ー桶狭間の章 8- 決意あらたに
一芸大会も終わり、次は1対1の武術大会である。とは言っても、実際の刀や槍を使うのではなく、木の棒の先になめした皮をくくりつけた言わば模擬刀、模擬槍を使い、さらには顔面なし、先に2本、有効打を入れた者が勝利者となるルールだ。
この武術大会は、一般兵士からの参加も募っており、成績優秀者には、菊池槍や星兜などそこそこ値の張る武具や具足が贈呈される。
もちろん、こういう大会には付きものの賭けも行われており、胴元は信長、賭けの帳簿管理は、村井貞勝、前田玄以の役人たちが執り行っていた。
「うっほん!次の試合、池田恒興 対 森可成のオッズは、4対6じゃ。ほれ、はよう、皆のもの賭けた賭けた」
「おい、信盛、どっちに賭ける?わたしは、森に賭けるぞ」
声をかけてきたのは、豚肉の腸詰を小皿に盛った、柴田勝家である。佐久間信盛は
「んー、甲乙つけがたいなあ。やっぱ森かなぁ」
「では、先生、恒興くんに賭けます」
と、信長が熱燗を両手に持ち、話の輪に入ってきた。信盛は、おっ、殿、悪いねといいつつ、その熱燗をもらいうけ
「さっきのあれ、なんだったの、殿」
「ちょっとした、おちゃめですよ」
「ガハハ!殿は、お市倶楽部・名誉会長ですからな!口吸いなど、許せなかったんでしょう」
お市倶楽部・名誉会員が内幕をばらす。信盛は、少しろれつの回らぬ声で
「ちょっと過保護が過ぎませんかねぇ。嫁ぐにはいい年頃じゃないの」
「きみも、誰かに嫁いでもらうには、いい年頃もすぎてませんかねぇ」
「うっせえ。俺は理想が高いんですぅ。胸がぼーんで、こしがキュッ、おしりがぷりっじゃないとやなんですぅ」
恒興は、すんでのところで森の槍をかわし、ふところに入り込もうと隙をうかがっている
「ガハハ。わしの嫁は、ぼーん、ぼん、ぼーんじゃ。超安産型」
「奥方さまいるのに、なんでお市倶楽部にはいってるのよ、ちみは」
それはそれ、これはこれとと、身振りで表現する勝家に信盛は
「あーあ、どこかにいい女いねーかなー。ぼん、きゅっ、ぷりっ」
会場では、信盛の嘆きをよそに、恒興と森の戦いが激しさをましていった
「ははっ。恒興くん。刀では、それがしを討ち倒すのはきついんでは?」
「森殿ほどの槍使いを刀で討ち倒したら、かっこいいでしょ?」
恒興は減らず口を叩きながら、今や全身を汗でぬらし、刀で森の槍をさばいていく。すでに1本とられており、恒興にはあとはなかった。殿が見てる前で無様にやられるわけにはいかないってね!
森の突きに合わせ、身を低くし、下から槍を刀で跳ね飛ばす。くっと森はうなり、体勢を立て直そうとしたが、恒興はふところに飛び込み、刀で、森の左肩を打った。1本である。これで1対1の同点、勝負の行くえはわからなくなってきた。
「おや、恒興くんが1本とりましたね、これは意外です」
「賭けてんだから、応援してやれよ」
「と言われましても。槍に対して刀を選ぶ時点で、先生、その場で説教タイムですよ」
合戦において、主な武器は槍と弓、そして石である。刀はあくまで護身用であり、ここ戦国時代においては剣技を修練しているものは珍しい部類に入る。恒興はその珍しい部類のひとりだった。
そもそも戦場は1対1で戦うこと自体がまれである。こういった武術の試合でしか、修練した剣術を生かせる場所がなかった。
3本目がはじまった。恒興は、満身創痍の中、再び、森の槍さばきの前に身を躍らせる。
信盛は熱燗をちびちびやりながら
「殿も試合、出ればいいのに」
「のぶもりもりが相手なら、いいですよ?あなたなら日頃の恨みで手加減しないでしょうし」
ははっと信盛は笑った。そしてふと昔のことを思い出した
「殿とは、修練でよく手合わせしてましたね、そういや」
「そのころから、きみ、手加減なしでしたから、困ったものでした」
勝家が話に割り込む
「ほう。殿の槍さばきは、信盛殿直伝であったか」
「そんな、たいそれたものじゃないよ。すぐに腕前は追い抜かれちゃったしね」
勝家は、信長の弟、織田信勝付き家老だったため、若いころは、うつけの殿しか知らず、跡目争いのときに信長と対立することになってしまった。だが、信盛の説得工作により、直接的に戦場で戦うことは避けられた。その恩があり、勝家は、家中の位は信盛より上といえども、対等の立場をとっている。
「信盛殿。祭りの余興。ひとつ手合わせしてもらおうか?」
「むーり。ほんと無理むり。比喩表現なしで、骨が折れちゃう」
「おや、残念ですね。先生も是非、見たいのですが。ちなみにハンデで勝家くんが刀で、のぶもりもりが槍でもいいんですよ」
うむむと少し悩む信盛は、現在行われている、刀対槍の決着を見た。槍を扱う森の勝利である。
「やっぱり負けてしまいましたかー、刀じゃ槍にはそうそう勝てませんねぇ」
「殿。もしも、俺が勝家殿に勝てたら、なんかもらえませんか?」
「お、やる気になりました?のぶもりもり。いいでしょう、年頃の娘を紹介しましょう」
「おっし、俄然やる気でてきた!勝家殿、1本、勝負を!」
「ガハハ!そうこなくては!」
オッズは、勝家が刀、信盛が槍とのことで、3対7であった。しかし、勝負は一瞬で決まった。
「りーちの差で負けてるなら、叩き折ればよかろう」
勝者、勝家の言である。信盛の槍は半ばから、ぽっきりと折られたのである。
「のぶもりもり、お疲れ様です。お、おしい試合でしたね。ぶふっ」
信長は笑いをこらえながら、ねぎらいの言葉を信盛に送る
「ムリだわ。常識が通じない、あのひと」
はははと信長はひとしきり笑い
「平和っていいですね。また、こうやって皆で祝勝会を開きたいですね」
「祝勝会って、戦争あるから、できるんじゃなかったっけ?」
困りましたねぇと信長が言う。
「じゃあ、日本全国の大名に勝ちまくって、365日、祝勝記念日ってことにしてしまえばいいんじゃねえの?ついでに平和もやってくるぜ?」
「のぶもりもりにしては冴えてますね!」
うっせえと信盛は返す
「でも、殿ならできそうな気がする」
「そうですかね?」
ああ、と信盛は言い、続けて
「そういや、殿。ちっちゃいころに、ぼくちん、天下とるんだぁって言ってたの覚えてる?」
「覚えてるどころか、先生、いまだに天下とる気まんまんですよ?」
信盛は、まじかよと驚きの色を隠せない
「やっと尾張統一しただけだぜ、俺ら。それなのにもう天下かよ、ばっかじゃね?」
ははっと笑う。釣られて信長も、ははっと笑う。
「でも、先生、まじですよ。天下。平和、好きですもん」
「平和にするために、戦争して天下とるって矛盾してるよなー」
「血塗られた手でしか天下はつかめませんからねー」
「日本全国から恨まれちゃうよ?それでもやるの?」
「いっそ、魔王降臨とか宣伝しちゃいましょうか」
この殿なら本気でやりかねん。
「まあ、殿がどうしようが、ついていきますよ。殿のお父上の墓前で約束もしましたし」
「頼りにさせてもらいますよ、のぶもりもり」
ふたりは、織田家の勝利に乾杯と、湯呑を軽くカチンとぶつけあった。