-桶狭間の章 7- 祝勝会
西暦1560年 6月。今川家との大戦もようやく終わり、本日は戦勝を祝う会が、ここ、清州城で行われていた。強敵、今川義元を討ち取ったあとの祝勝会なだけあって、会場は大いに盛り上がっていた。
会場の壇上では、いま、武将たちの一芸大会が執り行われている。
「一芸大会、出場番号、18ばーーーん!柴田勝家が異名、瓶割り柴田、いっくでもうす!!」
なんでも、今戦、那古野城での士気を上げるため、退路を断つ意味も込めて、残り少ない、ぷろてぃんが詰まった瓶を自ら叩きわったらしい。剛力が災いしたのか勢い余って、脇においていたストックの瓶3つも巻き込んで叩き割ってしまい、さしものの勝家も血涙を流したそうだ。
そこから付いた異名が「瓶割り柴田」「血涙柴田」である。
「あーー、やってんなー」
佐久間信盛は、鶏の串焼きをほおばりつつ、右手の湯呑に注いである酒をちびちびのんでいた。壇上に嫌な予感を感じながらも遠巻きにその様子を見ていた。
「南無三!!」
気合一閃。床に置かれた瓶5つが豪快に割れ、会場にどよめきが起こった。さっすが勝家さま。いいぞ、もっとやれとはやし立てるは、若手有望株の森可成と池田恒興である。
調子に乗った勝家は、さらに瓶を追加させ、計6つの試し割りに挑んでいる。
「ふんぬ、おらあ!!」
豪快一閃。横一文字に引きちぎられるようにふたつに割れた瓶の上方部分が空中に舞い、見事、一芸大会の賞品棚にぶち当たり、賞品の茶器もろとも粉砕したのである。新たな異名「茶器割り柴田」誕生の瞬間を信盛は目撃した。
「勝家くん。ちょっと、こっちきなさい?先生、怒ってませんから。ね?」
ん…。信長さま、怒ってる。佐々は、次の出番待ちで舞台脇に待機していたのだった。信長さまの右側こめかみに青筋がぴくぴく浮き出ている。次の出番なだけあって、変な重圧を与えてほしくないなーと思いつつ、舞台の清掃が終わるのを待っていた。
信盛は予定調和、予定調和と思いつつ、皿に盛られた魚の塩焼きに手を出そうとしていた。そこに、河尻秀隆が現れ
「おう。飲んでいるか?次は、うちの黒母衣衆の出し物だ。しっかり見てくれよ」
「お、今回も何かやるの?前回はたしか、鬼が勝っちゃう桃太郎だったよね」
桃太郎のときは、鬼役が腹痛を起こし、急きょ代役を河尻が担当してしまい、だれも手をだせなくなってしまったのだった。
「今回は特別客を招待しておる。楽しみにまっておけ」
ふーん。と、言いながら、信盛は、魚の塩焼きの腹にかぶりついた。
壇上の掃除も終わり、司会進行役の木下秀吉が舞台の前でこう告げる
「一芸大会、つづきましては、出場番号19番 黒母衣衆による、異国の物語、白雪姫です」
秀吉は続ける
「あらすじは、とある国の王様の後妻が、姫を城から追い出し、さらに毒を盛り、亡きものにしようとするものらしい、です」
戦国の世ではあまりめづらしい話でもなく、ふーんと信盛や会場の皆は思っていた。秀吉はさらに続ける
「今回。白雪姫を務めるのは、信長さまの妹、お、お市様でっす!」
うおおおおおっ。会場は一気にわいた。信長さまの妹君と言えば、三国一の美少女と名高い。尾張には、お市様応援団という会員倶楽部も存在しており、お市さまの似顔絵などは高値で取引されている。特に勝家は会員番号2番で名誉会員だったりする。
「それでは、劇がはじまり、ます」
「ん…。異国のとある城で、王様の奥方がいました。奥方は、人語を話す摩訶不思議な鏡をもっておりました」
ナレーション役の佐々が舞台の右前方に正座し、そう告げた。奥方は鏡に向かい
「鏡よ、かがみ。この世で一番うつくしいのはだあれ?」
信盛は、奥方役の顔を見て、あれ?どこかで見たことがあるようなと思いつつ、まあいいかと湯呑の酒をぐびっと飲んだ。
「奥方さま。それは白雪姫でございます」
鏡役の河尻は、そう答える
「きぃぃぃ!白雪姫、許すまじ!かくなる上は、島流しとし、毒殺のうえ、首級を三条河原にさらしてくれようぞ!」
「奥方様。それはさすがにやりすぎかと存じます」
寸劇とは思えないほどの奥方様役の名演技だなぁと感心しつつ、信盛は行くすえを見守った。
「ん…。時はうつり、奥方様の謀略により、島流しに処された、白雪姫は7人の島民に助けられ、再起するため募兵を開始していた」
「母上さまの罠にかかり、へき地に流されましたが、わたし、負けませんのです!」
お市さまが可憐な声を精一杯、張り上げ、島民の前で演説していた
「もし、母上さまから城を奪い返せた暁には、この島の年貢を向こう10年、無しとします!」
お市さまは続ける
「母上さまを討ち取ったものには、金子10枚。そして、わたし付きの親衛隊隊長に抜擢します!」
おおおおと島民たちは雄たけびをあげる。見上げた姫さまだなーと、信盛は、焼き魚をむしゃむしゃしながら、さらに酒を飲み込む。
「ん…。場面は城に戻り、奥方さまは鏡に尋ねていた」
「鏡よ、鏡。白雪姫はどうしておる?」
「はい。奥方さまを討つための兵を集めております」
「きぃぃぃ!白雪姫め!恩情を与え、島流しのみで許したものを!この摩訶不思議な薬で息の根、止めてやるわ!」
「ん…。奥方さまは行商人に変装し、島に入り込んだのであった」
「利家、兵糧がこれだけじゃ足らないわ。もっとかき集めなさい。あと兵士の訓練も怠らないように」
「わかったッス、姫さま。買い付けに行ってくるッス!あと、姫さま、働きづめッス、すこしは休むッス!」
「ありがとう、利家。でも、部下が働いているのに、わたしひとり休んでいられましょうか」
「島に来ていた行商人が、なんでも疲れが一瞬で飛ぶ南蛮渡来の薬があるといって、何包みか分けてくれたッス!姫さま、飲んでみるッスよ!」
「ほう、それは珍妙な薬があるのですね。では、ひと包み、いただきましょうか」
お市さまが、その薬を口に含み、水を飲んだところ、ごふっと赤い液体を吹きだし
「くっ、またしても謀られましたか。とことん、わたしという女は、甘い」
姫は、うろたえる島民その1の利家に言った
「その行商人とは、きっと母上です。捕まえて俘虜としなさい。城からいくらかの身代金が出ましょう。それでこの島を潤してください。お世話になりました」
「ひ、姫さまーーーー!おのれ、奥方さま、許すまじッス。であえであえ!行商人をひっとらえるッス!」
「ん…。奥方さまは時化で海が渡れず、往生していたところを島民たちに取り押さえされた」
「ひっ!ら、乱暴はやめてたもれ、金目のものならなんでもくれてやるから…」
島民たちの怒りは収まらない。舞台を見ていたお市応援団の会員からも、殺せ!とのシュプレヒコールが続く
「白雪姫は、まだ完全には死んで、お、おらぬ!真に姫を愛するものが、口吸いすれば、息を吹き返す!」
口吸いとは、キスのことである。
「それは本当ッスか?では、真に姫を愛するものとやらを連れてまいれッス!」
「ん…。三日後、隣国の許嫁である、毛利新助という若殿が召喚された」
お、おい。あの野郎、劇にかこつけて、お市さまと口吸いするつもりかよと、会場中、大ブーイングが鳴り響く。
新助はフリだけだからと自分に言い聞かせつつ、内心どきどきしていた。おそるおそると、白雪姫が入っている棺の蓋を開けると
そこには、信長が入っていた
会場は一瞬にして鎮まりかえり、次の瞬間、大爆笑の渦に巻き込まれた。そして、続き
「くーちすい!くーちすい!新助くんのちょっといいとこ見てみたい。それ、くーちすい!」
酒の入った信盛も大爆笑していた。
新助はその日、少しだけ大人の階段を上ったのであった。