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ー上洛の章10- 信長が目指すもの

「話がいったりきたりしてますね。一度、整理しましょうか」


 信長はそういうと、大き目の紙とすずりと墨と筆を用意させる。今までの話し合いを箇条書かじょうがきにしていく。



 ひとつ、織田家は足利義昭あしかがよしあきを奉戴し、京へ上洛し、彼を将軍に就ける。


 ひとつ、織田家が欲するのは、将軍の「権威」であり、実の足利義昭あしかがよしあき傀儡かいらいにすぎない。


 ひとつ、織田家は将軍の政権に組み込まれ甘い汁を吸う立場になるのではなく、むしろ、将軍の「権威」すら乗っ取り、独自に政治を行うのを目的とする。


 ひとつ、織田家の最終目標は、将軍足利家を超え、この役立たずの幕府を、乱世を終焉させ、新しい時代を築くことである。



「大項目としては、こういう感じでしょうか。自分で言ってきたことながら、とんでもない内容ですね」


「こうやって、文に起こしてみると、はっきりわかるな。俺たちが一番の悪党だ。将軍足利家にとってはな」


 信盛のぶもりが最初は、あちゃあと言う表情を作りながらも、そのあとは笑っている。明らかに面白がっていると言っていい。


「ことの是非は置いといて、実現できたらすごいな。まさに天下人の所業ってところだよな」


「まあ、足利の幕府から言わせたら、先生たち以上の悪党はいませんね。逆賊だと言われてもしょうがないです」


「それでもやるんだろ?殿とのは」


 会合に集まる武将たちは一様にごくりと唾を飲む。信長の次に発する言葉を待っているのだ。


「もちろんです。そのために桶狭間から7年もかけて岐阜を手に入れたのですからね。今までが準備期間で、ここからが始まりです」


 信長は右腕を掲げ宣言する。


「岐阜が、上洛が終着点ではありません。わたしたちの終着点は、乱世を終わらせたその時です。みなさんの頑張りに期待します!」


「おお、わかったぜ、殿との。上洛の一番槍は俺に任せな。華々しく、京へデビューしてやるぜ」


 佐久間信盛さくまのぶもりが俺に任せろとばかりに息巻く。それに対して言うは


「ガハハッ。退き佐久間が一番槍では恰好がつかぬであろう。ここは我輩が槍をつけもうす」


 柴田勝家しばたかついえである。我こそはと、こちらも譲らない。


「信長さまの露払いは、俺と相場が昔から決まってるッス。老人たちは、ひっこんでろっす」


 前田利家まえだとしいえが若者代表かのごとく発言する。


「おいおい、俺はまだ40だぜ。老人扱いはひどいだろ」


 信盛のぶもりが抗議する。だが人生50年の時代だ。長くても60が平均寿命といったところか。そこから考えれば年寄りと言われてもしょうがないのかもしれない。


「へへ、すまないッス。じゃあ、お兄さんは卒業で、おっさんッスね、信盛のぶもりさま」


「俺は永遠のお兄さんなの。おっさん言うんじゃねえ!」


 利家としいえ信盛のぶもりがじゃれあっている。そんな2人をよそに勝家かついえは言う。


「ガハハッ。それなら六角家のいくさで一番手柄のものが、一番最初に京へ入れるというのはどうでもうす?」


「おお、そりゃ、公平でいいね。はっ、六角家もかわいそうにな。勲功争いの場にされちまってよ」


「どうやって決めるッスか?落とした櫓や曲輪くるわの数でいいッスか?」


「ガハハッ。我輩はそれでいいぞ。だが、利家としいえ。お主、殿とのの守りはいいでもうすか?」


 利家としいえは、あっという顔をする。そしてそのあと、信長に懇願する顔で言う。


「信長さまあ、俺も京へ一番乗りする権利がほしいッス。だめッスか?」


「しょうがありませんね。その時は兵2000与えるので、存分に暴れて見なさい。大軍を率いられるか、しっかり見させてもらいますからね」


 信長は利家としいえに甘い。おねだりされるとつい、願いを聞いてしまいたくなる。そんな魅力がこの若武者にはあるのだろう。だが、利家としいえのライバルである、この男は黙っていない。


「ん…。殿との利家としいえに甘すぎ。自分にも兵2000がほしい。手柄を立てて見せる」


 佐々(さっさ)成政が横やりを入れる。佐々(さっさ)だって手柄がほしいのだ。信長付きの精鋭、黒母衣くろほろ衆の一員としても、これから先の自分の出世のためにも勲功はいくらあっても足りない。


「しょうがありませんね。佐々(さっさ)くんにも兵2000を与えますので、手柄争いに参加しなさい」


「ふひっ。では、僕と秀吉殿で観音寺城周りの支城を落としてきます」


 織田家の猛将達が観音寺城で手柄争いをするのだ。それのおこぼれ目当てでは手柄は少なかろうとほかのところに目を付ける光秀であった。


「えっえっ。わ、わたしも支城攻略なの、ですか」


「僕は寡兵ゆえ、秀吉殿の加勢があれば千人力でござる」


 光秀が秀吉に目配せする。その目配せに秀吉もぴーんとくる。手柄を分け合う本城争いではなく、ライバルのいない支城攻めで手柄を稼ぐわけなのかと。


「は、はい。わかりました、光秀殿。本城攻めの方々の憂いがないよう、支城を全部、落としてしまいま、しょう」


 信長は思う。手柄を稼ぎにくい本城より、支城を数多く落とすことで手柄をより稼ぐつもりですねと。なかなか知恵が回るふたりです。それに支城からの援軍も防げるわけですし、いい策ですねと。


「わかりました。光秀くんと秀吉くんには、兵3000を率い、支城を落としていってください。支城といえども、手抜かりのないように。本城攻略の差支さしつかえになりますからね」



 熱を帯びた会合は冷めやらぬまま時間がすぎていく。会合は1日で事足りず、連日、兵の調練後や、岐阜の町づくりのあとに、皆が集い、話し合う。決めるべきことはいくらでもあるのだ。時間がいくらあっても足りないくらいである。


 足利義昭あしかがよしあきをいつ岐阜に招くのかとか、上洛のルートはどうするのかとか、軍の再編成はどうするのかとかなど、幾重に渡り会合は続く。


 会合に招かれている、このひと、松平家康も週に1度は会合に顔を出す。岐阜と三河を往復し、多忙の一途である。だが、この会合をおろそかにすることはできない。これからの松平家の未来も左右するのだ。


「え、俺たち松平家も、武田と手を結べっていうのか?信長殿」


「はい、その通りです。彼らは海のある豊穣な国、駿府を欲しがっており、今川と対決するつもりです」


 先年、織田家と武田家は同盟を結んでいる。信長の嫡男、信忠のぶただと武田信玄の娘、小松姫との婚約も済んでいる。両家の関係は良好だ。そこから得られた情報である。信ぴょう性は高い。


「松平家には遠江とおとうみを、武田家が駿河を占領するとし、今川家攻略に松平家の力添えがほしいとのことです。どうします?」


 家康は考える。武田家が婚姻同盟関係の今川氏真いまがわうじざねと破談し、その今川を攻めるというのだ。はっきりいって信を置けない。だが、だがしかしと思う。


「今川を攻めれば、今川は北条家を頼るは必然。北条家には相模の獅子、氏康が健在。徳川だけでは今川領を削ることはあたわずでござる」


「どうなさいます?武田は盟をやぶりしもの。信を置けないのはわかります。しかし、利があるうちは裏切りはしないと思われます」


「俺は、武田との同盟は、はっきり言っていやでござる。だが、独力で北条がつく今川をどうこうできる力はござらん」


 家康はぐぬぬと歯噛みする。信用できぬものを頼ってまで遠江とおとうみを手にいれるべきかと。


「逆の見方をするならば、このまま、武田に独力で駿河を取られ、その勢いで遠江とおとうみ全土を取られることが最悪のシナリオですね」


「ぐぬぬ。松平家には選択肢がないでござるか。致し方ないでござる」


 家康は自分に力が足りぬことに、心がきしみそうになる。


「家康くん。気持ちはわかります。ですが、真正面から力で負けるというなら、知恵で相手を超えるように心がけてください。きっと将来、役に立つと思うので、忘れないように」


 それとと、信長は付け加える。


「私も100パーセント、武田家を信用しているわけではありません。ですので、上杉家と接触します。武田家が裏切った場合にすぐ対処できるよう、上杉家と懇意になっておこうということです」


「な、なら、徳川も上杉と交流しておくでござる。上杉は得体の知れぬ考えで動いているものの、信は置ける。保険として、これ以上のものはないでござる」


 上杉家は利では動かず、義で動く。義とは正義の「義」であり、上杉の考える正義のもと、彼らは動く。上杉謙信本人には領土的野心はほとんどなく、川中島の戦いは、村上氏の要請でおこなったものだ。領土が得られるわけでもないのに、5度もの大戦をおこなっている。


 普通の大名の感覚でいうならば、上杉謙信は狂っている。得るものが何もないのだ。川中島の合戦だけではない。上杉は北条とも争っているが、関東管領からの要請が元で争っている。これも関東管領とそれに関わるものたちの領土奪還であり、謙信が得るものなどひとつもない。


 戦国の世の基準から言えば謙信は狂っている。だが、信は置ける。対して、信玄は乱世の時代において正常だ。しかし信はおけない。大いなる矛盾である。どちらを盟友としても絶対に正しいと選択だったというわけではない。幾分かマシ程度の差だ。


 それらに松平家は命運をかけなければならない。家康のこの時の苦労といえば、計り知れないものである。三河に産まれてしまったが故の運命ともいうべきか。


「まあ、武田、上杉、どちらもアレなんですが。家康くんには救いがあります」


「救いとはなんでござる?」


「あなたの隣国が織田家であったということです」


 家康は、ははっとつい笑ってしまった。


「確かに俺は幸運でござる。こんな頼り甲斐のある同盟国が隣国であったことを忘れかけていたでござる」


 信長と家康は、お互いの幸運に笑いあった。織田家と松平家の同盟は、6年たった今でも、ゆるぎなく健在なのである。

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