ー昇竜の章 ９－ 対三好三人衆 大津戦
佐久間信盛は采配を取ると、まずは１万の軍を５０００づつの二つにわけた。さらに片方の５０００を２０００と３０００に分け、信頼できる部下に指揮をまかすことにした。２０００、３０００、５０００を横並びに配置し、三好三人衆を囲むように仕向ける。
対して三好三人衆は、１万５０００の軍をそれぞれ均等に５０００ずつに分け、それぞれで担当することにした。京都に近いほう、西から、三好長逸、三好政康、岩成友通と横陣を敷く形となった。三好政康と岩成友通は、対する敵が少数と見るや、軍に前進を命じた。
「よおし、まずは、順調に釣れてくれたな」
信盛は２０００と３０００を預けた部下たちに危うければ下がれと命じてある。そして自身の５０００は、三好長逸の陣を攻めつつ、西に少しずつ回り込むように陣を移動していく。
「六角義賢を破ったから、どれだけの強さかと思ったら、いささか拍子抜けだな。このまま、押し切るぞ」
岩成友通が勢いに任せ、２０００の兵を蹴散らしていく。しかし三好政康は３０００の兵に対して互角の戦いを強いられていた。
「数が少ない割にはやりおる。さぞかし手練れの者が指揮しているのであろう」
三好政康は、敵の勢いを嫌い、南東へと追いやられる。そして、三好長逸は、信盛に対して、完全に押されている。そのまま軍をやや北東のほうに移動させられていく。
開戦から１時間後、岩成友通は、最初の勢いを保ったまま、対峙する２０００の兵を完全に散会させた。そしてそのまま、信長本隊に迫ろうとしていたのだった。
最初に異変に気付いたのは、３０００と対峙する三好政康だった。自軍の後方のほうで、自分より西にいた、三好長逸の軍が、自軍の後方で完全に衝突していた。このままでは、身動きできぬと思い、軍を大津よりに、東へと移動する。
それでも信盛本隊５０００の勢いは強く、どんどん三好長逸は東へ東へ追いやられる。それに押し出される格好で三好政康は南東へと追いやられる。
「これ以上、押されては、こちらは身動きができなくなってしまう。三好長逸め、ふがいない戦いをしおって」
形としては、岩成友通が南に大きく前進し、その北を三好政康が陣取り、さらにその北西を三好長逸が塞ぐ形となったのだった。
「予定以上にうまいこといったな。あとは大津から南に先走った敵を殿本隊で受け止めてもらって、勝家殿に、京への道を蓋してもらえば完成だな」
信盛は合図の赤色の狼煙を上げる。それを見た柴田勝家１万の軍が西へ移動を開始する。それと同時に、前田利家、佐々成政も陣の展開を開始する。
戦闘開始から３時間後、戦況は膠着状態となっていた。三好三人衆は、緩やかな包囲を喰らい、兵をじわじわと削られていく。三好三人衆の３軍とも、当初の５０００から、いまや傷兵と疲労は増えていき、まともに動けるものは、それぞれ約４０００となっていく。
「ええい、この状況を打開する方法はないのか！」
開幕１時間で、信盛の部下２０００を霧散させて、突出していた岩成友通はやきもきとした気分である。信長本隊と対峙していることはしているが、まったくもって、押せる雰囲気ではない。完全に足を止められた。しかも後方には、三好政康の軍が待機しており、さがるにもさがれない。
「おい、政康にさっさと目の前の３０００を駆逐せぬかと伝えろ！」
岩成友通は激昂するあまり、伝令に当たり散らす。
「敵さん、だいぶ、焦らされている頃だろうな。もう少し、包囲を狭めるか」
信盛は、部下にほら貝を吹かせる。圧を強めていく合図だ。しかし、信盛の３０００を任せた家臣はよく戦線を維持してくれている。名前は何だったかな。あとで特別に恩賞を与えなければならんな。三好長逸の軍に矢を射かける命令を出しながら、信盛はそう思うのだった。
さらに戦況は進み、戦闘開始から５時間後、勝家が京への関を完全に支配したという伝令が、信盛と信長本隊に届く。
「形は成りましたね。さて総仕上げといきましょうか」
信長は采を振り、本隊１万の軍を北西にじわりと移動を開始させる。その動きに岩成友通は、ついに来たかと思う。
「くっ。完全包囲で俺たちを叩きつぶす気か。ええい、皆の者、奮起せよ。ここを死に場所と心得よ！」
岩成友通は、信長本隊相手によく奮戦している。南は信長本隊、西は佐久間信盛の部下が率いる３０００に囲まれる形となりながらも、軍を瓦解させてはいない。
「政康、政康！はやく、目の前の敵を倒してくれ」
岩成友通から見て西。三好政康から見て南の３０００が本当によく粘る。この１軍に戦況を左右されているといっても過言ではない。
戦闘開始から６時間後。昼を大分すぎた、午後３時にさしかかろうと言うときに事態は動く。ついに佐久間信盛の部下が率いる３０００が持ちこたえきれず、崩壊する。その朗報を聞いた岩成友通は、包囲網からの脱出を試みる。開いた南西に向けて軍を一気に進めさせる策だ。
「長逸、政康に伝令を送れ。これより岩成は矢じりとなりて、この包囲を突破する。おまえたち、後につづけと！」
伝令は素早く、動きを開始し、長逸、政康の軍へと走っていく。
「この戦、大津のここでは負けかもしれんが、京に戻りて再起を図る。三好はまだ負けたわけでないなぞ！」
岩成友通の絶叫が、戦場にこだまする。
三好三人衆の軍は巨大な蛇がうねるように、包囲網の空いた穴に、蛇の頭をつっこむように南西へと軍を進めていく。だがその先には新手の兵が待ち構えていた。
「おっしゃ。やっと俺らの出番ッスね。ここから先は通さないッス！」
「ん…。敵をこちら側に逃がさないよう、壁となれ」
前田利家と、佐々成政、それぞれ２０００の軍が壁になるように立ちふさがる。
「くっ、京だ、京へ向かえ！」
三好の軍の先頭を行く、岩成友通は必死に采配をとる。三好三人衆の３軍は包囲をくぐり抜けるために行軍を開始している。
「と、殿！京への関には、織田軍が陣取っています。その数、およそ１万。これでは京に入れませぬ！」
「ぬかったわ。ならば伏見だ。あそこなら京のすぐ南。あそこの地を抑えるぞ！」
だが時すでに遅く、そちらにも木下秀吉、明智光秀が兵を伏せてある。
「ふひっ、竹中殿の読みはすごいですね。本当にこちらのほうへ敵兵がきました」
「んっんー。三好三人衆が京に戻るは必定。その道をすべて塞ぐのが上策。ただ、それだけです」
「み、みなさん。配置についてください。ここ伏見は絶対に取らせま、せんよ！」
秀吉、光秀がそれぞれの部下に号令をかける。敵は数を相当減らしてはいるが、ここ伏見を決死の覚悟で奪ってくるだろう。油断はできない。その時、南方、宇治のほうで狼煙があげられる。誰のものであろうか。
「ふはは。松永久秀、ここに登場。さあ、伏見などに構っていたら、本当に討ち死にとなるでござるぞ？」
三好三人衆は進退窮まるところまで、追い詰められていた。
「くっ、伏見には伏兵。さらに南からは敵の増援か」
「大坂じゃ。大坂まで逃げるぞ。京など捨て置け。あとで奪い返せばいい！」
「いやだ、こんなところで死ぬのはいやだ。せっかく足利義栄を将軍に就けたんだ。俺たちの時代はまだ終わってないんだ」
三者とも、徹底的に痛めつけらるようになるとは全く予想もしていなかった。三好三人衆は完全な瓦解を免れつつ、宇治を抜け、大坂の地へ落ち延びていく。
「最後の総仕上げです。利家くん。佐々くん。京と言わず、大坂の地からも、三好を追っ払ってください」
信長は、利家と佐々に三好三人衆の追討命令を下す。
「もちろん、討ち取ってしまってもいいッスよね？」
「ん…。手柄がいっぱい稼げる」
畿内に権勢をふるっていた、三好家は、この大津の戦いを経て、京だけでなく、堺までも失うこととなる。三好三人衆への追討の手は厳しく、松永久秀が、前田利家、佐々成政の後を引き継いで、影響力の低下にいそしむこととなった。
「さて、目下の敵はいなくなりました。皆さん、いよいよ、京へ入りますよ」
三好三人衆との大津の戦いから早、１週間が過ぎようとしていた。そのころ、信長は、織田３万の軍を伏見に待機させていた。柴田勝家に５０００の兵で、京の警護を任せている。京に残っていた三好の残党は次々と捕らわれるか、海を渡り、淡路まで逃げて行った。
「結局、柴田勝家さまが、周辺警護とは言え、一足先に、京へ足、踏み入れたッスね」
「いくら、帝からの許しを得たからと言って、全軍で京に入るわけにはいきませんからね」
「それはそれで面白そうッスけどね。京の住人に、織田家がきたぞおって宣伝できるじゃないッスか」
「ふむ。そうですね。そう言われてみればそうですね。ちょっと検討してみましょうか」
三好三人衆をほぼ理想の形で、京から追い出されたことで安心したのか、信長には余裕の笑みを浮かべる。
「利家くん、ちょっと全軍に通達お願いできますか。京で１文でも盗んだら首をはねるのと、婦女子たちに乱暴を働こうものなら、八つ裂きにすると」
「うへえ。怖いッスね。１文（＝１００円）でも、盗んだら打ち首ッスか。これはよくよく、部下たちに言い聞かせとくッス」
信長はこの後、京へ入るのであったが、その時、兵のひとりがいたずらで、女性の頭巾を取ったのである。そのものを捕まえ、その場で斬り捨てたのはあまりにも有名である。
