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福笑いバトル 笑闘撃

作者: じゃらみ

 元日の寒空に熱気が立ち上る。

 陽炎さえ起こすそれは、次世代対戦型服笑い【笑闘撃】の全国大会決勝戦が行われているこの会場から溢れだしていた。


 二千人の観客が押し寄せたスタジアム中央では、二人の少年が向かい合っている。その手に、自身で渾身のカスタマイズをした福笑いを手に。


「笑児くん。こうしてまた君と戦えることを、ずっと楽しみにしていました」

「俺もだぜ、駒田。お互い悔いのない試合をしよう!」


 福山笑児(ふくやましょうじ)駒田廻(こまだめぐる)は、口の端を上げてニッと笑い合うと、それぞれバトルベース(パーツの無いオタフクの顔)を台の上にセットした。


「笑闘撃、GET READY……GO!!」


 レフェリーが高々と手を挙げ、試合開始を宣言する。

 頂点を決する戦いが今、幕を開けた。




「先攻は貰います!」


 駒田が宣言し、手拭いを巻いて目隠しをする。そして流水をを泳ぐ白魚のようなしなやかな動きで腰に備えたホルスターからピース(顔のパーツ)を掴み出し、自身の前に置かれたベースへと手を伸ばした。


「旋律を奏でよ! シンフォニック・レクイエム!!」


 唇のピースがベースの口元に置かれる。

 それは一ミリのズレもなく置かれており、美しく完璧に人の口を表現していた。

 その華麗なる技に会場全体がどよめく。


『いきなり出たぁぁぁーーー! 天才少年、駒田廻のパーフェクトハーモニー・第一幕だあぁぁぁーーー!! これほど美しく、繊細な技を我々は他に知らないぃぃーーーー!!』


 マイクを持った実況の男も大盛り上がりであった。

 駒田は目隠しを外し、自分の技の出来栄えを確認して満足げに小さく頷くと、自信に満ちた笑顔を笑児に向けてきた。


「ふふふ、どうですか笑児くん。僕の持つ瞬間記憶能力と卓越した空間把握能力、そしてピアノで鍛えた繊細な指使いを持ってすれば、まるで精密機械のようなプット(オタフクの顔にパーツを置く行為)が可能なのですよ」

「ああ、流石だぜ駒田……だが負けないぜ! 今度は俺の番だ!!」


 手番が回り、笑児のターンに。

 笑児は獲物を前にした猛獣を思わせる荒々しい動きでホルスターからピースをを抜き、腰を低く構えて台の下から押し上げるように手を伸ばす。


「今ここに熱く燃え上がる! ビギニング・ライジングサン!!」


 台を揺らすほど激しく置かれた鼻のピースは、ベースの中央に置かれていた。わずかなズレはあるものの、それを補って余りある豪快な技に会場も盛り上がった。


「こちらもキタァァァーーー!! 福山必勝の初日の出戦法!! この日本、いや世界に於いても並ぶことのなき剛の技だぁぁぁぁーーーー!! 両者一歩も譲らない、まさに頂上決戦と呼ぶに相応しい最高の戦いだぁぁぁぁーーーーッ!!!」


 実況が叫ぶ。

 駒田もこめかみに冷や汗を足らして浮かべた笑顔を僅かに引き攣らせていた。


 「やりますね、笑児くん。ここまでの技を身に付けていたとは……!」

 「お前に勝つために、御多福和尚様から授かった技だ。今日こそお前に勝ってみせるぜ!」


 駒田をビシッと指差し、強く言い放つ笑児。

 本当の勝負は、まだこれからである。




 両者、一歩も引かない戦いが続く。

 オタフクの顔は殆ど完成しており互いのピースも残り3~4つとなっている。


「笑児くん、君はすごい人だ。ここまで僕に食い下がったのは君の他にいない。しかし、それもここまでです!」

「なにっ!?」


 駒田のターン。駒田は相変わらず滑らかな動きでピースを取り出す。それをベースへと置くのかと思ったら、違った。駒田は取り出した目のピースを左手に持ち変え、さらにもうひとつ、目のピースを取り出して両手に構えた。

 その姿を見て笑児は戦慄する。


「なにっ、ま、まさか!!」

「鳴り響け、神の調べ! シンフォニック・レクイエム・デュオ!!」


 左右の手を交差させ、同時に突き出す。

 ひとつのピースを扱うよりも遥かに難しい両手持ち。しかも両手を交差するという最高難易度の技だ。しかし駒田は迷うことなくプットして左右の目を完成させた。わずかなズレすら見当たらない。

 その圧倒的技量の対戦相手の笑児はおろか、会場全体の観客すら息を飲んだ。


「き、き、決まったァァァーーー!!! ここに来て駒田、シンフォニック・レクイエムをさらに進化させた超大技の御披露目だあぁぁーーー!! まさかこんなものを隠し持っていたとはっ! 天才少年、留まることを知らず!! いや、天才という言葉ですら物足りない! まさに神童、神の子と呼ぶに相応しい男だ、駒田廻ゥゥゥーーーー!!!」


 実況は大盛り上がり。

 それにつられて観客達も大きな拍手を駒田に贈る。会場は盛大な駒田コールに包まれた。

 駒田は目隠しを外し、肩で息をしながら笑児に呼び掛けてきた。


「さあ笑児くん、君の番です。まだ僕を楽しませてくれますか?」

「くっ、ダブルとはやってくれるじゃねえか……!」


 笑児は悔しげに歯噛みして、ピースを手に取る。


「俺は手堅くシングルで行くぜ!」


 己を鼓舞するように吼えて、ピースを天高く掲げる笑児。しかし、その手は微かに震えていた。底知れない駒田の技量を見せつけられ、明らかに動揺している。


「新たなる時代の夜明け! ブランニュー・デイブレイk……ああっ!?」


 ベースへとプットする直前、手を滑らせてピースを落としてしまった。

 まさかのミスに会場がしんと静まり返る。


 「おーっと福山、ここで痛恨のフォルトだぁぁぁーーー!! 駒田の妙技の後でこれは痛い! 痛すぎるぞぉぉぉーーー!!!」


 実況の辛辣な煽りを受け、笑児は悔しげに喉の奥を唸らせる。

 どうやら駒田の技に想像以上の動揺を誘われていたらしい。

 もう一度ミスをしたら、ダブルフォルトで減点一。さらに駒田へとターンが回り、さらに差をつけられてしまう。そうなってしまってはもはや勝ち目はない。

 その緊張感が笑児の身体をさらに固くしていた。


(くっ、よりによってこの場面で、あんな技を成功させてくるなんて……! やっぱりあいつは天才だ。俺に勝ち目なんて、初めから無かったのか……ッ!!)


 動けないまま時間が過ぎていく。

 このままでは時間切れでターンが移ってしまい、負けが確定する。

 もはや万事休すか……!

 笑児が諦めかけたそのとき、背中に声がかかった。


「笑児ー! 頑張ってー!!」

「笑児くん、諦めるなでヤンスー!」


 それは観客席から響く、仲間達の声だった。

 辛く、苦しいときも共にいて、ここまで笑児を支えてきてくれた大事な仲間達が声も枯らさんと声援を送ってくれる。

 いや、仲間達だけではない。よく聞けば観客席からはこの大会で戦ったライバル達の声も混じっていた。


「福山ー! ボサッとすんなやボケー! お前らしくないでー!」

「ミーに勝っタ君が、負けテはイケませーン!」

「まだ終わってなか! 勝負はこれからばい!」

「笑児くん、あなたなら出来るわ!」

「み、みんな……!」


 目隠しの暗闇の中でも、仲間やライバル達の存在を近くに感じる。その心強さに、胸に熱いものが込み上げてくる。


『笑児よ。闘撃手が真に創るべきは、オタフクの笑顔に非ず』


 ふいに亡くなった和尚様の言葉が頭に浮かんできた。

 今なら判る、その言葉の意味が。

 笑児はピースを両手に持って高く掲げると、跳ぶように大きく後退して台から遠く距離を取った。


「ウオオオオーーーー!!!」


 そして両手を広げてぐるぐると激しく回転し始める。

 唐突な笑児の行動に会場全体が面食らってどよめいた。


「ど、どうしたのか福山、突然駒のように回り始めたぞぉぉぉーーー!! いったいこの行動にどんな意味があるのか!? いや、そもそもあんなに回って、まともにプットが出来るのかぁぁぁーーーッ!?」

「ば、馬鹿な!? あんなことをしてなんになるって言うんだ!? 笑児くんはなにを考えているんだ!?」


 実況の男も駒田も動揺している。

 20回転して笑児はようやく停止。再びベースへ向かって歩み始める。しかし、その足取りは酔っぱらいの千鳥足のようで、すぐに足をもつれさせて転んでしまう。当然だ。あれだけ回転して目を回さないわけがない。立ち上がろうとするも笑児はふらつき、すぐに倒れてしまう。立ち上がることを諦め、四つん這いでよちよちと台までたどり着くと、今度は手探りでベースを探し始めた。ひざをついたまま台にもたれ掛かるようにして台の上をまさぐる。そうやってベースを見つけたものの、下手に動かしてしまったせいで今まで自分が置いていたピースもずらしてしまい、今までほぼ完璧に置かれていた鼻や唇が顔の定位置から外れてしまっていた。

 プットした両目のピースもひどいズレかたでもはや人の顔を成していない。

 そんな無様な笑児の姿を見て、駒田は苛立たしげな声を上げた。


「笑児くん……君には失望しました! 僕に勝ち目が無いと諦めて試合を投げたんですか? そんなことをする人だったなんて!」

「へっ、駒田……うぷっ、俺は諦めてないし、試合を投げたりもしてないぜ?」


 目隠しを外し、笑児が反論する。回転で酔ったらしい。顔色が悪い。


「なにを言ってるんです。もはや君のベースは顔の形を成していない。敗北は火を見るより明らかです」

「どうかな。俺はちゃんと笑顔を……おぇぇっ! 笑顔を作ったぜ……!」

「ふんっ、なにを言って……」


 そこで駒田がハッとする。

 どうやら気付いたようだ、会場全体から大きな笑い声が上がっていることに。


「あはは! おい見ろよあの顔、右目がおでこに付いてるぜー?」

「福山くん、酔っぱらいみたーい。うふふ、変なのー」


 集まった観客達は皆、笑児の滑稽な姿を、出来上がったヘンテコなオタフクを見て、腹を抱えて笑っていた。

 ようやく笑児の意図に気付いたらしい駒田は怯んだような目を笑児に向けてきた。


「君の狙いはこれだったんですね。会場二千人の笑顔を作ること……!」

「そうさ。完璧にオタフクの顔を作ることは美しい。だけど思い出したんだ。俺が好きで始めた福笑いは、こうやって皆で面白おかしくわいわい盛り上がってやるもんだったってな!」


 笑児の言葉を受けて、駒田は小さく、そして穏やかに笑った。


「……なるほど。ずっと一人でやってきた僕には、想像も着かなかった答えだ。しかし、それが福笑いの真実なのかも知れませんね」

 

 もはや勝負は決していた。レフェリーがTKOを宣言し、笑児の腕を高々と掴み挙げる。


 『き、き、き、決まったあぁぁぁぁーーー!! 試合終了ーーー!!! 今ここに、チャンピオンの誕生だあぁぁぁぁーーーーー!!! その名は福山ァァァーーーーッ、笑ゥゥゥーーーーー児ィィィーーーーーーーー!!!!』


 実況の男の叫びに、会場も大きく盛り上がる。

 名も無き一少年が今、王者として君臨したのだった。




 表彰台に立ち、笑児は盛大な拍手を浴びていた。

 惜しみ無く降り注ぐそれに、笑児は手を振って応えている。

 仲間達はすぐ近くで涙を流して喜び合う。対戦相手である駒田も清々しい笑顔で拍手を送ってくれていた。


 「チャンピオン。なにか一言お願いします」


 マイクを渡され、笑児は咳払いをひとつ。

 金のオタフクが彫られたトロフィーを掲げて高らかに声を張り上げた。


 「みんな、福笑いやろうぜェっ!」




――END――

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