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ー昇竜の章13- 食の融合

 口から泡を吹き、目を回していた細川藤孝(ほそかわふじたか)は目を覚ます。額には濡れ手ぬぐいが置かれていた。なんだろう、頭がくらくらして意識がはっきりとしない。ここはどこだ。


「だ、だいじょうぶですか。今、動悸に効くお薬を渡し、ます」


 この猿顔は確か秀吉殿。私は意識を失っていたのか。だんだんと頭の中を覆っていた霧がはれていく。薬と湯飲みをもらい、口に含む。


「げほげほっ!こ、これはなんでござるか」


 口の中が猛烈に熱い。なにを飲ませた、この男!


「と、唐辛子とよばれるもの、です。さすが京は堺に近いだけあって、医学がすすんでいます、ね。細川さまが元気になられて安心、です」


「そ、それは使い方がまちがっているのではないか!薬にはとても思えん。ああ、喉が痛い、焼けるようだ。水、水をもっとくだされ!」


 秀吉殿から水をもらい、何度か口の中を洗い流した。絶対、唐辛子は薬ではあるまい。わさびと同じ類の感じがするでござる。


「効果は高いが、猛烈にむせる、さらに喉が焼けるように熱いですか。なるほど、細川くん、おかげでまた一歩、ひのもとの医学が前進しました。身を挺しての実験、ありがとうございます」


「新薬を私で実験するなでござる!ああ、まだ口の中が熱い。み、水を」


「ふむふむ。怒りやすくなるのは、これも副作用でしょうか。秀吉くん、あとでこの報告書を先生付きの医者に渡しておいてください」


 秀吉は、信長から報告書を受け取り、それを丸めて、太目の竹筒に入れる。


「しょ、詳細に書かなくてもいいでござろう。ああ、それより私はなんで倒れて寝込んでいたんでござろうか」


曲直瀬道三まなせどうさんという方を知っていますか?その方が織田軍で新薬の実験を頼んできたのですよ。その一環で、先生たちも実験体として貢献しているわけです」


「な、なにかあったらどうするのでござるか。げほげほっ」


「先生、曲直瀬(まなせ)くんに直接、会って話を聞いた感じ、毒を混ぜるような人間には見えませんでしたので、重用することにしたのです」


「そ、そなたは他人を信用しすぎでござる。確かに曲直瀬(まなせ)殿なら、そんなことはしないと思うでござるが」


「おや、曲直瀬(まなせ)くんのことを知っていましたか。さすが細川殿ですね」


 曲直瀬道三まなせどうさん。京で医者を営むもので、下は庶民、上は貴族を相手にし、医療活動を行っている。その高名は、京に住むものなら誰でも知っている。


「しかし、曲直瀬まなせ殿とも仲良くなっているとは、いつのまにでござるか。京に来てから、まだ三日しか経ってないでござろうに」


「いやあ、先生のめかけで、お鍋がいるんですが、水が合わないのか湿疹が出ましてね。それで診てもらったのですよ、曲直瀬まなせくんに」


「ほう、奥方は大丈夫だったのですか?曲直瀬まなせ殿は名医でござるが、見たことも聞いたこともないような治療をするとも言われてるでござる」


「腕は確かですね。原因は虫刺されだったので、塗り薬を処方されたんですよ。そして、先生の名前を出したら、是非、実験体になってくれと言われたのです」


「それで、実験体になるほうもほうでござるが、頼み込む曲直瀬まなせ殿も少し大丈夫なのかと思ってしまうでござる」


「医学に対する姿勢は、先生にも共感できるものがあります。これまでの医学の常識を疑え。彼の言葉です」


「常識外れと言う点では、2人とも似たもの同士ということでござるか。しかし、私は常道を選びたいものでござる」


 曲直瀬まなせ殿のおかげで、唐辛子という謎の物体を処方されたのだ。こちらとしては、曲直瀬まなせ殿の常識を疑いたくなる。


「さて、薬を飲まされた経緯は判明したのでござる。で、私はなぜ倒れていたのでござるか」


「なんでしたっけ、貞勝さだかつくん、覚えてます?」


「畿内の神社仏閣に書状を送ったと言ったら、この御仁は泡を吹いて倒れたのじゃ。この程度で倒れられては、拙者たちと一緒に仕事ができるのか心配なのじゃ」


 そうだ、思い出した。書状の件だ。こいつら、何をしてくれるでござるか。


「この程度ではござらん。比叡山といえば、言うことを聞かぬ代表格と言われているでござる。賀茂川の水、双六、比叡山の僧兵と聞いたことはござらんのか」


貞勝さだかつくん、なんか名言っぽいことを細川くんが言ってますが知ってます?」


「うっほん、知らぬのじゃ。まあ、知ってたところで、検地と関所破壊は行うのじゃがな」


 くっ、この田舎侍どもが。どうなるかわかっているでござるか、こいつらは。


「ああ、絶対、比叡山からいやがらせがくるでござる。義昭よしあきさまを将軍にという話にまで口出ししてくるでござるよ。どうするでござるか、こんな大事な時期に」


「ふむ。それは困りましたね。貞勝さだかつくん、準備をお願いします」


「あれをやるんですかなのじゃ。ううん、薪は足りていたかなのじゃ、ここのところ、いくさ続きだったから、少し蓄えが心配なのじゃ」


 なにか不穏なことを言っている。絶対、ここで止めなければ、こいつらとんでもないことをしだす。確実になにかする気だ。


「あ、あの。信長殿、貞勝さだかつ殿。一体、なんの相談でござるか?」


「え、先手を打って、焼き討ちするんでしょ?その打ち合わせをしてるんですよ。細川くんこそ何を言ってるんですか?」


「坊主は、おとなしく念仏を唱えているだけでいいのじゃ。それをせずに政治に口出そうというのなら、焼いてしまえばいいのじゃ」


「いやいや。あなたたちは何を言ってるのかわかっているのでござるか?比叡山は護国鎮守の総本山でござるぞ?」


 信長はやれやれという表情を作る。その顔にイラッとくるが、おちつけ、藤孝。ことがことだ、説得しよう。


「不法なやつらは、平等に焼くに決まってるじゃないですか。先ほども言いましたけど、罪に対して、公平な裁きこそ、民衆が求めていることですよ」


「だめに決まっているでござろうが!」


 細川は大声で信長をしかりつけ、肩ではあはあ呼吸をする。


「百歩譲って、比叡山の検地、関所撤廃は良いとしよう。私たちも、あいつらには手を焼いているでござるからな。でも、逆らったからといって焼いてはいけないでござる。松永久秀まつながひさひでと同列になるでござるぞ」


「す、スケール的には、松永殿を超えると思うん、ですが」


 秀吉がおそるおそる発言をする。


「そうでござろう?そうでござろう。だから、やってはいけないでござる」


「で、でも、信長さまは松永殿などと比較にできないお方、です。きっと、想像を超える焼き討ちになると思うの、です」


「お、さすが秀吉くん。わかってくれてますね。やるからには派手にやりますよお」


「おい、そこの猿!あおってんじゃないでござるう!」


 細川は自分の血圧が急上昇しているのが手に取るようにわかる。いかん、相手のペースにはまっている。ここは一旦おちつかないと。細川は湯飲みに入った水をごくりと飲み、深呼吸を3度行う。


「すーはー、すーはー。ふうう。とにかく、焼き討ちは禁止でござる。何か他に手を打ってほしいでござる」


「では、残念ですが、京に乗り込んできた僧兵を、市中引き回しの上、はりつけですませましょうか。貞勝さだかつくん、追加の書状にその旨、伝えておいてください」


「うむう、納得がいかないのじゃ。しかし、細川殿に免じて、ここは許しておいてやるのじゃ」


 なんで、私は比叡山を守るために尽力せねばならぬのか。納得がいかないのはこちらだ。くっ、こいつら、おぼえてろでござる。



「他に、私に言ってないことはござらぬか?大事になる前に確認させていただくでござる」


 細川は、織田家の面々に対して疑心暗鬼となっていた。絶対に、こいつらは何かほかにもやっている。そう確信めいた予感が細川に告げている。


「何かありましったっけ。利家としいえくん。先生たちはいつもと同じことをしているから、あまり思い当たることがないのですよね」


「んん。信長さまにわからないことが、俺にわかるわけがないッス。秀吉、なにか思いあたることはないっすか?」


「え、え。わたしですか、ええと。あ、そうだ」


「何かあるでござるか。正直に言うでござる」


「信長さま。京は味が薄いとこぼしていたじゃない、ですか」


「ああ、そうですね。この味の薄さはなんでしょうね。調味料を買うお金がないんですか、京の人々は」


「そ、そういうわけで、尾張おわりの料理屋のひとたちに書状を送っておきました。赤みそなどの調味料を大量に送るよう、にと。あと、それを京のひとたちが買う資金をばらまくんでした、よね」


「秀吉くん、さすが手際が良いですね。いつ頃、赤みそは届くのですか?この味の薄さには、正直、こりごりです」


「そういう、京の人々の味覚を破壊するのはやめるでござる。味は地方ちほうの特色でござろうに」


 信長は、ううんと首をひねる。そして、ぽんと手を打ち鳴らし


「では、折衷案として、京の薄い味の味噌と、尾張おわりの味の濃い味噌を混ぜましょう」


「お、それは良い案ッスね。聞いている感じ、合わせ味噌と言った感じッスか。意外と京の新しい名産品となりそうッスね」


 ここは政務を行う場所ではなかったのだろうか。いつの間にか、京の味を左右する重要事案が話されている気がしてならない。


「でも赤みそだけでは足りないッスね。なんかこう、ガツンとくるものがほしいッス」


「ガツンとですか。ううん、堺も近いですから、そちらにもなにかいい調味料がないか、さがしておき、ます」


「ガツンとくるものが欲しければ、唐辛子でも煎じて飲めばいいでござる」


 信長、利家としいえ、秀吉は目を丸くして、こちらを見てくる。なんでござる、その目は。


「それですよ、細川くん。きみの着眼点は、すばらしい。称賛に値します。秀吉くん、さっそく、唐辛子を使った料理を考えてください」


「唐辛子ですか、ううんううん」


 秀吉は唸りながら、生の唐辛子をかじる。そして、辛いのか、けほけほと咳をつき


「辛いですが、癖になる辛さ、です。京といえば、漬物ですから、漬物と一緒にまぜたら、辛くておいしいものができあがりそう、ですね」


「漬物に混ぜるッスか。良い案ッスね。じゃあ、さっそく、大根、白菜、カブ、水菜の漬物に混ぜてくるッス」


 前田利家まえだとしいえは、駕籠かご一杯の唐辛子を手に取り、部屋から出ていく。台所にある、漬物と格闘してくるようだ。これで政務をおこなう戦力がひとり消えてしまった。細川は自分の発言を呪う。


「やれやれ、政務が残っているのに利家としいえくんと言ったら」


「うっほん。たんに仕事がいやになって抜け出す口実がほしかっただけなのじゃ。信長さま。あとで注意をしておくのじゃ。甘やかしてはだめなのじゃ」


「で、でも、どんな味になるか、楽しみ、です。食文化の融合をこの目で見れて、うれしいの、です」


「そうですね。では、後日、試食会をみんなで行いましょうか。義昭よしあきさまには、一番、辛そうなところを与えましょうね」


「そういう悪だくみは、私がいないところで相談してほしいでござる。でも、仕事をしない義昭よしあきさまには良い薬になるでござろう。特別に許可するでござるよ」

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