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ー昇竜の章 3- 観音寺城の戦い 功争い

 支城陥落の報は織田軍を奮い立たせ、同時に六角家を震え上がらせた。普通、いくら小さな城とはいえ、1日で落ちるものではない。一体、どんな魔法を使ったと言うのだ。


「んっんー。内通者を一人作るだけで、小城など瓦解します」


 作戦会議の場で、木下秀吉きのしたひでよし、明智光秀を目の前にし、竹中半兵衛は言い放つ。竹中半兵衛は斎藤家から離反時、近江の地にて潜伏していた。だが、ただ潜伏していたのではない。再就職先へのめぼしをつけるために、近江の事情を探っていた過去があったのだ。


六角義賢ろっかくよしたかは、斉藤義龍さいとうよしたつとの同盟、そして、浅井長政との敗戦、さらにはかつての敵、三好三人衆との足利義栄あしかがよしひでの奉戴により、家臣の心は離れています」


「か、家臣の心が離れているとはいっても、そう簡単には寝返りには応じないで、しょう」


「いえ、城主を寝返らせる必要はありません。城門を開けてくれるひとを寝返りさせるだけです」


「ふひっ。名の通った将は忠誠心は厚いかもしれないが、末端の兵まではそうでないということでござるか」


「んっんー。そういうことです。案外、家臣を無理やり言うことを聞かせるのは簡単なのです。ですが、一兵卒まで一枚岩で意思を固めるのは難しいのです。少なからず不満を持っている人間なんて絶対に存在しますからね」


「こ、こわい話です。竹中殿が敵に回らなくてよかったの、です」


 秀吉は胸をなでおろす。だが、そんな秀吉に惚れているのが竹中なのだ。竹中は秀吉に信を置かれ、いまでは1千の兵を任せられている。裏切ることはまずあるまい。


「ふひっ。竹中殿の策は参考になるのでござる。この機会に僕は勉強させてもらうのでござる」


 元々、城の者を内応させようという話を持ち込んできたのは明智光秀である。というよりは、そもそもの支城攻め自体の話は、光秀が仕組んだものであると秀吉から聞いている。支城を数少ない兵で攻めるとならば、おのずと内応策が適切となってくる。


「んっんー。明智殿は油断なりませんね。私の用いる策すべてを学ぼうと言う姿勢でしょうか」


「ふひっ。勉強熱心だと言ってもらいたいのでござる。他意はござらぬゆえ」


 勉強ですか、やれやれ。それにしては人使いが上手いというか乗せるのが上手いというか。この方は、秀吉さんの将来の最大のライバルになりかねませんね。


「い、1日目で支城を1個落とせたの、です。明日からもがんばりま、しょう。夕飯にしま、せんか」


「ふひっ。よく働いたから、今日のご飯は格別な味になるでござる」


「んっんー。戦地ゆえ、たいしたものは準備できないかもしれませんが、光秀殿も、わたしたちと一緒に食べませんか」


「ありがたい申し出。つつがなくお受けするでござる」


 秀吉、光秀、竹中は遅めの夕飯にありつこうとする。功となる支城はまだまだあるのだ。英気を養うためにも、彼らは夕飯を残さず喰らうのであった。



 日は過ぎ、観音寺城周辺の開戦から1週間が経とうとしていた。野戦で大敗した六角義賢(ろっかくよしたか)は軍を観音寺城に集め、最後の抵抗をおこなっている。さすがは天下の堅城というだけあって、山頂の天守までには、防衛拠点の曲輪(くるわ)、弓櫓が合わせて1000以上は存在していた。


「敵がすっかり城に籠ってしまったッスけど、どうするッスか?」


「ん…。ここまで来たら後は囲んで、投降を呼びかけるのが筋なんだろうけど」


 本陣の陣幕にて、織田家の諸将たちが打ち合わせとばかりに早朝から集まっていた。その中でも前田利家まえだとしいえと、佐々(さっさ)成政はそう言い、信長の顔色を伺う。


「先生、おもうんですよ。これからの時代は、山城なんか必要なくなると。だって、不便じゃないですか」


 周りの諸将は信長が何事を言っているのか、いまいち把握できない。


「私だったら、この近江の土地には、政務がやりやすいように低い丘に城を建てて、城下に特大の町を発展させるんですがねえ」


「おい、殿との。何をさっきから言ってるんだ?」


 佐久間信盛さくまのぶもりが、訳が分からないと言いたげに信長に問う。


六角義賢ろっかくよしたかの無能さを説いているだけですよ。この豊かな近江の土地を手にしながら、何もしてこなかったことに対してです」


「確かに、六角はいくさは弱いは、家臣からも離反者が相次いでいるが。今、そのことと観音寺城攻めになにか関係があるのか?」


「稲葉山にはもともと、斉藤義龍さいとうよしたつが居城の天守があったじゃないですか」


「あったな。でも、それをわざわざ廃棄してまで、岐阜城を作ったわけだな」


「そうです。そのとおりです。わたしは、無能がのさばった象徴は壊したくなるんですよ。なぜか、無性に」


 信盛のぶもりはそこまで聞いて、ぴいんと頭にひらめくものがある。


「え、もしかして、ここも同じことをするってことか、殿との


「はい、そうです。信盛のぶもりは察しがいいですね」


「あちゃああ。聞かなきゃよかった。これは骨が折れるわあ」


「どうせ、野戦でやることがなかったのです。功稼ぎと思って、少しは活躍しなさい。のぶもりもり」


 河尻秀隆かわじりひでたかが奮戦してくれたおかげで、信盛のぶもりは実際、後詰めをする程度で、このいくさ、やることがほとんどなかったといって過言ではない。


「そうだよなあ。せっかく1万も兵を預かっているのに、まるまる、遊ばせてたらもったいないよなあ」


「大体、秀吉くんと光秀くんは兵4000で、何個、支城を落としてると思っているのですか。のぶもりもり、きみ、城主として恥ずかしくないのですか?」


 秀吉や光秀と比べられると、信盛のぶもりには立つ瀬がない。こりゃ、そろそろ、本気で取り掛からないと、あとで殿とのから説教を喰らうのは目に見えている。


「お、おっし。じゃあ、俺の1万の兵で、地ならししてきてやるさ」


信盛のぶもりさま、俺もついて行っていいッスか。まだまだ手柄を稼ぎたりないッス」


「ん…。利家としいえがいくなら、自分も連れて行って」


 若手の利家としいえ佐々(さっさ)が名乗りを上げてくる。それではとばかりに


「のぶもりもり、利家としいえくん、佐々(さっさ)くんで1番、曲輪くるわを落とした数が多いひとには特別報酬を出しましょう」


「お、まじッスか。さすが、信長さま、ふとっぱらッス」


「ん…。そういう話なら、自分は負けない。特別報酬は、自分がもらう」


 信盛のぶもりにとっては尻に火が付いた思いだ。利家としいえ1500、佐々(さっさ)1500に比べて、1万のうち、直属で5000を指揮する信盛のぶもりが負けるようだったら、名折れだ。それを見越しての意地の悪い、信長の提案なのである。


「お、おう。利家としいえ佐々(さっさ)。負けないからな」


「老人はゆっくり休んでくれていいッスからね。歳をとると山城を攻めるのは大変になるッスからね」


「ん…。信盛のぶもりさま、年甲斐もなく、若手の手柄を取らないでほしい」


「くっ、てめえら、それ以上、俺の歳のことでいじるんじゃねえ。ぜってえ、手加減しねえからな」


 信長はふふっと笑う。これは良い感じに火がついてきましたねと。


「では、朝飯が終わり次第、3名は攻め上がってください。夕暮れまでに落とせた曲輪くるわの数にて勝敗を決しましょうか」


「おおう、いいぜ、やってやるぜ」


 信盛のぶもりは鼻息を荒くする。此度のいくさでは消極的な攻めだったが、やっと火がついたようだ。


「特別報酬が今から楽しみッス。何がもらえるのかッスね」


 利家としいえはすでに、1番手柄をとったかのように話す。


「ん…。利家としいえ、油断しているとすくわれる。主に自分に」


 佐々(さっさ)もやる気十分だ。三者三様、一歩も引く気はないようである。


「ガハハッ。拙者も混ぜてもらおうかと思ったが、言い出せる雰囲気ではなくなったでもうすな」


「我もと思っていましたが、ここは譲るの手でございますな。勝家かついえ殿」


 柴田勝家しばたかついえと、河尻秀隆かわじりひでたかが談笑している。彼らは緒戦で十分、手柄を上げており、ここは信盛のぶもりに貸しを作っておこうと、参戦を辞退している。



 果たして銅鑼どらが鳴り響き、3名の勝負が始まった。ひとりは勢い任せに突っ込み、曲輪(くるわ)に乗り込んでいく。


「おらおら、刀のサビにしてくれるッス。抵抗するやつは出てこいッス!」


 またひとりは、やや慎重に確実に曲輪(くるわ)を破壊していく。


「ん…。大槌を持て。しらみつぶしに破壊していくよ」


 最後のひとりは大味おおあじに攻め入る。


「よおし、新兵器のお披露目だ。抱え大筒隊、前に出ろ」


 抱え大筒とは通常の鉄砲の口径の10倍はあろうかと言う代物であった。弾のでかさも通常の10倍、銃自体の重さも10倍である。銃の中腹部分を盛り土で差さえ、抱えるように構えて撃つ。その威力はさながら大砲の如くであった。


 ずどおおおん、ばきばきばき。抱え大筒から莫大な量の音がなる。空気をつんざき、大弾は、木製の櫓を、曲輪(くるわ)の壁を貫通し崩壊させる。壁を崩壊させた穴に向け、兵を送り込む。


 抱え大筒との連携はすさまじい速度での曲輪(くるわ)侵攻に一役買っていた。その音は、同じくして曲輪(くるわ)を攻める、この男にも聞こえていた。


「あちゃあ、すごい音ッス。これはまずいッス、侵攻スピードがはええッス」


 前田利家(まえだとしいえ)は自分の不利を悟る。すでに3個の曲輪(くるわ)をがむしゃらに落としてはいるが、いかんせん。それほど新兵器の威力のすさまじさが離れたこちらからも、うかがい知れる。


 ずどおおおん、ばきばきばき。佐久間信盛(さくまのぶもり)隊の行方を邪魔するものは、今やだれも居ないかと思われた。


「ここを通りたければ、我を超えていけ!」


 威勢よく、六角の将、蒲生(なにがし)が躍り出る。だが、そんな名乗りを無視するがごとく、信盛(のぶもり)は抱え大筒隊に発射の命を促す。


「ぐああ、卑怯な。まともに槍合わせをする気もないのか!」


 蒲生(なにがし)は、破壊された櫓の下敷きとなり、身動きできなくなったところを信盛のぶもりに捕らえられた。


「おお、運よく生きていたか。しぶとい奴だぜ」


 捕らえられた蒲生(なにがし)は、本陣の信長の元に送っておいた。さて、こんな将ごときに構っていられるほど時間はない。信盛のぶもりは次々と曲輪くるわを落としていく。


 正午を回るころには、3名は大小合わせて100を超える曲輪くるわと櫓を攻略していた。織田軍の怒涛の勢いを止めるものは六角家には存在しないのであった。

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