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ー楽土の章35- 斉藤利三の乱

 運命の日は刻々と迫っていた。1582年5月30日午後3時。家康は同行していた自分の家臣たちを連れて、堺見物へと向かおうとしていた。


「堺に行くのは何年振りでござるかなあ?信長殿が足利義昭あしかがよしあきの手によって、包囲網をしかれる前だったでござるかなあ?」


「はははっ。想えばあれから10年以上、経っているんですね。あの時はまだ、浅井長政くんとも仲良くつるんでいたものです。ですが、気付けば、先生と友を続けているのは家康くんのみとなってしまいましたね?」


「信長殿。まだ、長政殿を討ったことを悔やんでいるのではないのでござるか?あれは仕方のなかったことでござる。信長殿が気に病むことではないのでござるよ?」


 家康が何か憂い顔の信長に対して、慰めの言葉を贈るのであった。


「何年経っても、長政くんのほがらかに笑っていた顔が忘れられませんね。お市は未だに長政くんの喪に服して、城から一歩も出ていません。お市の気晴らしになるようなことを先生はできずにいるわけですよ」


「それなら、いっそ、お市殿に新しい旦那を作るというのはどうでござるかな?そうすれば、長政殿のことも少しは忘れられると想うのでござる」


 家康の助言に、信長はふむと息をつく。


「それは良い考えかも知れませんね。お市は織田家うちの家臣たちのアイドル的存在なのは、今でも変わりませんし、誰か、良いひとを見繕ってみるのも悪くありませんね?誰が良いですかねえ?筋肉だるまの勝家かついえくんにだけはあげたくないですがね?」


「はははっ。存外、お市殿は筋肉だるまを愛してやまない性癖かも知れないでござるよ?ものは試しに勝家かついえ殿のことを打診してみてはどうでござる?」


「はあ。何か嫌な予感がしますねえ?勝家かついえくんは奥さんの香奈さんが亡くなってから早4年が過ぎようとしていますし、勝家かついえくんとしては奥さんの喪は終わっています。ひょっとすると、勝家かついえくんはお市を喜んで迎え入れてくれたりするんですかねえ?」


 柴田勝家しばたかついえの正妻である香奈は4年ほど前に流行り病にかかり、そのまま、体調が元に戻ることなく、亡くなってしまっていた。勝家かついえは香奈を亡くしたことにより、三日三晩、泣き続けたのであったが、勝家かついえはその悲しみの表情を決して、周りには見せなかった。


 だが、4年が経った今でも、勝家かついえは新しい正妻を迎えることはなく、そのことにより、周りは勝家かついえが香奈を亡くしたことを悔やんでいることは自然とわかっていたのである。


「まあ、勝家かついえくんとお市のことについては、二人に任せましょうかね。惚れた腫れたなんて、結局はその二人の問題なんですし。お市をこのまま尾張おわりの城に預けておくよりは、新天地である北陸にでも引っ越しをさせたほうが気晴らしになるでしょう」


 信長は後日、お市を勝家かついえの元に送ることになる。愛しいモノを失くした同士である、勝家かついえとお市は馬があったのか、仲睦まじくなり、やがては再婚を果たしてしまい、こればかりは信長の予想の上を行くことになるのであった。


 さて、話を戻そう。家康一行が堺見物へと旅立ち、5月30日午後4時。京の都でとある事件が起きる。なんと、本能寺が失火により焼亡してしまったのだ。


「あちゃあ。やっちまったあああ。おい、久秀。だから、火の扱いには注意しろとあれほど言っていただろうが!」


「ふはーははっ!これは失敗したのでござるよ。いやあ、本能寺をライトアップしようと、提灯を軒さきに30個ほどぶら下げていた最中に、季節外れの強風に煽られるとは想わなかったのでござる!」


 佐久間信盛さくまのぶもり松永久秀まつながひさひでが、信長を楽しませようと、本能寺を提灯でライトアップしようとしたところに、いたずらな風が吹き荒れて、提灯に仕込まれた蝋燭の火が本能寺へと燃え広がるという、とんでも事件が起こったのである。


 焼け落ちていく本能寺を信盛のぶもりと久秀があちゃあと言う顔になりながら、さて、どこに雲隠れしようものかと想っていたところに、信長が眉間に青筋を立てて、二人の肩を両手でガシッと掴むのであった。


「きーみーたーち!?先生の宿泊先を紅蓮の炎で包んでくれるとは、やってくれたものですよね?ちょっと、腹でも切って、先生に詫びを入れてくれませんかね?」


「いやいやいや!ちょっと待ってくれよ!本能寺をライトアップしようと言い出したのは、久秀のやつだぜ?俺はただ、その手伝いをしただけだって!」


「ふはーははっ!これはひどい言いぐさなのでござる!信盛のぶもり殿だって、もっと華やかになるようにと、提灯の数を予定の2倍に増やそうと言っていたではないでござるかな!?」


 互いに罪を擦り付け合う信盛のぶもりと久秀であったが、信長は意に介さず、彼らの腹めがけて、神域に達する御業バージョン3を叩きこむのであった。


「ふう。すっきりしました。しっかし、本能寺に先生が集めた名物の数々を搬入していなくて良かったことだけでも幸いでしたよ。さて、今夜はどこに宿泊しましょうかねえ?信忠のぶただくんたちが寝泊まりしている二条の城にでも行きますかあ」


 本能寺が焼亡したことにより、信長はその日の夕方には、二条の城へと移動を済ませていたのだった。この時点で、斉藤利三さいとうとしみつが計画していた謀反は水泡に帰していた。だが、まさか、襲撃先の本能寺が襲撃実行日の前の晩には焼亡しているなど、利三としみつが知るよしもない。


 時間は進み、6月1日午前1時。亀山城に集まる光秀隊、いや、利三としみつに乗っ取られていたので利三としみつ隊と言ったほうが正しいだろう。その兵数2万の軍隊が、光秀に扮した秀満ひでみつを先頭に亀山城から京の都、本能寺へと進発する。


 もちろん、利三としみつ隊の兵にはこの時点では何も知らされていなかった。さすがに利三としみつ隊の面々は西方面ではなく、京の都の入り口に到達した時には、各兵たちは不審がり、利三としみつに問いただす。


「ここまで黙っていたのは、本能寺に滞在する徳川家康を暗殺するためなのでござる。徳川家は大きくなりすぎたのでござる。光秀さまは信長さまより密命が下されたのでござる。織田家が天下統一を果たすために真に斬らねばならぬのは、徳川家康なのでござる!」


 利三としみつの鶴の一声により、利三としみつ秀満ひでみつに率いられてきた兵は納得せざるをえなかった。だからこそ、利三としみつの手による謀反は成功しそうになっていた。だが、運命のいたずらにより、利三としみつが本能寺へとたどり着いたときには、その本能寺自体がこの世から存在を消されていたのだ。


 利三としみつ隊が本能寺の門前に辿り着いたのは6月1日の午前4時半であった。この日の夜はさくであり、周辺は真っ暗闇。さらに、織田家は関所撤廃を徹底しており、亀山城から本能寺までの道のりで利三としみつ隊を防ぐモノなど何もなかった。だからこそ、利三としみつ隊は本能寺まで無難に辿り着けた。


 だが、肝心の本能寺が焼亡していた。利三としみつはおおいに慌てることとなる。


「い、いったい、どういうことでござる!?本能寺がすでに焼け落ちているのでござるぞ!?」


「と、利三としみつ殿!どうするのでしゅ!?本能寺が焼け落ちているということは、家康もここには居ないということになるのでしゅ!」


 何を今更、家康がどうこうとか言っているのでござるか!と叫びたくなる気持ちを必死に抑える利三としみつである。だが、兵たちは利三としみつ秀満ひでみつの動揺を敏感に察知し、二人を疑わしい眼で視ることになる。


 利三としみつが次に取った言動に兵たちは自分の耳を疑わざるをえないことであった。


「に、二条の城でござる!二条の城に家康がいるのでござる!」


 利三としみつにとってはやぶれかぶれの発言であった。本能寺が焼けた今、信長が行く場所は限られている。京の都に設置されていた織田家の政務用の屋敷と、二条の城のどちらかであった。利三としみつは賭けに出たのである。


 本能寺から二条の城までは距離にして4~5キロメートルほどしかなく、利三としみつ隊が素早く動ければ、ひょっとすると、信長を討ち取れたかもしれない。だが、そうはならなかった。利三としみつ隊は2万もの兵数であり、やはり、この数の兵が京の都に押し入れば、異変が起きたことなど誰しもが勘付くことなる。


 6月1日午前5時。利三としみつ隊は二条の城へと矛先を向けて、本能寺跡地から進発する。その30分後には二条の城の眼下まで押し迫ることに成功したのだが、如何せん。さすがは逃げ上手の信長である。信長は信忠のぶただとその妻子である松姫、3歳になろうとしていた三法師を連れて、堺方面へと脱出した後だった。


 何故、堺方面へと信長が逃げたかと言えば、この地には、四国征伐のために総勢8万もの軍を集めていた信長の三男・信孝のぶたかが居たからである。信孝のぶたかは信長の来訪におおいに驚くことになる。


 だが、信長は信孝のぶたかより全権を奪い取り、四国征伐の兵をそのまま、二条の城を囲む賊たちの征伐のために動かすのであった。


信孝のぶたかくん。申し訳ありませんが、四国征伐は延期です。それよりも二条の城にはのぶもりもりを始めとした諸将たちを残してきました!事は急を要します!」


「わ、わかりました。それがしの兵を持って行ってくれでごじゃる!のぶもりもり殿は今は引退した身と言えども、織田家うちにとって大功あるお方でごじゃる!」


 信長は信孝のぶたかより兵5万を奪い取り、二条の城にて、賊を食い止めている、信盛のぶもり村井貞勝むらいさだかつ松永久秀まつながひさひでたちを救うべく、再び、京の都へ舞い戻って行くのであった。

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