ー夢一夜の章 3- 採用面談
屋敷のとある一室で、竹中半兵衛の採用面談は始まった。
「そ、それでは、面談を始めま、す。わたしは人事担当の木下秀吉と、こちらが、副官のま、前田玄以で、す」
「はい、秀吉さん、玄以さん。よろしくおねがいします」
前田玄以が竹中半兵衛に問う。
「お名前と自己紹介のほうをお願いするでござる」
竹中半兵衛がこほんとひとつ咳をつき応える。
「わたしの名は竹中重治。先日までとある国で将を務めていました」
秀吉と玄以はふむふむと聞く。竹中は続ける。
「ですが、主君と反りがあわず、ちょっとした喧嘩をしてしまい、懲戒免職されまして」
「ああ、懲戒免職ですと、次の就職先がきまりにくいでござるからなあ」
玄以が竹中に同情する。
「んっんー。近江のほうへ行ったのですが就職先が見つからず、途方に暮れていたところに書状がとどきまして」
竹中は庵に届いた書状を2人に見せる。
「なるほどなるほど。きっかけは我が軍隊の募集ちらしだったわけですか」
玄以はうんうんと頷く。
「確かに織田家は前歴を問いません。よっぽどの犯罪者以外は採用されますからねえ」
「は、はい。更生も充実してま、す」
更生とは福利厚生の聞き間違いだろうか。寮も完備されているらしいから多分そうだろう。玄以が竹中にさらに問う。
「ところで将をなさっていたという話ですが、貴殿のご希望は幹部こーすでござるか?」
「はい、できるなら部下を携えての戦働きを見ていただきたく応募させていただいてます」
「ふむ、少し失敬」
玄以は立ち上がり、竹中の背中に回る。そして竹中の二の腕から手の先、さらには胸や腰、ふとももをさわってくる。
「少し華奢なのが気になるが、まあ、良かろう。そういうものも中にはいるから安心するでござる」
なんだろう、いまのはと竹中は思う。もしかして、わたしの身体目当てのものがいるが大丈夫という意味であろうか。戦国の世の中、主君と仲睦まじい関係になるものは珍しくない。それがもとで出世を果たすものもいるのだ。我慢だ。我慢できなければ斬ってしまえばいい。
竹中は物騒なことを心中にしまいながら質問をする。
「幹部こーすとやらは具体的にはどういったものです?それとお給金はいかほどになるのでしょうか」
至極、当然な質問である。巷で噂のぶらっく職場ではたまったものではない。聞けることは聞いておかなければならない。
「は、はい!幹部こーすは、今期より始まりました城代を育てていこうと言う企画で、す」
秀吉は威厳をだすべく、なるべくどもらないように注意しながら説明する。
「昨今、み、美濃の斉藤龍興との戦闘も佳境に入り、美濃を手に入れたら、一気に国土が2倍になりま、す!」
秀吉は深呼吸をし、続ける。
「あ、あのですね。それを踏まえて今後、拡大していく織田家の人材育成を考慮して今のうちに若い人たちを鍛え上げようと言う企画で、す」
「方針はわかりました。で、具体的には何をするのですか?」
竹中はあいまいな概要ではなく、具体的な内容を聞きたいのだ。
「は、はい!訓練内容としましては、起床6時。それから1時間の競歩、そして朝食となりま、す」
ふむふむと竹中はうなずく
「朝食後、槍、弓、鉄砲、相撲、水練を行います。途中、休憩をはさみながら13時昼食。14時から2時間、指揮官に必要なことを学ぶ、座学を行う予定で、す!」
「ほう、鉄砲の訓練も入っているのですか。これは興味深い。最新兵器をつかっての訓練などなかなか聞きませんね」
「は、はい!織田家ではこれからの戦は鉄砲が決めるとの信長さまの方針で、訓練を行っていま、す」
鉄砲の訓練を行うには火薬を使う。火薬はこの当時、日本では精製できず、全部、南蛮からの輸入に頼っていた。火薬を使うと言うことは南蛮人から購入せねばならない。ようは金がかかると言うことである。だが、織田家では惜しまず、これを使って訓練を行っている。それだけでも斎藤家とは違う。
「お、織田家では、農民あがりの足軽兵がほとんどで、す。当然、馬には乗れません。ですので、より訓練の成果がでやすい槍や鉄砲に重点をおいていま、す!」
「ですが、馬を相手に槍や鉄砲で対抗できるのでしょうか。確かに鉄砲は強力な兵器ではありますが」
「の、信長さまには考えがあってのことだ、とおもいま、す!無駄ではないとおもいま、す!」
秀吉は力説する。この方は心底、信長を信じているのでしょう、厚い忠誠心だ。わたしも織田家に仕えればこうなれるのでしょうか。竹中は自分に問いかける。
「お、お給金の件ですが、下級兵士は月2貫(=20万円)から始まります。昇進するごとにお給金はしっかりあがっていきま、す。その点は心配しなくて大丈夫で、す」
「例えば、300人長の足軽大将はいくらもらえるのですか?」
「え、えーとですね。月10貫(=100万円)です。す、すくないですか?」
月10貫なので、年収120貫(=1200万円)だ。とんでもない好待遇である。斎藤家ではこの半分も貰えない。
「あ、あと足軽大将から屋敷があてがわれま、す。長屋ではなく」
「ほう。それは無料なのですか?」
「買取り式と、賃貸式のふたつありますが、みんな大体、賃貸を選びます、ね」
竹中はそれはなぜかと問うと、変わって、前田玄以が応える。
「織田家は兵農分離が進んでいるため、土地に縛られることなく、よく転勤を命じられます。その頻度が多いため、買い取りを行うひとは引退組くらいで、それ以外ではほとんど賃貸です」
なるほど、織田家は転勤が多いのか。
「ちなみに秀吉さんは転勤はいかほど経験されているのでしょうか」
「わ、わたしは10年で、計5回だったは、ずです」
2年に1度は転勤しているのか、このひとは。ひょっとしてただの人事じゃなく、武将として働きが良いのでは。
「ところで秀吉さんの役職はなんでしょう?」
「あ、あの、今年の正月に出世しまして、300人長の足軽大将になりまし、た」
あれ、もしかしてこのひとが
「勧誘書状に書かれてた、農民から300人長になったというのは、あなたですか?」
「は、はい!はずかしながら」
秀吉は赤面して、手ぬぐいで汗をぬぐう。まさか、目の前にいるひとが書状の300人長だったとは。ひとは見た目ではわかりませんね。気を付けないと。
「の、農民からでも能力があれば、織田家では出世できま、す。わたしもいまでは、部下持ちの屋敷持ちで、す!」
なるほどと竹中は頷く。だが彼にはもうひとつ気になることがある。
「合婚で有利になると書いてありますが、そもそも合婚とはなんです?」
「それは、年2回行われている、合同婚姻会のことでござる。略して合婚。主に嫁が欲しい兵士たちが女性との出会いを求めて開かれるのですが、ここ最近では、町民たちも参加するようになり、参加者1千人を超える一大イベントとなっているでござる」
前田玄以が丁寧に説明する
「もちろん、妾がほしい既婚者も参加して良いでござる。うちの信長さまは合婚で3人も妾を作ったでござる」
信長さまは精力旺盛なんだなあ、うらやましい。いや、妾が多いと言うことではなくて。
「んっんー。わたし、結婚してるんですが、あいにく美濃には帰りづらく、嫁は実家にかえっているのです」
前田玄以は、にやりという顔をして
「大丈夫でござる。妾は不倫ではござらん。立派な跡継ぎ育成のために必要なことでござる」
「そ、そうですよね、健全な跡継ぎ育成のために必要ですよね」
竹中は嫁に対する後ろめたい気持ちをごまかしつつ、前田玄以の話の続きを聞く。
「ちなみに織田家の兵士が参加するには、500文(=5万円)の参加料を支払うでござる」
「500文ですか、少々割高だとおもうのですが、かっぷる成立8割ですし、安いほうでしょうか」
「女性の滞在費などにあてるので我慢していただきたいでござる」
なるほど。女性は無料で、男性が費用をもつというわけですね。普段、女性に縁のない独身の男性に機会を与える、この企画を考えたひとはなかなか策士です。織田家兵士の士気の高さにはいつも不思議でしたが、こういうご褒美があったからなのですね。
「他国から募兵も捗るということで、これを考えた信長さまはすごいのでござる」
「え、信長さまが考案された企画なのですか、合婚って」
さすがに竹中は驚く。こんな企画を考えるなんて、よっぽどの馬鹿なのか天才なのか計り知れない。
「まあ、妾がほしかっただけなのかもでござるので、あまり手放しには褒められないでござるがな」
ううんと竹中も玄以とともに頭をひねる。
「さて、ほかに質問はござらぬか。竹中殿」
「はい。では、いつから訓練開始になるのでしょうか」
「長屋への配置と、訓練服の採寸。それとほかこまごまとした私設の利用に関しての案内などがあるでござるので、明後日からでござるかな」
「はい、ありがとうございます」
「では、質問がなければ、こちらからお尋ねするでござるが」
玄以は一拍置いて言う
「織田家に仕官する気になったでござるか?」
「はい、これからよろしくお願いします。秀吉さん、玄以さん」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします、竹中さ、ん!」
「では、幹部こーす、ご希望ということで上には話を通しておきます。長屋につきましては1時間ほどおまちください。すぐに準備をしますので」
このあと、1時間ほど竹中は秀吉と歓談をした。玄以は手続きに追われ席をたった。明後日から新しい日々が始まる。竹中はわくわくしながら訓練初日を迎えるのであった。




