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最終話

五月も半ばを過ぎ、終盤に差し掛かったころ、僕は再び、皐月さんと会った。天気は好天、気温もちょうどいいくらいだったのだが、僕が目にした皐月さんの姿は以前とは別人のようであった。


「あの、どうしたんですか?皐月さん、具合でも悪いのですか?」


 僕が訊ねると、皐月さんは暗い表情で小さく頷いた。あの完璧な美しさと自信を持つ皐月さんとは思えなかった。まるで、六月の水無月さんの・・・・・。


「おまえ、今、私のようだと思っただろう?」


 そう言って、僕の後頭部をバチンと叩いたのは水無月さんであった。


「そ、そんなこと思っていませんよ・・・・」


「いや、今、目が泳いだ。動揺しているから語尾が弱い」


「そ、そんなことよりも、皐月さんが大変なんです!!」


 僕はこれ以上の追及を逃れるために皐月さんの窮状を訴えた。水無月さんは白い目で僕を見たが、それ以上は特に問い詰める気はないのか、ため息をついて、皐月さんを見た。


「皐月さんはズバリ・・・・五月病よ!」


 水無月さんは少し溜めてから、皐月さんを指さして言った。


「五月病・・・、確かに月の特徴として現れてもおかしくないですね」


 五月病。新社会人に見られる、新しい環境に適応できないことから起因する精神的な症状の総称である。うつのような不安感や疲労感、不眠などが見られるようだが、確かに今の皐月さんはそんな感じである。


「ゴールデンウィークという長期の休みを終えた後、再び慣れない仕事に戻る。強くストレスを感じてもおかしくはないわ」


「名前も五月病で、そのまんまですし。皐月さんがこうなるのは仕方ないですね。そうか、これが皐月さんの抱える深い闇なんですね」


 僕がそう言うと、水無月さんはゆっくりと頷いた。しかし、すぐに「それだけではない」と呟いた。


「彼女の闇はもっと深いのよ。そして、それは皐月さんだけでは終わらない。その次の月、私や、文月さんにも影響を与えているのよ」


「そんな長い五月病は聞いたことがありませんけど」


「考えてみなさい。新社会人になって慣れない仕事をする人に何が支えとなるのか。それは五月の連休になるでしょう?そこで気分をリフレッシュできると思うから人は頑張れる。しかし、連休が終わった後、その先の救いとなる長期のお休みはどこにある?」


「あ、そうか、水無月さんは祝祭日がない月だから、その次の文月さん、海の日まで連休がないことになる・・・・」


「そう、連休が終わってから、次の連休が来るまでの期間はおよそ70日。二か月を超える長い期間を人々は働かなければならない」


「確かに、そう考えると気分がへこみますね」


 僕は皐月さんを見て同情した。同じような悩みを八月の葉月さんも持っていた。しかし、その次の長月さんは月の半ばに祝日が二つもある。年によっては五連休になる場合もあるのだ。そう考えると皐月さんの持つ闇は深いのかもしれない。前半にあれほど長い連休があったら、その先に待つ日々は辛いものだろう。


「休みはね。始まるまでが一番、愉しいものなのよ」


 水無月さんは哀しそうな目でドンヨリしている皐月さんを見つめた。彼女は月が替わる前に水無月さんのようになってしまったのかもしれない。


「あの、それはつまり自分が陰鬱なのは皐月さんのせいだと言っているということなんですか?」


 僕が水無月さんに尋ねると、水無月さんは思いっきり、僕の後頭部を叩いた。一年にも渡る擬人化したそれぞれの月を描いたこのシリーズ。果たしてこんな終わり方でよかったのか、疑問を抱くところですが、ああ、それでも、それぞれの月にそれぞれの個性を持った女性たちがいたんだと、僕は思うことだろう。


「じゃあ、次はまた私のことをやるのよね。『水無月さんの帰還』というタイトルで」


 水無月さんは僕に訴えるような視線を送った。


「いや、それだけはご勘弁を・・・・・」



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