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ー上洛の章 8- 一国一城の主

 織田家4万の軍。7年前はその10分の1の4千しか動員できず、今川3万と戦ったものだ。あの頃はとにかく厳しかった。信長の旗揚げ時はもっと兵は少なく2000もいなかったのだ。それが今や、当時の今川を超える4万である。信長は感慨深くなる。


「しっかし、4万の兵って、どうやって指揮するんッスか?俺でも最大500の兵しか指揮したことないッスよ」


「言われてみればそうだよな。城代しろだいの俺でも2千が最高だ。殿とののとこは、河尻殿がいるから5千まわしてるけどさ」


 前田利家まえだとしいえ佐久間信盛さくまのぶもりが疑問を呈する。そんな大多数、どうやって運用しろというのかと。


「まあ、単純計算すれば、尾張おわりだけで全軍で1万5千まわしてたわけですが。それが2倍強の4万になるわけですね」


「そうそう、そういうこと。俺が4000率いても、俺のいまの実力じゃ4000の力を引き出せるとは思えん」


「数が増えたからと言って、指揮するひとの能力が2倍に膨れあがるわけでもありませんからね」


 信盛のぶもりと信長がふたりで、うんうんと頷きあう。さて、どうしたものかと。


「ふひっ。簡単に解決する方法があるでございます」


 明智光秀がビン底眼鏡をくいっくいっと上げる。なにか良い案があるようだ。


「軍をふたつに分けて、指揮官を2倍に増やすのでございます」


 信長は手と手を合わせ、ぽんと音を立てる。


「ああ、なるほど、なるほど。尾張おわり軍2万と岐阜軍2万で考えればいいのですね。なるほどです」


「ん、いまいちわからねえんだけど、どういうことだよ」


「のぶもりもりにもわかりやすく言うとですね。きみに尾張おわり軍2万の総大将になってもらいます。そこで独自に軍の編成をしてもらいます」


 信盛のぶもりは目を白黒する。そして額に手をあて上を見上げる。


「おいおい、俺になんて大役をまかせやがる。信頼してくれるのは有りがたいが荷が勝ちすぎるぜ、こりゃ」


「ふふっ。それなら大幹部こーす訓練ってのも設立しないといけませんね。1国を任せられる人材を育成するコースです」


「まさに1国を任せられるって表現が正しいな、これは。2万を預かるってことは、2万を養うすべも知らなきゃならん」


「のぶもりもりは、村井貞勝むらいさだかつ木下秀吉きのしたひでよしくんクラスには及びませんが、1国をどうこうできる内政の腕はあると思います。まだ時間が残されているので、今のうちに先生が内政のコツを教えてあげますよ」


「ガハハッ。信盛のぶもり殿がそうなると言うことは、我輩も改めて内政について学ばなければならないってことでもうすな」


 柴田勝家しばたかついえが自分の頭をなでまわしながら、会話の輪に入ってくる。


「筋肉だけでは解決できないこともあります。勝家かついえくんもいっしょに国運営の勉強ですね」


「ガハハッ。期待されている以上、脱落しないように頑張らせてもらうでもうす」


「一国一城の主ッスか。なんだか、途方もない夢が実現するんッスね、織田家だと」


 支城の城主や、大名居城の城代(しろだい)にまでは成れるものは全国でも数多くいる。だが、大名をさしおいて1国の居城の城主となり経営までもを任せられるものはそうそういない。それは、大名の家臣連中のなかから、新たな城持ち大名が産まれるということである。


 なぜ、当時、織田家以外では家臣の中から独立した城持ち大名が産まれてこなかったのか。それは簡単である。裏切りが怖いからだ。裏切られれば1国丸ごと、離反されるからだ。だから、普通ならできない。


「しっかし殿(との)も頭おかしいよな。野心のあるやつに1国任せてたら、国ごと裏切られたときはどうすんだよ」


 信盛(のぶもり)は至極当然な疑問を呈す。対して信長は


「そもそも裏切るようなものをその地位につけてしまう、先生の目のつけどころが悪かったということですからね」


「まあ、俺や勝家(かついえ)殿、それに秀吉その他もろもろ、殿(との)から多大なる恩を受けている自覚はある。だがよ、それでも裏切るやつは裏切るだろ」


「そのときは、全力を持って、先生直々にお仕置きさせてもらいに行きます。地獄を味合わせてあげましょうかね」


 扇子を口元に当てながら、信長は不気味な笑みを浮かべる。これは裏切ったら、まともな死に方はできそうにないな。軽く背中から汗がわいてくるのを感じる、信盛(のぶもり)である。


「まあ、丹羽にわくんも言うように、4万での進軍は京周辺への威嚇行為であり、ぱれーどでもあります。織田家にはこれだけの力があるぞと見せつけるためです」


「にわちゃんは思うのです。小国は戦う前に戦意を喪失すると思うのです」


「伊勢(三重南部)、奈良、若狭(福井南西)、丹波(兵庫中部~京都中部)、丹後(鳥取東部)。その辺一帯は今回の上洛に関して物言いしてくることは、まずなくなるでしょうね」


 信長は机に広げた京を中心とした、ひのもとの地図を扇子で指さしながら言う。


「微妙なのは越前・朝倉、大和南部・伊賀、播磨(兵庫県西部)、紀伊(和歌山)・雑賀がどう出てくるかは不明です」


「そして、大坂と京を中心とした三好三人衆と、南近江の六角は敵対必須というわけか」


 信盛のぶもりは顎をさする。


「三好三人衆を京から追い出し、上洛を果たしたあと、将軍の名を借りて近畿周辺諸国に使者を出します。将軍にひざまずくなら、京に顔をだせと」


「そんなことしたら、将軍家の威光が強くならないか?」


「将軍の名を借りるだけです。書状の花押には、将軍家と織田家の連判れんばんとします。そうすれば誰が真の支配者なのか、察してくれるでしょう」


「それって下手すりゃ、敵を産むだけじゃねえのかよ。名だけの傀儡かいらい政権だって宣伝してるようなもんだぜ」


 信盛のぶもりが信長に鋭く突っ込みをいれる。


「はい、宣伝しているのです。足利義昭あしかがよしあきはただの神輿みこしだというのをアピールするためです」


「こわっ。このひと、考えてることが怖いよ。で、名だけでも将軍だから、将軍の上洛命令を無視するやつは幕府の敵だ、つぶすっていう魂胆かよ」


「さすが、のぶもりもり。わかってるじゃないですか」


「長年、殿とのに仕えてるんだ、いい加減、わかるもんだ」


 将軍の権威を笠にきて、上洛命令を出す。それに従わないものは幕府の敵と宣伝する。そうすることにより、織田家が他国を攻めるための大義名分とするのだ。下手をしなくても、織田家の魔の手は近畿を中心として、ひのもと全国へ伸びていく。


「しっかし、幕府の敵、ひるがえっては織田家の敵を炙り出すってのはいいとして、下手すりゃ織田家うちが一番の幕府の敵になりかねないよな」


「そうですね。最終的に足利家の幕府を潰すのは、先生たちですからね」


「うまくいくのか、これ?」


足利義昭あしかがよしあきをうまく制御できるかどうかですね。この男が馬鹿ならやりやすいんですが、こればっかりは会ってみないとわかりません」


「ふひっ。兄、義輝よしてるを討たれ、そのまま枕を並べて討ち死にするをよしとせず、全国行脚してまで上洛の兵を募る男でございます。能力はともかくとして、野心は一角ひとかどの将たるものは持ち合わせてるかと」


 明智光秀の義昭よしあきの評である。


「油断は禁物ということですかね。まあ、直に目を合わせれば、どんな男かはわかります。会うのが楽しみではあります。織田家を天下に押し上げてくれる御仁なのですからね」


「ふひっ、信長さまが会いたいとおっしゃるなら、いつでも義昭よしあきとの会合をせってぃんぐします。先方には信長さまが義昭よしあきさまを奉戴する意思があることだけは伝えてあります」


「会う日程はこちらの準備ができ次第ということですかね。さすがですね、気の回し方が丁寧です」


 信長は明智光秀の取り計らいを手放しに誉める。準備も出来てないうちに会うわけにはいかない。そう、信長が足利義昭あしかがよしあきをさしおき、天下を牛耳るには、入念な準備がいる。


「気が変わって、またどこぞの大名に浮気されると面倒なので、領地に呼ぶことだけは先にしておきましょう。でも実際、会うのはまだまだ先です」


「ふひっ。では、岐阜と近江の県境の寺にでも逗留してもらいましょう。わたしの部下が義昭よしあきを招く書状を細川藤孝ほそかわふじたか殿にお送りしますので、歓待のほうは、村井貞勝むらいさだかつ殿に御役目を譲ってよろしいでございますか?」


 村井貞勝むらいさだかつは、明智光秀に名を呼ばれ、ひとつ咳払いをする


「うっほん。歓待の件、承ったのじゃ。適当にちやほやしておけばいいのじゃろう。未来の京都所司代に任せておくのじゃ」


「おお、やっと貞勝さだかつくんにも、傀儡かいらい政権への自覚が芽生えてくれましたか。先生はうれしい限りです」


「いやと言っても、やらせるのじゃろ。それなら自主的にやったほうが、すとれすも少なくて済むのじゃ」


 村井貞勝むらいさだかつは半ば諦めた表情で信長と受け答えする。


「わ、わたしもお手伝いして良いでしょう、か。やんごとなき方とは接点がないゆえ、今の機会で慣れておこう、かと」


「ああ、それはいい考えなのじゃ。でもはっきり言っとくと、やんごとなき方々の相手はめっぽうだるいのじゃ」


「そ、そんなにです、か?」


「やれ歌だ、やれ風流だと、これまためんどくさいことこの上ない。秀吉殿。やんごとなき方たちと交流するなら、やぼったいそのままではだめなのじゃ。和歌や川柳のひとつでもそらんじられるようにならないといけないのじゃ」


 信長が、あっという顔をした。何かを忘れていたように


「言われてみれば、そうですね。貞勝さだかつくんの言う通りです。これから、将軍家や、朝廷たちのようなやんごとなき方々との交流が増えるのに、和歌はおろか、茶の道すら知らないものたちだけらけじゃないですか」


 しまったと言う表情を信長は顔に出す。一同は殿とのにしては、めずらしいこともあるものだと思ったのであった。

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