ー夢一夜の章10- 墨俣(すのまた)開戦
約2000の兵とそれを手伝う土木作業のものたちが材木や立て板を持ち小牧山城下に集まっていた。
「で、では、美濃の地、墨俣へ城を築きに行き、ます。全軍出立!」
秀吉は兵たちに命令をだす。おおっと兵たちが雄たけびをあげる。その材木を持つ姿は戦に行くと言うよりは、なにかの祭りの準備をしにいく集団のようにも見える。
「うひょお、これが戦に行く姿っていうんッスかねえ」
立て板を数人で持ちながら運ぶ前田利家の言だ。
「ん…。戦には変わりない。あまり油断しないように」
こちらは木杭を数人で肩に乗せ、運ぶ佐々成政であった。
「武器を手にではなく、材木を片手にとは、おもしろい戦であるな、ガハハッ!」
城の壁の一部であろうか、それをひとりで運ぶ柴田勝家が面白そうに言う。
みなの武器は小荷駄隊がまとめて運んでいる。総勢2500のうち、2千が材木を運ぶもの、もう500が護衛であった。護衛のものたちは、みな騎馬に乗り、いつでもどこでも駆けつけられるように配備されている。準備は万全だ。
一行の先頭が墨俣につく。まずは柵の組み立てだ。敵が来る前に、これだけは先に終わらせなければならない。
「みな、さん、急いでください。敵が来る前に柵を立ててください、敵の騎馬を防ぐために重要、です!」
「そこ、休んでないで手を動かすのです。さぼってるやつは、にわちゃんが直々にぷろでゅーすしにいきますよ?」
秀吉と、丹羽長秀が矢継ぎ早に指示をとばす。次々とあらかじめ井の字に組まれていた材木を横に並べていく。シャベルで地面を掘り、柵を立てて杭の部分を差し込み、土で埋めていく。それを500の土木兵が次々と行っていくのだ。あっという間に馬防柵は出来上がっていく。
「うひょお、柵がすごい速度で組み上がっていくッス。圧巻ッスねえ」
馬防柵の後ろで待機するのは、前田利家500、その隣に佐々成政500、そして、並ぶように陣取る柴田勝家1千の兵が敵の襲撃にそなえる。急ごしらえながらも柵により敵の騎兵への備えは十分である。
今回は敵地における墨俣城の建設とその防衛だ。こちらから打って出ることはあまりしない。専守防衛、まさにそれにつきる。
「稲葉山から敵が来ます。その数、およそ4千!」
物見のものが伝令を伝えに来る。皆の者に緊張が走る。敵4千以上をこちらは2千で抑えなければならない。しかも犠牲者をなるべく少なくしてだ。
「おっし、俺らの出番ッスね。久々の大戦、腕がなるッス!」
「ん…。利家。優勢になったからと言って、馬防柵より前に出たらダメ」
「ガハハッ。そうでござるぞ、今回は城を守るのが役目。功を焦ってはいけないでもうす」
「そこは心得ているッスよ。守りつつ、攻めるってやつッスね」
「ん…。利家にそんな器用なことができるのかな」
「なんでもやってみることが大事でもうす。戦のせんすはいいから、できるようになるでもうす。ガハハッ」
佐々はいつも、利家と組まされている。だから知っている。たぶん無理だろうと。利家は攻めに特化しているのだ。これは人選ミスかもと軽く思うが、まあ何とかするだろうとも思っている。利家は赤母衣衆の筆頭だ。いらないことを言ってはプライドを傷つける。
「ば、馬防柵は大体できあがりました。つ、つぎは城の基礎作りです。工作隊、急いでくだ、さい!」
作業を続けている者たちは、次は大づちを持ち出して城の基礎作りに入っている。基礎作りが終われば、床を張って行くのだ。
斉藤龍興と子飼いの重臣たちは、その作業を見ていた。
「なんだあれは。砦かなにかでも作っているのか。それにしてもすごい速度で組み立ててやがる」
「ええい、出陣の下知はまだか。ほおっておけば、みすみす、墨俣に砦を築かれてしまうぞ!」
斉藤龍興は重臣の意見に押され言う
「み、皆の者。あの砦を破壊せよ!織田の者たちを木曽川の藻くずにしてしまえ!」
おおっと斉藤の陣から声が上がる。4千の兵が、2千ずつに分かれ織田方の陣に突っ込んでいく。
合戦の基本は、集団の中心部に弓を射かけ、混乱したところに、騎馬を突っ込ませ、敵の陣を裂き、後続の槍兵で圧迫していく。これが理想の形だ。斉藤の軍は例にもれず。まずは弓を射かける。
「うひょお、来たッス。矢盾準備ッス!」
矢盾と言われたそれは、城を組み立てる部品の一部を流用したものだ。次々と射かけられる矢の雨の中、あるものは床用の板を。またあるものは城の壁の一部を立てかけ、敵の矢を防ぐ。
「な、なんだあいつら。なんてもので防いでやがる」
斉藤の軍が驚くのは当然だろう。大きさがばらばらな矢盾とは思えないもので、つぎつぎと矢を防ぐのだ。こいつら、本当に戦に来たのかと。
「ええい。次は騎馬で突撃だ。柵なぞ押し倒してしまえ!」
この当時の騎馬はポニー程度の大きさしかなく、足軽にすら追いつかれると揶揄されるが違う。現代風にわかりやすくいうと、軽自動車が時速20キロメートルから40キロメートルで突っ込んでくるエネルギーをもっている。侮ることなかれ。
そのエネルギーの塊が馬防柵に突っ込んでくる。
「ガハハッ!皆の者。馬防柵に寄りかかり、耐えろ。跳ね返せ!」
激しく騎馬隊が、馬防柵に突っ込む。だが、鉄の壁かのように馬防柵は馬の突撃を防ぐ。
「ん…。今だ。長槍隊、馬防柵の隙間より、槍を突き立てよ!」
槍は次々と敵の騎兵に突き刺さる。剣山の如く、騎馬隊をその槍の犠牲にしていく。たまらず斉藤の騎馬隊は一度、後ろに引いていく。
「第1波は耐えたッス。馬防柵が倒れたとこはすぐに修復するッス。開いたところに敵槍隊がくるッスよ!」
敵も馬防柵が邪魔とみたか、槍隊の中に大づちを持った工作兵たちがまざる。大づちで馬防柵を破壊するつもりなのだろう。
「ガハハッ。相手は大づちを持ったか。弓兵かまえよ。充分ひきつけ、一斉に放て!」
斉藤の軍も矢盾をもったものが先頭に立ち、その後ろを槍隊、大づち隊がじりじりと距離を詰めて来る。竹中半兵衛を失った斉藤ではあるが、奇策はないものの数にものを言わせ戦の優位性を保とうとする。
「こわせ。馬防柵を壊すのだ!」
「槍隊、大づち隊。つっこめ。弓隊も射かけよ!」
数にものをいわせ戦うのは間違っていない。だが、一度、守りを固めてしまった相手は少数なれど、そうそう倒せない。
「腕に覚えがあるもの100名、馬防柵の前に出るッス。大づち隊をつぶせッス。抜刀許可ッス!」
斉藤の大づち隊と利家の切り込み隊100人がぶつかり合う。その斬り込み隊のなかには利家の姿も見える。
「オラおらッス。お前ら、全員、殺すッスよ。さっさと散れッス!」
利家は手槍を次々と敵に向け投げる。あるものは足を穿たれ、あるものは腕をやられ大づちを落とす。
「前方が崩れたッス。一気に切り込むッス!」
「ん…。利家のやつ、結局、つっこんだ。やれやれ」
佐々は自分の軍より100名選りすぐり、馬防柵の前に出させる。しかしこれは、敵を打ち破るための兵力ではなく、利家達、100名が退くための援護をする部隊である。
「さっすが、佐々ッス。息ぴったりッスよ。みんな、一旦、馬防柵の後ろに引くッス!」
利家の切り込み隊は、半壊状態の敵大づち隊をよそに、下がる準備を始める。これは攻める戦ではない。守る戦なのである。
佐々の援護を受け、利家は馬防柵の後ろへ帰ってきた。その姿は敵の返り血で真っ赤である。赤母衣衆の赤は、敵の血の色かとさえ思えてくる。
「ん…。あんまり突っ込みすぎないように」
佐々は手ぬぐいを差し出す。利家は、血にぬれた顔をその手ぬぐいで拭きとる。
「すまないッス。やっぱり俺には攻めつつ、守りつつは難しいッス」
はははと、利家は屈託ない笑みを浮かべる。やれやれ、いつものことながら佐々が利家をサポートする形になる。まあ、これが良いんだろうなとは、佐々にもわかっている。長所を生かしあうのが戦の妙だ。
そのあとも、第3波、第4波と斉藤は攻撃を加えてくる。その都度、利家、佐々、勝家は、それを跳ね返す。日も1日、また1日と過ぎていく。
1日と過ぎていくたびに、墨俣に砦といわず、さらに大きな建物が出来上がっていく。歯噛みしながら、斎藤の軍はそれを見ていた。
「早く、あれを潰せ、潰すのだ!」
稲葉山からの援軍も増えつつあり、今や、墨俣は織田家、斎藤家の総力戦の様子を見せ始めていた。




