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ー夢一夜の章 8- 秀吉の策1

 兵士たちは今の時間、水練であった。夏本番の暑い7月のこの季節、水練は一種のご褒美の時間でもある。ふんどし一丁の集団が涼を得るため、つぎつぎと水の中へ飛び込んでいく。竹中半兵衛や飯村彦助いいむらひこすけたちも泳いでいた。


「ふう。きもちいいですね。秀吉さんも来れたらよかったのですが」


「そうは言っても、隊長は会合の時間だ。隊長の分まで涼しんでおこうぜ」


「きっと今頃、美濃みの攻めの話し合いでもしているのでしょうかね」


「隊長、がんばって仕事とってきてくださいよ」


 兵士たちにとっては、合戦は稼ぎ場である。給金の出てる織田家でも合戦の功により、特別報酬をもらえるのである。ここ最近、大きないくさはなかった。そろそろ大きく稼ぎたいところだ。


「座学で話し合った策とか、信長さまに進言してくれませんかね、秀吉さんは」


「ああ、あれかあ。たしかに案が通れば面白そうなんだけどなあ」


 秀吉やその部下たちは、幹部こーす訓練の座学の時間に、美濃(みの)攻略や、織田家の今後の展開についてなど、いろいろ研究を続けていた。実現性の低いものから高いものまで、きたんなく話し合ってきたものだ。


「んっんー。秀吉さんならきっと、わたしたちにいい仕事をとってきてくれるでしょう」


「んだんだ。俺たちはしっかり仕事をこなせるように訓練しとかないとな!」


 彦助(ひこすけ)はそう言い、平泳ぎを始める。竹中もつられていっしょに泳ぎ出す。秀吉さん、会合、がんばってくださいね。



 会合の場は、秀吉に対する期待が半分、できるのかといった疑問が半分であった。何しろ、敵の居城目前にこちらの城を立てるのである。力あらんかぎりで阻止されるであろう。それなのに、こちらの被害をなるべく抑えろとの条件つきだ。


「おい、秀吉。お前、できるのかよ」


 そう問うのは、佐久間信盛(さくまのぶもり)である。


「俺の見立てでは、織田家うちから1万くらい兵を出さなきゃ無理だって思ってる」


「い、いえ。わたしの策がうまく行けば、2、3千くらいで可能、です」


 大きく出たなと信盛のぶもりは思う。


「おいおい、俺の言う兵力の5分の1でできるっていうのかよ。さすがに大ぼらがすぎるだろ」


 信盛のぶもりは半ばあきれた感じで返す。


「稲葉山城だけで4千。西の大垣からは3千。北の支城からは2千はくるだろう。それを相手に織田家うちが2、3千で済むわけがない」


 信盛のぶもりは数の不利を説く。だが秀吉は臆せず返す。


「それでも、こちらからの兵は2、3千ですみ、ます」


「おい、いい加減にしろよ。一体、どんな策があるってんだよ!」


 思わず、信盛のぶもりは声を荒げてしまう。自分で考える限り、兵2千などでは無理だ。だがこの小男はできるという。


「まあまあ、のぶもりもり、猿の策を聞いてから判断しましょう」


「聞く価値があるのかねえ。とても良い策なんてあるとは思えないんだが」


 秀吉に対して、信盛のぶもりは不信感たっぷりである。目立ちたくて、意見を言ってるだけなのかとすら思えてならない。つまらない策だったら覚えておけよ。


「さて、猿。ここまで言われても、あなたには自分を曲げない自信があると見えます。あなたの考える策とは一体どういったものでしょうか」


 猿は、正座に座り直し、胸を張って進言する。


「は、はい!まずはですね、そもそもの稲葉山城への援軍を絶ちます」


「援軍を絶つともうすか。それは、兵を四方へ分散させろともうすか?ただでさえ少ない兵を援軍の阻害につかうのか」


 柴田勝家しばたかついえが疑問を呈す。それに秀吉が返すのは


「い、いえ。兵は使いません。話し合いで済ませます」


「は、話し合いで済ますともうすか、それはまた奇策でもうすな」


「話せばわかってもらえると信じてい、ます」


 勝家かついえも秀吉の話を聞くうちに、信盛のぶもり同様、秀吉の策とやらに不審を積もらせていく。


「話せばというが、一体だれが話にいくというのだ」


 それはと秀吉が言う


「わたしともう一人」


 秀吉は一呼吸おいてこう宣言する


「私の部下である、竹中半兵衛です」



 会合の場にどよめきがおこる。


「お、おまえ、いつの間に竹中半兵衛を部下にしてたんだよ!」


 信盛のぶもりは、そんな話、一切聞かされていない。以前、秀吉が部下にしたいと言っていたのは覚えている。だが、まさか本当に手に入れているとは思っていなかった。秀吉は、赤面しながら、頭を軽くかいている。


「変人だとは思ってたが、まさか、猿。お前の下につこうとはな。こればかりは我輩もおどろきでもうす、ガハハッ!」


 勝家かついえも驚きを隠せない。織田家にとって、散々、苦渋を舐めさせられた相手だ。そいつがいま、300人長の足軽大将でしかない秀吉の部下である。


「なにか、猿。竹中に自分のとこのほとんど兵をまかせちまうってことか?」


「い、いえ。最初は10人長から、がんばってもらい、ます!」


「たはあ。もったいねえ。竹中の使い損だぜ、それは。うちにくれよ!」


 秀吉は両手を前に突き出し、ふるふると左右にふる


「きょ、拒否させてもらいます!」


 この男にはめずらしい。断固拒否の構えだ。竹中半兵衛が猿の部下にいるのだ、猿が自身の策に自信をもっている理由がわかった。そして、こいつの策には信ぴょう性がでてきた。


「でだ。竹中半兵衛がいれば、話し合いで済むってのはなんでだ」


 信盛のぶもりは問う。他にも理由があるはずだ。竹中にしかわからない斎藤家の内情ってやつがだ。


「あ、あのですね。今年の正月、半兵衛が稲葉山城を乗っ取ったという話がありましたけど」


「ああ、あれな。たしかにあった。あれがどうした」


「実は、あの謀反の手助けをしたものが、美濃みの三人衆がひとり、安藤守就あんどうもりなりなん、です」


「はあ?なんで、美濃みの三人衆の安藤守就あんどうもりなりが竹中の手伝いなんかしてんだよ」


「半兵衛の妻は、安藤守就あんどうもりなりの娘、なの、です」


 まじかあと信盛のぶもりは思った。そんな情報、竹中本人から聞かなきゃまずわからない。


「では、安藤守就あんどうもりなりが娘婿かわいさに、竹中を手伝ったともうすか?」


 今度は勝家かついえが疑問する。


「い、いえ。そこは複雑な問題があったらしく、ですね」


「猿、続けてください」


 信長が話の続きを促す。


「さ、斉藤龍興さいとうたつおきが身近な小姓たちを溺愛するばかりで、竹中半兵衛と美濃みの三人衆をまつりごとや軍事から遠ざけつつあったそうです」


 みな、ふむふむと聞いている。


「そしてある日、その小姓のひとりに、半兵衛が辱しめを受けたのがきっかけで、半兵衛が安藤守就あんどうもりなりと共謀して謀反をおこなったというくだりです」


「なるほど、斉藤龍興さいとうたつおき美濃みの三人衆の間には、すでに確執があったでもうすか」


 勝家かついえはうんうんと頷く。


「は、はい。そういうことです。ですので、稲葉山城の北の支城を守る、安藤守就あんどうもりなりを、わ、わたしと竹中半兵衛で説得を、し」


安藤守就あんどうもりなりのつてで残りの美濃みの三人衆、稲葉一鉄、氏家卜全うじいえぼくぜんをこちらに引き込むってことか」


 信盛のぶもりは得心する。


「は、はい。それで信長さまにご相談なのです、が」


「そうですね。美濃みの三人衆の所領安堵ですかね、とりあえずは」


 さすが信長さまだ、察しがいいし、話も早い。


「あ、ありがとうございます。それを条件に織田家に降るかどうか話してみ、ます!」


美濃みの三人衆が織田家うちにつくと言うなら、美濃みのはもう終わりが見えてきましたね。他にも調略できるものがいたら、幸いです。間者を増やしましょうか」


「まあ、まだ話にも行ってないんだ、取らぬ狸のなんたらってやつだぜ」


「それもそうですね。間者うんぬんは、墨俣すのまたの件が終わってからでいいでしょう。さて、猿。援軍阻止の件はわかりました。それでも残り4千は稲葉山城にいます」


「は、はい!次なる策ですが」


「おいおい、まだ策を考えてあるのかよ。竹中はすげえな」


「い、いえ。これは、うちの隊、みんなで考えたもので」


 秀吉隊ってのは、皆で策を話し合う環境ができてるのかと、信盛のぶもりは感心する。


「3月から幹部こーす訓練の座学の時間で話し合っていたのです、が」


「そういえば、今期から織田家うちの訓練にそんなものができたと聞いてはいたが」


「そ、そこで皆で、美濃みの攻略を題材にいろいろと策を練っていま、した」


 ほうほうと信長が興味深そうに聞いている


「へえ、あなたたち、そんなことしてたんですね。それは面白い。兵士たちが自発的にものを考える。これはいい副産物ですね。これからも幹部こーすは続けましょうか」


「は、はい!お願いし、ます。で、ですね、そこで考えた案を使えば、1週間、いや、3日から5日ほどで城が立ちます」


 会合に集まった皆は一同、驚きの渦にまきこまれたのであった。

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