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ー夢一夜の章 2- 再就職の旅

 時は3月、季節は春に移り変わり、竹中半兵衛は北近江から美濃みのの地へまた戻ってきていた。あまり稲葉山城の近くで住むのは、居心地が悪く、津島の対岸の木曽川沿いに住むことにした。


「んっんー。浅井長政さまからは結局、お声がかかりませんでしたねえ」


 織田信長と盟を結んだ浅井長政なら、他国とは違って、声をかけてくれるかもしれないと思ったが、甘かった。主君を裏切ったものは信用できないと言ったところなのだろうか。


「しかし、それにしても美濃みのに戻ってくることになるとは。人生、ままなりませんね」


 稲葉山城を奪取してから浅井領に逃げるまで、とるもの取らずであった。そのため路銀にもこと欠くことになり、生地に戻ってきてしまった。


「我ながら、すこしかっこ悪いですね」


 ははっと自嘲気味に竹中半兵衛は笑う。飛び出したのはやり過ぎたでしょうか。まあ、やってしまったものはしかたありません。なにか夕飯のおかずを増やすための策を考えましょうか。


「郵便でーす」


 飛脚が書状を携え、玄関口に佇んでいる。一体だれから郵便なんぞくるのであろうかと不思議に思いながらも、竹中はその書状を受け取る。その書状には


 ・来たれ若人!織田家ではいつでも兵を募集している。まもれ未来のひのもとの国!


 と書かれているではないか。


「んっんー。織田家の募兵は隣国にも及んでいるとは噂で聞きましたが、このような手をつかっているとは」


 さらに書状の先を読むと


 ・朝、昼の飯付き。給与は月2貫(=20万円)。幹部こーすもあるぞ!


 ふむふむと竹中は書状を読む。飯付きで給与も出るとは、すごいですね。それに幹部こーすというのも気になりますね。


 ・実例:農民出の下級兵士が300人を率いる足軽大将へ!


 ・合婚(ごうこん)で有利になります。兵士たちのかっぷる成立率は実に8割越え!


 ほうほうと竹中は書状を読むことに熱中している。


「んっんー。農民出身のものが300人も部下を引き連れれるなら、わたしは1千人長いけますね!」


 ・小牧山城下にて住処完備。物価も安くて住みやすい!


 ・入隊希望者は、織田家・小牧山在住、人事担当:木下秀吉(きのしたひでよし)まで。お手紙、直接でも構いません!


美濃(みの)にいても、生活費も残り少なく、じり貧です。ここは織田家の下級兵士から再起を図りますか」


 竹中は善は急げとばかりに出立の準備をし、庵を後にするのであった。



「竹中半兵衛がかかりました。作戦第1段階は成功です」


 伝令が矢継ぎ早に秀吉のもとへとやってくる


「目標は美濃(みの)の庵から出発し、ここ、小牧へと向かって旅をしております。2、3日中には到着するものかと」


「は、はい、わかりまし、た。引き続き、監視をおこなってくださ、い」


 竹中半兵衛包囲網はすでに開始されていたのであった。



「んっんー。関所がないおかげで、無駄に交通費がかからずでいいですね、尾張(おわり)は。物価が安いというのもうなづけます」


 関所による関賎徴収は、物価上昇にダイレクトに関わってくる。それに関所がないということは、足止めを喰らうこともなく、スムーズに尾張おわり内を移動できる。


「物、人、金の流れがすむーずなんですね。ここは。それは発展しますねえ」


 竹中はいくさには詳しいが経済には疎い。だが、そんな竹中にもわかりやすいくらい、織田家の考え方はシンプルなのである。


「要は、民が暮らしやすいための仕組みなわけですね。でも、敵は多いでしょうね」


 関所は大名だけでなく、寺社や豪族が金をとるために、自分の領土内に好き勝手に設置しているものだ。その行為を禁止させるためには途方もない労力が必要だったはずだ。それをここ、尾張おわりでは実現している。


美濃みのでやろうものなら内戦ぼっ発ですよ。よく抑えてますね、信長は」


 いくら民のためとはいえコストがかかりすぎる。実際には兵を動員して、寺社などを脅したのであろう。だが、目立っての寺社や豪族の反乱をここ、尾張おわりから聞いたことはない。竹中は信長の領地統制手腕に脱帽する。


「んっんー。こんな馬鹿げたしすてむ、実現しているのは織田家だけです」


 いくさ場の敵としてしか、今まで信長と言う人物を見てこなかった竹中であったが、尾張おわり内を旅することにより、違った面での信長の人物像に触れていく。


「天下をとろうというだけのただの馬鹿かと思っていましたが、そうではないようですね」


 信長の国の作り方は、戦国の常識から逸脱したものばかりである。常識から外れたことをする人間は馬鹿だと罵られる。しかし、信長は常識外れの政策が3周まわって、民の生活や安全にとって一番、理想に近いものとして成功している。


「いろいろと考えさせられることが多い国です。この尾張おわりは」


 竹中はいくさだけでなく、国の在り方についても思いを馳せることになる。そんな気分にさせる空気が、ここ尾張おわりにあるのであろうか。


「おう、そこの若い兄ちゃん。天麩羅てんぷらはいかがかね」


 露天商のおっさんに声をかけられる。うまそうな天麩羅てんぷらだ。ひとつ買おう。


「毎度あり!ところで兄ちゃんは、尾張おわりには何の用できなさったんや」


「んっんー。お金がほしくて兵隊になろうかとおもいましてですね」


「お、兄ちゃん。兵隊さんになるんさか。今は美濃みのとのいくさ続きで兵隊さんの募集が多いかんのう」


 じゃあとばかりに露天商のおっさんが天麩羅てんぷらをもうひとつ渡してくる


「それは、さーびすだ。兵隊になるなら、ちゃんと食べなきゃならんで。あんた、線が細いから心配やで」


 はははと竹中は笑う


「幹部候補生として就職するつもりなんで、肉体労働はそんなにきつくないと思うんですがね」


「幹部候補生か。じゃあ、あれか?もとはどっかの国の侍さんかね?」


 まあ、そんなところですと、竹中は話をはぐらかす


「幹部候補生と言えば、エリートだわさ。お兄ちゃん、偉くなっても、うちの店をごひいきにな!」


 元気なおっさんである。そして、エリートだと言われると悪い気持ちにはならない。むしろ良い気分だ。


「ええ。きっと偉くなっても通わせてもらいますので。おいしい天麩羅てんぷらですからね」


 竹中は安請け合いをする。天麩羅てんぷらの美味さはお世辞ではなく、ほんとうにうまい。流通がいいのでしょう。新鮮な野菜や魚が市場にいきわたっている証拠です。それに活気もいい。これが楽市楽座というものですか。


 ほかには、反物屋、染物屋、鍛冶屋、草鞋売り、精肉屋など多岐にわたり、繁盛している。しかも、ここは清州きよすと言った大名がおわす中心街ではない。尾張おわりに点在する町々だ。尾張おわり国内が盛況なのである。


「んっんー。これが織田家が1年中、兵士が戦える原動力となる、資金源なわけですか。まあ、それがわたしのふところに入ってくるようになるわけですから、悪いものではありませんね」


 すっかり、織田の一員になったかのような言動を行う竹中であった。そして歩をさらに進め、小牧山に向かっていくのであった。



「伝令!こちら、露天商役のものです。竹中半兵衛はもくろみ通り、織田の兵士になろうと小牧山へ順調に目指して、旅をしております」


 伝令は小牧山で待機している、木下秀吉きのしたひでよしに詳細を伝える。


「は、はい。ではあと、1両日中には、ここ小牧山へ到着します、ね。ま、迷子にならないよう、それとなく誘導をおねがいしま、す」


「ははっ、わかりました!」



「んっんー。のんびりしすぎたせいか3日ほどかかりましたが、無事、小牧山につきました。さて、人事部はどこでしょうか?」


 竹中は尾張おわりの町々を巡りながらのんびりと旅をし、やっと小牧山にたどりついたのであった。そして、きょろきょろと周りを見ていたところ


「おーい、そこのきみ。入隊希望者か?」


 伸長170cmはあろうかと言う、巨漢の男が竹中に声をかける。


「はい。入隊に関する書状を見て、美濃みのからやってきました」


「では、そこの角を右に曲がって、まっすぐ5分ほど行ったところが人事部の事務所になるから、そこで秀吉さまに挨拶してもらえるかな」


「はい、わかりました。右にまがって真っすぐですね、ありがとうございます」


 そういって、竹中は事務所に向かって歩いて向かって行くと、目の前に「織田家 人事部 採用課」と書かれた看板が立てつけられた屋敷があったのである。竹中は事務所の戸を横に開き、中にはいる


「ごめんください。だれかいますか?」


「はいはいはい。お待ちを。今、でますので」


 そこに現れたのは、織田家家臣、前田玄以まえだげんいであった。


「あら、入隊希望者でござるか?」


「はい、美濃みのから来ました」


「そうですか、そうですか。今、人事のものを呼びますので中へどうぞでござる」


 そう言われ、竹中は中へ案内されると、板の間の部屋へ通された。


「汚いところでござるが、どうぞこちらに座って待ってくだされ」


 前田玄以まえだげんいに促されるまま、座布団に座る。すると、女性がお茶を持ってきてくれた。そのお茶を少し飲み、5分ほど待つと、屋敷の奥から声が聞こえた。


「やあやあ、美濃みのからご足労、い、痛みいる。わたしが人事担当の木下秀吉きのしたひでよしで、す」


 運命の二人の邂逅が「織田家 人事部 採用課」で行われた瞬間であった。

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