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ー上洛の章13- 歌会 茶の湯

 細川藤孝ほそかわふじたかと織田信長との会見後、織田家の面々は忙しい日々を過ごしていた。岐阜の町の改善に始まり、1万を超える新兵達の調練が行われた。


 それに時間を割かれる中、細川藤孝ほそかわふじたかなどが歌会と礼節の授業が縫うように行われ、まさに多忙すぎた。


「兵の調練だけでも忙しいのに、他にもやることが多いッス。忙しいッス、忙しすぎッス!」


「ん…、利家としいえ。めげてはダメ。これは必要なこと」


「調練が終わったら、今日は地獄の細川殿の歌会が待っているッス。正直、血が飛び交う歌会なんて聞いたことなかったッスよ」


「ん…。本当、京の歌会とやらはすさまじい。まさか初日に前田玄以まえだげんい殿が宙を舞うように倒れるとは思わなかった」


「細川殿が、このエセ俳人がとか言い出して、玄以げんい殿を殴ったのは、びびったッス」


「ん…。素人の自分には、あれは何故、殴られたのか不明」


 前田利家まえだとしいえと、佐々(さっさ)成政が、細川殿の歌会におびえつつも、互いを励まし合い、日々を乗り越えていっていた。



 そして、ここはとある屋敷の広間。歌会が執り行われていたのだった。


「ええい。腹筋をおろそかにして歌を語るな!発声からやりなおせ!」


 細川藤孝ほそかわふじたかの怒声が歌会にて、こだまする。


「あえいうえおあお、かけきくけこかこ!」


「あえいうえおあお、かけきくけこかこ!」


「発声に言霊ことだまを載せろ!腹筋100回追加だ!」


 細川藤孝ほそかわふじたかのスパルタは終わることなく続いていた。


「ひーひー。本場の歌の世界はきびしいのじゃ。この村井貞勝むらいさだかつ、なめておったのじゃ」


「そこの、村井!無駄口を叩いてる暇があったら、百人一首でも諳んじろ!」


「ひ、ひいなのじゃ。秋の田のかりほの庵のとまをあらみい、わが衣手は露にぬれつつう、なのじゃ」


「続けて100番まで言ってみろ。間違えたら腹筋100回追加だ!」


「か、かんべんしてほしいのじゃ。そもそも筋肉と歌になんの繋がりがあるのじゃ」


 村井貞勝むらいさだかつは、その一言で、細川藤孝ほそかわふじたかの虎の尾を踏んでしまった。追加で腕立て伏せ100回が増えたのは言うまでもなかった。



 ここは岐阜城内、とある茶室での出来事。


「茶の湯というのは、わびとさびが本質でんねん。正直、どう、茶を飲むかは自由でっせ」


 お茶の師として招かれた利休が、畳の上に寝そべりながら、茶をすする。


「な、なるほど。茶の湯の前には、身分の上下にこだわるなどというのは、わびさびに反するということ、ですね」


「ほう。ようわかってらっしゃる。秀吉さんでしたっけ。そのとおり、茶の前では皆、自由でんねん」


 みな、茶室で床に寝そべり、ごろごろしながら、茶菓子をむさぼりつつ、それを茶で流し込む。


「自由といっても、むせては恰好がつかぬ。そこは気を付けるんでっせ」


「ふひっ。茶の湯は奥が深いででござる。この光秀、目から鱗なことが多いでござる」


「にわちゃんはもなかが苦手なのです。口の中がぱさぱさするのです」


「そういうときは、もなかの表面を茶で少ししめらすでんねん。食べやすくなるでっしゃろ」


「うわあ。利休殿、かしこいのです。にわちゃんは感心したのです」


 本来なら、茶の湯は自由であった。淹れ方も自由、飲み方も自由であった。そこに礼節の概念が入り込み、現代のような堅苦しいものに変わったのである。


「最近は、礼節を重んじろとおっしゃられる方も増えてますねん。そのせいで茶の湯から自由がなくなりつつありまんねん」


 利休はふとさびしそうな顔をする。


「みなはんは、茶の湯の自由さを決して忘れてほしくないでんねん」


 身分が高いものが、かしこまって茶を扱えば、下のものたちも真似してかしこまってしまうだろう。利休は織田家の面々に茶の湯の可能性をかけているといっても過言ではない。きっと織田家は未来にさんさんと輝く家筋となっていくだろう。


「わ、わたしがもし城主となっても、庶民の方々と積極的に、茶の湯とはなにかと交流したい、です」


 秀吉は、利休の教えに感涙を流す。



「ふひっ。茶の湯の面白きところは、こんな竹の水筒を花入に見立てるとこでございますな。これは利休殿が考えられたものですかな」


「物の価値としては、二束三文のものでっしゃろ。でも、これを茶道具として宣伝すれば、大名や大商人相手だと、万倍の価値になりまっせ」


「にわちゃんはびっくりなのです。こんなただの竹の水筒が100貫(=1000万)するっていのが、怖い世界なのです」


「面白い世界でっしゃろ。実のところ、わしにもこんなものに100貫払う神経がわからんでんねん」


「ふひっ。利休殿に、僕の湯飲みに異名をつけてほしいのでござる。そうすれば、僕は明日から大金持ちでござる」


 明智光秀にしては、めづらしく冗談を言って見せる。


「ほなら、その湯飲みの特徴として、曜変天目ようへんてんもくとでも名付けましょうか?これで、100貫の逸品でおま」


 利休はゲラゲラと笑う。後日、光秀は、自分の茶飲みにとんでもない価値がつき、堺の商人たちからうらやましがられるのは、また別のお話である。


「にわちゃんは思うのです。光秀殿だけずるいのです」


「はははっ、あまりポンポン、値札を付けをしてしまったら、信長さまに怒られてしまうので堪忍でっしゃろ」


「ん、ということは、利休殿は信長さまが集められた二束三文の茶道具に値段をつけているのですか?」


 丹羽長秀にわながひでは、利休に質問する。


「さすが織田家の重臣の方。するどいでんな。わしが岐阜に呼ばれた理由の半分は、そのとおりでおま」


「ええ、信長さまだけずるいのです。にわちゃんは抗議するのです」


 利休は丹羽長秀にわながひでの反応を面白そうに受け、そして応える。


「茶碗の原材料は、そのへんの土でおます。茶碗を作る手間賃を省けば、実際、無料ただでっしゃろ。そこに利休の目利きがつけば、ばけるでおます」


 丹羽長秀にわながひで、秀吉、光秀はふむふむと聞く。


「茶碗というのは焼くときにいろいろ、特色がでまんねん。熱で歪んでしまったものとか、色がほかのものと違ったものとかでんな」


「ふひっ、そう言われてみれば、僕がさきほど名付けてもらった茶碗も、他人のとは少々ちがうでござるな」


「光秀殿のは、唐の国からの伝来ものでおます。そのなかでも色付けを失敗したものでおまんな」


「失敗作にもわびさびがあるというのでござるか?」


「はははっ。わびさびはそれを見るものが自由につけるものと、さっき説明したでっしゃろ。光秀殿がその茶碗にわびさびがあると思うなら、そういうことでおます」


 光秀は、ううむと唸る。


「茶の湯という世界は深いのでござるな。今の僕では皆目、見当がつかないでござる」


「その見当もつかないものに、値段をつけるのが、茶人の仕事でんねん」


「にわちゃん思うのです。それって一種の詐欺なんじゃないかと」


「はははっ、これは的を得た言い方でんな。まさにそのとおり。わしは信長さまと組んで、世の中に詐欺まがいの値段で茶器を売りまんがな」


 丹羽長秀にわながひでと明智光秀はあきれ顔である。だが、唯一、秀吉だけはちがった。


「で、では、わたしも信長さま同様、めずらしい茶碗を見つけたら、か、買い取っておきます。機会があれば、信長さまに進呈するので、それにも値段をつけてくだ、さい」


 利休は秀吉の言に目を丸くする。そういう考え方ができる、お方なのかと。


「はははっ、よいでっしゃろ。秀吉殿も、そのときは価格をつけるのを手伝ってもらいましょか。秀吉殿の目利きで、逸品が誕生するでおます」


「わ、わたしが値段をつけたところで、茶器に威厳など、う、うまれませんよ」


「では、威厳がでるように、秀吉殿にはもっと偉くなってもらわないといけませんな」


「わ、わたしが偉くなると、茶器も値段があがるの、ですか?」


「世の中のおもしろいところは、その筋に権威があるお方が、これはいいものだとか価値があると言えば、みな、そうだと思い込むことでおます」


 秀吉はふむふむと頷く。そういえば、そんな気がする。身分が上のものから、これはこうだからと言われて、そのまま思い込んでいることは多い。幼少期に親が言うことが絶対だというアレみたいなものかと。


「世の人々は不思議なんでおます。自由が好きなのに、一方、他人からの評価を欲しがる不思議な生き物でんな」


「他人から評価されれば、それに縛られ、自由ではなくなると言いたいのでござるな」


 光秀がそう結論付ける。


「わびさびも本来なら、自由なものであるが、評価されることによって型がきまるということでござろうか」


「価値がつけれないと、無価値は表裏一体でおます。わびさびは、わしが言い出すまでは、無価値でおました。それがいまや、価値がつけられないものになってますねん」


 利休はふと、どことなく寂しそうな表情をする。その表情を見逃さずにいた秀吉がいう。


「わ、わたしが偉くなったら、身分の上下無く、上は帝から、下は庶民までもが一同に会せる、大茶会を開いてみたい、です!」


 寂しそうにしていた利休が、そんな秀吉の発言を聞き、大いに笑いだす。


「はははっ。そういう大茶会が開けれるということは、世の中から乱世は終わっているということでっしゃろな。秀吉殿に期待して、いいんでっしゃろか」


「世の中から乱世をなくすのは、信長さまの役目、です。わ、わたしはその手伝い程度しかできま、せん」


 秀吉は恥じ入るばかりに顔を真っ赤にしている。利休は思う。存外、この秀吉と言う男は、信長さまの器をも飛び越える一級品の茶器ではないかと。


「ふひっ。秀吉殿。信長さまには、僕たちもついています。秀吉殿ばかりにいい格好はさせないでござるよ」


「にわちゃんも、信長さまをお手伝いするひとりなのです。抜け駆けは許さないのです」


「はははっ。信長さまは、さぞよき名品とよばれるような家臣に囲まれてるでおますな。どれ、ひとつ、わしが皆さんを目利きして、売りに出しましょうか」


 利休が冗談まじりに笑いながら言う。つられて3人も笑いだす。


「利休殿の目利きでは、にわちゃんには一体いくらの価値がつくのでしょうか」


「ふひっ。きっと一国一城の黄金と変わらぬ値段がつくでござるよ」


「そ、それはすごいですね。丹羽にわさん。どこの大名家からも引っ張りだこになり、ますよ」


「にわちゃんは、織田家以外に仕えるつもりはないのです。引っ張りだこにされても困るのです」


 談笑する3人をよそに、利休は目利きをする。秀吉殿と明智殿は、将来、織田家をけん引していく器で、一国一城では収まりきれなくなるのではと。そう予感させるほど、2人の才気は、茶人の目からみても際立っていたのであった。

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