ー夢一夜の章 9- 秀吉の策2
「城が3日か5日でたつもんかよ!」
佐久間信盛がするどいツッコミをいれる。だが、秀吉は臆せずに言う
「は、はい。皆さまのご協力があ、れば!」
「なんかおもしろそうッスね。一体、おれらは何をすればいいッスか?猿」
そういうのは前田利家である。信盛と柴田勝家が猿を質問攻めしていたので、脇にいたが、おもしろそうな策なので、話の輪にはいってみた。
「あ、あのですね。戦いつつ、同時に組み立てるのです。城を」
「戦いつつ、いちから城を建てるなんてできるッスか?無理じゃないッスか?」
「い、いちからではありません。組み立てるの、です」
いまいち要領を得ない。なにか話がずれているような気がするッス。
「猿。組み立てるってなんッスか?」
「は、はい!小牧山城にて、城の部品をすでにつくっておくの、です」
「その城の部品を、墨俣で組み立てるッスか?」
「外の柵、城の外壁、屋根の一部をあらかじめ作っておき、ます」
利家はふむふむと聞く
「それを小牧山から運んで、一気に城の外枠を組み立ててしまい、ます。あとの細かい作業は、戦闘をしながらになり、ます」
「へえええ、なるほど。それなら3日か5日で、見た目は城っぽいものができるッスね」
「運ぶ際は軽さを重視して、すべて木材で出来上がる部分を制作します。あとは漆喰の作業などを現地でおこない、ます」
「良い策ですね。猿。それで人員はいかほど必要ですか?」
織田信長が策に感心しつつ、猿に問う
「小牧で作業に2千人。実際の戦闘の際には1500で防衛しつつ、500で建築します。外枠の柵さえできあがれば、1500でも、4千を相手に戦えます」
「建築部隊には、にわちゃんが手伝いましょうか?そうすれば手早く作り上げれるはずなのです」
丹羽長秀が挙手をし、協力を願い出る。
「は、はい!できましたら、小牧山での作業も手伝ってほしい、です」
「秀吉くんは贅沢なのです。にわちゃんをこきつかうつもりなのです」
秀吉はにひひと笑う。してやったりという顔だ。秀吉には人を惹きつける才がある。信長がふむふむと聞く。
「では、猿。先生にはなにか出番がありますか?」
「は、はい!城がある程度できたら狼煙を上げますので、持ちうる限りの鉄砲で空砲を撃ちながら2千ほどの兵で、墨俣の城へ入ってください」
「ふむ、戦の終わりも想定しているのですね、すばらしい」
信長はあごに手をやり、少し思案する。そして、左手に右手をぽんと合わせ言う。
「もし、この策がうまくいって、墨俣に城が立ったら、猿。あなたにその城の城主となってもらいます」
「え、ええ!?わ、わたしが墨俣の城主、ですか?」
「はい。これほどの策を実行できるものを遊ばせておくわけにはいけませんからね。猿。成功のあかつきには、最前線で戦う将となってもらいますよ」
猿は、うっきいいいと喜びの声をあげる
「こ、この秀吉、この身にかけて、策を成功させてみます!」
「猿。おれにもなんか仕事をよこせッスよ」
「利家さんには墨俣の防衛をおねがいし、ます。利家さまの武勇なら安心、です!」
「ん…、それなら自分にも声をかけてほしい。きっと秀吉、きみを守って見せる」
佐々成政も防衛参加に挙手をする。これで、利家500に佐々500の兵を確保できた。あと500だ。
「ガハハッ!では、我輩が残り500と言わず、1千出そう。そうすれば防衛が厚くなって、城の建築もはかどると言うもの」
柴田勝家が挙手をする。思わず、佐久間信盛が声をあげる。
「ずるいぜ、勝家殿。こんなおもしろそうなことを現地で見られるなんてよお」
「お主はさっきからダメだしばかりしていたではないか。ここは肯定派の我輩がついていくでもうす」
信盛はぐぬぬと声をあげる。
「確かに否定派だったが、そりゃ、中身がわからなかったからだ。今なら言える。この策はいける!」
「信盛さま。俺は最初から秀吉を信じてたッスよ」
「ん…。佐々も最初から信じてた」
利家と佐々は口裏あわせのように言う。この2人だって本当のところ、疑心暗鬼だった。
「きたねえな、ほんと、おまえら汚い」
「ガハハッ!手持ちぶたさというなら、小牧山での作業を手伝えばよかろう。あと部品を運ぶ作業なら人手はいくらあっても足らぬはず」
「裏方作業かあ。まあ、仕方ないか。おっし、秀吉。臆せず、どんどん作業の指示をくれよ!」
「わ、わたしは、半兵衛といっしょに美濃を回ってきますので、部下で弟の秀長に指示させ、ます」
「了解りょうかい。しっかり美濃三人衆を口説きおとしてくるんだぞ」
「に、2週間ほどでもどってき、ます。そちらこそ、がんばってくだ、さい!」
「では、皆の者。猿の策で墨俣に城を作ります。各自、準備のほど、おねがいします。準備期間は2週間です。はりきっていきましょうか」
次の日の朝、秀吉は竹中半兵衛を含む、10人ほどの部下を引き連れて美濃の安藤守就がいる支城へと出立する。あらかじめ安藤には書状を送ってある。支城にはすんなり入れるだろう。そのあとは、秀吉の出番だ。
一方、小牧山城下では、とんてんかん、とんてんかんと、トンカチを振るう音と、ぎーこぎーことノコギリをひく音が響き渡る。
「おーい、その切った材木はこっちにもってきてくれえ」
「その杭は、そっちのほうだあ」
「その板は盾板につかうから、あっちのほうだあ」
秀吉の弟、木下秀長は、そこらかしこで指示を飛ばす。彼は手馴れたもので現場の流れを作っていく。
「秀吉の下にはあんなやつもいるんだな」
そう言うのは信盛である。土木作業の親方といった性質といったものだろうか。
「猿の家臣は農民あがりが多いから、その辺には詳しいんじゃないッスか?」
「ん…。うちの隊にもほしい人材だ」
そう言うのは、信長親衛隊を率いる、利家と佐々だ。彼らふたりの部隊は性質上、戦の槍働きに長けた者たちが多い。したがって土木作業には少々うとい。
戦では槍働きだけではなく、野営地の建設などと言った作業も行わなければならないため、そういうことができるものは重宝する。それが得意なものといえば、織田家では丹羽長秀だ。織田家の猛将たちは、基本そのへんは、丹羽任せなのである。
「にわちゃんは思うのです。おまえら、口を動かす前に手をうごかすのです」
丹羽は作業の指示の補佐を行っている。秀長と作業内容を確認しつつ、各所に指示を飛ばす。
「丹羽、はりきってるッスね。創造意欲がわくッスか?」
「部品をあらかじめ作っておいて、現地で組み立てるという案は面白いのです。にわちゃん、運びやすいようにうまく分割するのです」
「ん…。丹羽くん、がんばれがんばれ」
「おまえたちも、がんばれなのです!」
この2人は目を離すとすぐさぼりだす。それに対して信盛と柴田勝家は意気揚々と材木を積み上げては運んでいく。
「ガハハッ!我輩、戦がない世の中がきたら、大工にでもなろうかとおもうでもうす」
「そりゃいいな。その馬鹿力が余すことなく使われて、世の中、幸せだぜ」
勝家は丸太を三本担ぎ、のっしのっしと運んでいく。普通ならひとり一本でなんとか運べるしろものだ。信盛ももれなく1本づつ運んでいるものだ。
「しっかし、さすが7月。夏本番だぜ。このまま湖か川に飛び込みたいところだ」
「木材をぬらすと重くなるのでやめてほしいのです」
はははと信盛たちは笑う。これが戦の準備じゃなかったらよかったのにな。戦を控えながら不謹慎ながら楽しい時間をすごしていると思う。秀吉達はうまくやっているのかな。
その秀吉達は、小牧山城を出立し二日後、稲葉山城の北に位置する支城に着いていた。秘密裏に中に入れられ、安藤守就と面会を果たす。
「不肖な娘婿め。あれからどこへ行っていたかと思えば、まさか織田の家臣になっていようとはな」
安藤は不機嫌である。
「んっんー。なかなか居心地はいいですよ。織田家も尾張の町も」
「お主のせいで、うちの娘は毎晩泣いておったわ。手紙ひとつよこさず、何をしておった!」
「いろいろとです。織田家でいろいろ、いちからやり直しておりました」
安藤はじろっと竹中をみる。あの華奢だった身体は、筋肉でコーティングされ盛り上がっている。きっと厳しい訓練をくぐり抜けてきたに違いない。ふうと安藤はひとつ嘆息する。
「で、そちらの御仁が、きさまが仕えている主か」
見た目は伸長150センチメートルで、顔は猿そっくりである。果たして人間であろうか。
「うっ、うきー!織田家の木下秀吉と言い、ます。このたびは面会の許可をもらえて光栄、です!」
猿顔のものが顔を真っ赤にしている。竹中め、面倒なものを連れてきたものだ。自分の運命はこのものにより大きく揺れ動いて行くのだろうと感じる。やれやれと安藤はもうひとつ嘆息する。
1565年7月 夏の晴れた日。歴史は一歩一歩、進んでいくのであった。