな穴が黒く変色し、薄っすらと煙が昇ってきた。


「やった! まおう様みてみて!」


『続けなさい、あと少しで火が起こるから。やはりそうか、私の教えた方法は腕が2本ある方が上手くいくんだ』


「そういえばさっき見た時、まおう様には手足があった」


 ジエルは触手を器用に動かして枯れ木を擦り続ける。最初は薄く消えそうな煙が徐々に濃くなっていく。


『ええあるわよ、あなたと違って美しい手足がね。私は人型。つまり私の知る知識は手足がある事を前提としているのよ。さっき触手1本でモリを持たせた時に上手く魚を突けなかったわけだわ。今まで武器を持たせた事のない人間にいきなり片手だけで魚を突かせようとするのと同じだもの』


「まおう様がバカだったんだ」


『今晩はずっと頭の中で歌って眠らせてやらないから覚悟しておきなさいよ』


「ひいっ、ごめんなさい、まおう様」


 先程やられた頭の中での大声攻撃を寝ている時にやられると思ったスライムは枯れ木を置いて2本の触手で自分の頭を押さえた。


『火起こしを続けなさいったら、せっかくあと少しで出火しそうだったのに……あなた、さっきから気になっていたけどまるで人型のような仕草をするわね。人型の私が憑依しているからその影響を受けているのかしら?』


 魔王に促されたジエルは再び2本の触手で枯れ木を持って擦り始める。その動作は手が2本に足が2本ある人型が火を起こそうとしている姿を連想させた。

 ジエルの五感を共有している魔王はひとつのアイディアを思いついた。


『……あなたは人型になった方がいいのかもしれない』


「人型って、ニンゲン、勇者と同じ形になれって事? ボクは嫌だよ勇者なんかと同じ形になるのは」


『ジエル、素手よりも道具を使った方が様々な事ができるようになるのよ。さっきあなたがモリを使って魚を仕留められたみたいにね。そしてそれは強くなるという事でもある。

 素手ではおそらく勇者の一味には勝てないわ。あなたが今使っている触手。それを鍛えて動かせる触手の数を増やして太くすれば人型に近くなれるはず。人型になるのを目指して能力を強化していくわよ』


「大変そうだけど、それで勇者を殺せるのなら頑張るよ」


 擦り合わせていた枯れ木から小さなが火が起こった。





 3ヶ月後。島の一角。何個もある大きな岩の、頭の部分だけが海面から出ている岩礁(がんしょう)地帯。そのひとつの岩礁の上にジエルの姿があった。

 隠れる場所が多いため大きな魚の影が見てとれる。ジエルから1本の触手が伸びたかと思うと先端が鉄のように固まり、鋭利な刃物状になった。


 ジエルのスライムの体が一瞬沈み込んだかと思えば跳躍し別の岩礁の上へと飛び移った。着地と同時に刃物となった触手を海面へ突き立てる。鋭い水音の後には大きな魚が触手に刺さっていた。


「ていっ! えいっ! とおっ!」


 ジエルはいくつもの岩礁を次々と飛び移っていく。着地する度に魚の影を正確に捉えて触手を突き刺す。

 あっと言う間に大きな魚が何匹も刺さった鯉のぼりのような触手ができあがった。この3ヶ月間、魔王にしごかれた結果だ。


 ジエルは体の一部ではあるが硬質化できるようになっていた。触手にする際の増量変形と合わせる事で鋭利な刃を先端に付けた触手を作れるようになった。

 触手刀(しょくしゅとう)とジエルと魔王は呼んでいる。


 魔王の怨霊がジエルの体に馴染んだためか、ジエルの視界の一部に魔王の顔がワイプのように映し出されるようになっていた。赤い髪の人間の女性のような姿をした魔物で、スライムであるジエルでは分からないが美しい。

 視界が今の状況になった時、様々な風景と魔王を同時に見られる事をジエルは喜んだ。


『魚相手には敵無しになったからって慢心しては駄目よ。その触手刀はおそらく人間には大した脅威ではない』


「わかってるよ、何度も聞いた」


 ジエルは球体のスライムの体の下部から短い2本の足が生やし、たくさんの魚が刺さった触手を担ぎながら歩き始める。

 かまどの前に来ると枯れ木を擦り合わせる。すると瞬く間に煙が立ち込め短時間で火が起こった。

 石を砕いて作ったナイフで器用に魚を捌くと木の枝に刺して焼き始めた。


「まおう様、ボク、この島ではもう強くなれないと思う」


『あら、あなたも少しは賢くなったのにね。その通りよ、この島で殺せる生物ではもう生命力は吸収できない。一定以上の生命力になると弱い生物を殺しても生命力は吸収できなくなるのよ』


 魔王に鍛えられ、最初のうちは大きな魚を殺す度に微々だが着実に強くなっているのだという実感がジエルにはあった。

 だが最近は大きな魚を殺しても生命力を吸収したという充足感が無い。昔なら仕留めるのに苦戦していた大きな魚を殺してもだ。


『この規則があるから超常者は弱い生物を長年殺す事で強くなるという鍛え方ができない。常に強い生物と戦わなければ強くなれないってわけ。選ばれた生物である超常者に相応しい体質だわ』


「ボク、もっと強くなりたい。どうすればいい、まおう様」


『この島を出る時がきたのよジエル』


「島を出る……」


『故郷であるこの島を離れたくないかもしれないけど、ここにいたままじゃあ勇者の一味に復讐はできないわよ。それに、私の目から見れば今のあなたはまだ全然弱い。強い人間がこの島に来たら簡単に殺されてしまう。

 ここより更に強い生物がいる場所へ行くの。そこでたくさんの生物を殺して生命力を大量に吸収する。辛い目にも遭うでしょうけど、あなたが強くなるためにはそれ以外に方法はないわ』


 弱いと どういう目に遭うのかジエルは知っていた。弱い仲間達は勇者の一味にみんな虫けらのように殺されてしまった。自分がバッタを食べるように一方的な強者に殺されるのは嫌だとジエルは思った。

 食べられる側ではなく食べる側へ回りたい。


「わかった、まおう様。ボク、島を出るよ。そして強くなって絶対に勇者を殺してやるんだ」


『その意気よジエル。私があなたを強くしてあげる』


「それにこの島にはスライムはボクしかいない。頭が良くなった今なら分かるけどボクは寂しかったんだ。今は まおう様がいてくれるから寂しくないけど。でもボク、スライムの友達が欲しいんだ」


『私に甘えないで。あなたと私は勇者に復讐したいという共通の目的で協力しているだけの関係なんだから。あなたと慣れ合うつもりはないわ』


「まおう様、ボク達は友達ではないの?」


『私を誰だと思っているの? 魔物の長で世界の支配者たる魔王よ。あなたみたいな雑魚魔物が私の友達なわけないじゃないの。少し考えれば分かる事よ馬鹿』


「そうだったんだ……ごめんなさい、まおう様……」


 ジエルの体が少し溶けたようになる。表情のほぼ無い顔であるが目は悲しさで満ちたかのようだ。


『……でもまあ、あなたがとびっきり強くなったら私の友の1体に加えてやってもいいわよ』


「ありがとう、まおう様! ボク、がんばって まおう様の友達になるよ!」


 ジエルのスライムの体が嬉しそうに上下した。


『あなたの第一の目標は勇者達を殺す事よ。それを忘れないで。ほら、もう魚が焼けたみたいよ。焦げないうちに食べなさい』


「勇者め覚悟しろ……もぐもぐ……絶対まおう様と友達になるんだ……」


『明日はイカダを作ってもらうから、しっかり食べてたっぷり寝なさい。大きな木を何本も切り倒す事になるんだから体力を養っておきなさい。保存食も作らないと、忙しくなるわよ』


 ジエルと魔王以外誰もいない夜は更けていった。

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