ー天上の章 4- 祝言
足利義昭がご満悦のなか、織田家家臣の木下秀吉、前田利家、佐々成政、村井貞勝、丹羽長秀、そして佐久間信盛が本圀寺にやってきたのだった。
「おお、織田の歴戦の勇士たちよ。よくぞ、参られたのじゃ。だれか、茶の用意をせぬか。気が回らぬのでおじゃるな」
織田家の面々は、一様に足利義昭に対して、深々と礼をする。そして
「義昭さま、おめでとうッス。将軍になれたんッスね」
前田利家が右手の親指を立て、祝いの言葉を贈る。
「ん…。利家、頭が高い。義昭さま。ご就任おめでとうございます」
佐々成政は、頭を下げたまま、義昭に言葉を贈る。
「そなたたちは、前田と、佐々であったな。観音寺城での戦い、見事であったのじゃ。そなたらの働き、この目に焼き付いておるのじゃ。これからも、まろの幕府のために尽力いたせ」
「ありがたきお言葉ッス。まだまだ不肖のこの身ッスけど、信長さまのもと、頑張らせてもらうッス」
利家にしてはできた態度である。これも細川藤孝による礼節の教えの効果なのだろうか。
「ん…。この佐々も、これからも精進させていただきます」
「うっほん。義昭さま、おめでとうござますじゃ。尽力した甲斐があったというのじゃ」
村井貞勝が、義昭に挨拶をする。だが、義昭は、はてという顔をする。
「そなたは誰じゃったのおじゃるかな。戦場では、見かけなかったゆえか、あまり印象が残っておらぬでおじゃる」
利家はぷぷっと吹きだす。村井貞勝は、軽く眉間に青筋を立てながらも、笑顔で応える。
「織田家の内政を取り仕切る、村井貞勝なのじゃ。此度は朝廷との折衝役などを務めさせてもらっていたのですじゃ」
「おお、これは失敬なことを言ってしまい、礼を欠いたのでおじゃる。気を悪くしないでほしいのでおじゃる。そなたの働き、誠に感謝に値するのじゃ、名をしっかり覚えておくのでおじゃる、村井貞まる殿」
利家は、追加でぷぷっと吹きだす。村井貞勝の眉間にはもう1本、青筋が立つ。
「上様、村井貞勝、まるではなくて、かつでございますよ」
「惟政!わかっておるでおじゃる。まろの茶目っ気でおじゃる」
そんなわけがない。義昭は素で間違えたのだ。そんな2人を尻目に秀吉が名乗り出る。
「木下秀吉です。村井貞勝さまの補佐をさせていただいており、ます。此度の将軍就任、おめでとうござい、ます」
「おお、秀吉殿。感謝するでおじゃるよ。たまに獅子屋の羊かんを差し入れにきてくれておったのでおじゃるな。よおく覚えておるのでおじゃる」
秀吉は恐れ多いとばかりに顔を赤くし、再び礼をする。
「ほっほっほ。これからも理由をつけ、まろの元へ遊びにくるといいのでおじゃる。茶菓子も期待しておじゃるよ」
村井貞勝と違い、義昭の秀吉の評価は高かった。秀吉は気が回るというか他人の機微に敏感である。その差がでたのであった。
「うっほん。あの忙しい中、いつのまにか姿を消したかとおもえば、義昭さまのもとへ行っておったのかじゃ。抜け目のないやつなのじゃ」
秀吉は頭を右手でぽりぽりとかく。
「はいはーい、丹羽ちゃんなのです。義昭さま、おめでとうなのです」
「おお、そなたは、信長殿の側にいた将であったのでおじゃるな。息災なようで、まろも嬉しいのでおじゃる」
「宴では、素敵な企画をプロデュースさせていただくのです。義昭さま、楽しみにしているのです」
「おお、楽しみにしているのでおじゃる。ちなみに、どんな企画を考えているのでおじゃるか?」
「えーとですねー。すいか割りなのです。罪人を埋めて、目隠しをして、金砕棒で頭をきれいに割ったひとが優勝なのです」
「そ、それは、宴の席ではどうなのかと思うのでおじゃる。もっと穏便なものを企画してほしいのでおじゃる」
「ええええ。罪人のリストも作ってあるのに残念なのです」
信長は人選を間違えたのかもしれないなあと思いつつも、まあ、おもしろくなりそうだからいいですかと納得する。
「んじゃ、最後は俺だな。佐久間信盛です。織田家では1万の軍を預かっています。義昭さま、将軍就任おめでとうございます」
「そなたは、大津の戦いで先陣を任されておったのじゃな。貴殿の働き、まこと感服なりなのじゃ。まろの家臣にも、その武勇、見習ってほしいものなのじゃ」
「将軍さまには、細川さまがいるじゃないですか。兵法にも明るいと聞きますしね」
「藤孝のう。こやつは口はうるさいが、実際のところ、戦う姿は、ほとんどみとらんのでおじゃる。真の実力のほどは未知数でおじゃる」
「まあ、私財を投げ打って私兵を集めてきてくれてるんだ。それだけでも御の字だと思うんだけどな。なあ、細川さま」
そう言われ、細川は、ごほんと咳払いをする。
「ふむ、そういものでおじゃるのかのう。だが、まろの臣下なら、私兵を集めるくらい当然のことでおじゃる」
つくづく、細川さまは報われない主君を抱いたものだなあと、信盛は思う。細川に対して、同情の念を送る。義昭は知ってか知らずか、自分の家臣たちのほうを向き
「此度の上洛ならび、将軍への後押しは、ひとえに信長殿たちの貢献が大きかったのは事実なのじゃ。まろの家臣である、そなたたちは、織田家を見習い、精進をするのでおじゃる」
「ははあ!私たちも、織田家に負けぬよう尽力いたす所存。上様のこれからのために、ますますの栄華のために努めさせていただきます」
和田惟政が家臣筆頭のごとく、振る舞う。対照的に、細川はただ静かに頭を下げるのみであった。
「ふむ。期待しておるのじゃぞ。さて、信長殿。まろの戴冠式は、1週間後の吉日に行われるでおじゃる。それに合わせて、宴の準備をよろしゅうたのむのでおじゃる」
「ははあ。この信長。将軍さまが生涯、忘れられぬ宴を催すことを約束いたしましょう」
ほっほっほと、義昭は高笑いをする。
「宴の席では、まろがそなたたちの功績を讃える論功行賞もするのでおじゃる。恩賞を期待しておくのでおじゃる」
とはいっても、義昭には統べる土地がない。恩賞に関する原資も信長たよりになるのは見え見えだ。
「将軍さま。此度の将軍就任に対する、祝いの品々を準備しております。村井貞勝より、あとで届けさせますので、拝見のほどお願いしますね」
「おお、ありがたいのでおじゃる。まろもふところが寂しくなっておったのでおじゃる。ありがたく頂戴するのでおじゃる」
ふところがさびしいのは嘘だ。上洛の前祝に充分、金品を義昭に贈っている。1国の半年分に及ぶほどの量であったはずだ。この機会に私財をため込む気なのであろう。
「うっほん。目録だけでも先にお渡ししておくのじゃ。本圀寺は手狭ゆえ、置く場所を確保する手間もあるようなのじゃ」
「ほっほっほ。どれどれ。見せてもらうのでおじゃる」
貞勝から目録をもらい、それに目を通す義昭であったが、その目録を持つ手がぷるぷると震えている。
「お、おっほん。これは、ありがたいのでおじゃる。確かに、この寺では手狭なのでおじゃるな」
目録には、以前に贈った倍の金1000、絹200反、木綿200反、鎧100領、数々の刀剣、そして茶器が記されていた。
「では、蔵を増設させましょう。丹羽くん。宴の企画で忙しいかもしれませんが、お願いしますね」
「はーい。盗人よけの逆茂木などもセットでつけておけばいいですか?」
「そ、それでは、まろも入れなくなってしまうのでおじゃる」
「えー。じゃあ、普通の蔵を建てるのです。丹羽ちゃんは大変、残念なのです」
「冗談なのか本気なのかわからないのでおじゃる。冷や冷やさせられるのは困るのでおじゃる」
「あれれえ。丹羽ちゃんは、いつでも本気の100パーセントで企画を考えているのです」
「まあまあ、丹羽くん。織田家とは違うので、将軍さまは面喰らっています。普通の蔵でお願いしますね」
丹羽は元気よく、はーいと応え、準備のため、部屋を退出していく。
「さて、戴冠式は1週間後の吉日ということですので、それに合わせて、準備のほうしていきますね、将軍さま」
「うむ。よろしく頼むのでおじゃる。まあ、信長殿のことでおじゃる。心配はしておらぬのでおじゃるよ」
「相撲大会の希望もありますので、準備は忙しくなりそうですけどねえ」
「信長殿もどうじゃ。一緒に参加せぬか?」
「ワシは相撲に関しては手加減ができなくなる性質なので、将軍さまが相手でも、ぶん投げてしまいますよ」
「そうッスよ。信長さまは自分が負けそうになると、禁じ手、もろだしを繰り出してくるッス。義昭さまといえども、信長さまはきっとやらかすに決まってるッス」
「いやだなあ。そんなことするわけないじゃないですか。仮にやってしまったとしても、真剣勝負なので致し方ないことなのですよ」
「さすがに衆目の集まる中、いちもつをさらすのは勘弁なのでおじゃる。信長殿、くれぐれも禁じ手はやめてほしいのでおじゃる」
「はははっ。相撲は神聖な儀式なのですよ。手加減などしたら、相撲の神様に愛想を尽かされてしまいます。よって、保証はできかねます。それに将軍さまとなれば、いちもつも立派なものでしょうし、誇ることはあっても恥じることはないでしょうに」
義昭は、うぬぬと唸る。宴の主催者である信長殿を立てたい気持ちはあるが、皆が集まる面前にいちもつをさらす危険性は排除したい。自分のいちもつに自信がないわけではない。むしろ、自信はあるほうだ。
「信長殿のほうこそ、まろの禁じ手によって、いちもつをさらすことになるやもしれぬでおじゃる。その覚悟は、信長殿にはあるのでおじゃるか?」
「ワシのいちもつは、子宝に恵まれる、いちもつなのです。利家くんのような粗末なものと比べられては困りますね」
「言うにこと欠いて、なに言ってるッスか。これでも、松とは秋にはこれで4人目が誕生するッス。子宝に関しては負けてないッス」
「うっほん。あなたたちは何を競いあっておるのじゃ。相撲の腕で競いあうものじゃないのかなのじゃ」
利家、信長、義昭は、村井貞勝のほうを見ると、ふっと嘲笑する。
「まあ、この中で一番、貧相そうなのは貞勝さまッスよね」
「そうですね。いちもつの小さいひとは器も小さいと言いますしね」
「まろも同意見なのじゃ。村井貞まる殿は貧相そうなのでおじゃる」
びきいっと音を立てて、貞勝の眉間とこめかみに青筋が三本浮き立つ。それを見た三人は逃げるようにその場から去るのであった。




