第5羽
次の日、マナたちに紅茶を飲みながらラスは現状を報告した。写真をテーブルに乗せて、
「これが人形だよ。家族は4日後にこの街から引っ越すからそれまでに探さなきゃならないみたい」
「ガキの足だからそんなに範囲は広くないだろ」
ケーキスタンドに乗ったスコーンに手を出しライがそう言った。
「それは昨日、ディナーのときにアトリとも話したけどここまで歩いてきた子だから油断できないよ」
と2個目のカップケーキに手を付けたラスが言い返す。
「アオバ。今のところ、依頼はどうなっている?」
マナがアオバに確認すると台帳を見ながら、
「明日、収集癖のあるご老人の遺品整理だけです。こちらは数日いただいているので室長とライにお願いします」
「わかった」
マナとライは頷いてそう言った。
翌日、マナとライは遺品整理に来ていた。外観からは想像できなかったが、家の中には壊れかけの蓄音機、足が3本しかないテーブルや持ち手が欠けているカップなど他人にとって価値があるようには見えない物が至るところに収まっていた。
「これ全部、燃やした方が早くねーか?」
ヒビの入った皿を手に取り、軽く投げると音を立てて割れた。
「いいわけないでしょ?」
2人がやっていることは遺品整理とは名ばかりで、ほとんどゴミの分別に近かった。しかも、終わりが見えてこない作業。
まだ半分以上、作業が残っていたが続きはまた明日することにしてマナとライはは事務所に帰った。
事務所に帰ると、もうすでにみんな帰っておりテーブルにメモがあった。マナはそれに気が付くとキッチンで珈琲を淹れていたライに、
「人形まだ見つからないみたい」
と言った。
「あと、3日か。もう処分されてるんじゃねーの?」
キッチンから聞こえてきた声にマナは、
「そうだとしたら、あの子に何て言ったらいいのか分からないじゃない」
マナ自身、西洋人形を持ってはいる。人形で遊んだりする年齢ではないから少女にあげることだってできる。だが、そういう問題じゃないことはマナだってよく解っている。だから口に出さない。
いよいよ、少女の家族の引っ越しが翌日に控えた今日、ラスたちも範囲を拡げたりしているが、まだ人形は見つかっていない。アオバも外出したときに気にかけているようだが、有力な情報は得られなかった。
マナたちは、相変わらず遺品整理をしていてようやく床が見えてきたところだった。ライがクローゼットを開けると埋もれている何かと目が合った気がした。じわりと汗が背中を伝い右側に収められているけん銃に手を掛けた。目線だけを動かし、棒みたいなものを探したが見当たらず、おそるおそる上にあるものを除けていった。
「!?マナ!」
「なに?なにか珍しい物でもあった?」
マナを呼んだライの手には西洋人形があった。マナは思わず駆け寄って、
「これどこにあったの?」
「クローゼット埋もれてた。だからいくら探しても見つかんなかったんだな」
人形は汚れてはいたが、少女との写真に写っていた人形に間違いないようだった。
「あの子に渡す前にきれいにしてあげなきゃいけないわね」
そう言いながら人形の頬を撫でた。
「そうだな」
今日の遺品整理を切り上げ2人は事務所に戻ることにした。
事務所に戻ると、すでに連絡をしていたラスとアトリは戻っていてアオバの淹れた紅茶を飲んでくつろいでいた。
「お前ら、俺らが汗だくになって探していたのになにくつろいでんだよ」
「そんな細かいこといいじゃん。それに汗だくになって探したのは僕たちも同じだよ。ねー。アトリ」
ラスに同意を求められたが今日したことといえば、少女の家の近所で軽く探したあと、ランチをしたくらいだったがそんなことを正直に言ったらライにどやされるのが目に見えてるからアトリは笑って誤魔化した。
「室長。準備ができました」
アオバがぬるま湯に洗剤を溶かした大きめな器を持ってきた。タオルを浸し人形の汚れたところをきれいにしていく。
「洗うわけにはいかないのでこれで少しはきれいになると思うのですが」
手慣れた様子できれいにしていくアオバを見てマナは、
「相変わらず器用だな」
と感心した。
見つけた時と見違えた人形を持ってラスとアトリは少女の家に向かった。泣いて喜ぶ少女を見てラスは大事にしなよと頭を撫でた。
「あの、お礼をしたいのですが……」
と少女の母親が言った。
「お礼なんて、僕たちは当然のことをしたまでですよ。……あ、それじゃあ」
アトリには聞き取れなかったが、ラスは母親になにやら耳打ちをしていた。
次の日、紅茶を飲んで休憩を、取っていると事務所に少女と母親がやって来た。
「このたびは、娘がご迷惑をおかけしました。こちらはそのお礼です」
そう言いながら母親はいい匂いのする箱をアオバに手渡した。
ソファーに座っていたマナのもとに近づくと少女は、
「ありがとう」
とお礼を言った。
マナは予想外の行動におずおずと少女の頭を撫でて、
「もう無くすなよ」
と言うと、少女は笑顔で頷いた。
少女たちが帰ったあと、箱を開けてみると、色とりどりの果物が乗ったタルトだった。
「切ってきますね」
アオバがそう言いながらキッチンに入っていった。
「よかったな」
「別に」
マナはそっけなくそう答えたが、切り分けられたタルトを目の前に置かれると、マナは思わず顔をほころばせたがすぐにハッとなりタルトを食べ始めた。