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ー夢一夜の章 1- 愛

「んっんー。正月の余興としては、最高ですね!」


 竹中半兵衛は右手に血に濡れた刀。左手には首級くびを持っていた


「な、なぜじゃ、なにゆえこんなことをした!竹中半兵衛!」


「それは、できるかどうか一度やってみたかったからです」


 おびえる斉藤龍興さいとうたつおきは、部屋の隅へ逃げる。それを無機質に見つめる竹中半兵衛。


「んっんー。つまらないですね。本当に。そこは、なにやつ、出あえ出あえ、でしょ」


 竹中半兵衛は刀を龍興の眼前に突き出す。龍興たつおきは、ひといとしか言わない。せっかく、退屈していた龍興たつおきさまのために趣向をこらしたというのに。


「さて、龍興たつおきさま。城はわたしたちが奪いましたので、逃げてください?」


 龍興たつおきはどたばたと大きな音を立て、襖を押し倒し、廊下へと逃げていく。


「おい、半兵衛。このあとどうする気だ」


 しゅうと安藤守就あんどうもりなりが尋ねてくる。竹中は左手に持った首級(くび)を無造作に投げ、応える


「んっんー。余興とは言わず、いっそこのまま大名・竹中家と名乗っちゃいましょうか」


 そんなのは無理だ。手勢15名で城を奪い取ったのはいいが、守り切れるわけがない。竹中は嘆息し


「やれやれ、せっかく奪った城なのに、すぐ手放すことになるとは。残念です」


 ですがと続ける


「15人でとれちゃう城なんかに価値なんかありませんね」


 安藤守就あんどうもりなりは、そうではないと言う


「このあとどこへ行く気だと聞いている。貴様、このまま出奔する気ではなかろうな」


「んっんー。出奔ですか、それもいいですね!わたしの才能を買ってくれるところを探しましょうか」


 竹中は安藤守就あんどうもりなりに向き直し、一礼をする。


「とんでもない娘婿で申し訳ありませんでした。わたしはこの責任をとり、斎藤家を去ります。しゅうと殿にはご健在であられますよう、お祈りします」


 おいと安藤守就あんどうもりなりは、竹中に呼びかける。だが竹中は振り向かず部屋の外に出る。


 時は1565年正月。場所は竹中半兵衛の一派に占領された稲葉山城のことであった。



 竹中半兵衛が稲葉山城を乗っ取った噂は、瞬く間に隣国に知れ渡った。


「竹中半兵衛、恐ろしいやつだぞ。そんなやつを家臣にすれば、いつ寝首をかかれるかわからんぞ」


 浅井長政の言である。好き好んで主君に謀反を起こす人間なんぞ召し抱えるものなどいない。長政の判断は常識的なものである。


 だが、この男は違った。


「あの稲葉山城をたった十数名で落としてしまうとは、さすがです。先生、彼がほしいですよ!」


「おい、馬鹿。寝首をかかれたらどうすんだよ」


 織田家では、正月の祝いで尾張(おわり)中の諸将が小牧山城に集まっていた。その中の織田信長と佐久間信盛(さくまのぶもり)の会話である。


「のぶもりもりだったら、十数名で清州(きよす)城を落とせますか?」


「んー。無理だな。5千人は欲しい。でもよ、主君を裏切るやつだ。殿(との)の身があぶねえ」


「先生は斉藤龍興さいとうたつおきとは違います。多分ですが、彼は重用されないのを恨みに思っての犯行だとおもうのですよ」


「確かに、やつは戦功のわりには、いつも合戦で出てくるときは、500ほどの小勢だ。報われてないのは確かだ。だがよ、他国じゃ身分で出世度合が決まってんだ。重用されなくて当然じゃねえか」


 戦国時代は立身出世しほうだいに思えるかもしれないが、それはまったくほとんど言ってそれはない。出世は出身や、親の身分で決まっている。武田家の軍師、山本勘助は浪人から300人の足軽大将までしか出世できずに、この世を去った。


「だから、それが不満なのです。仮にのぶもりもり、あなたが自他とも認める、天下の名将だったとしましょう。そんなあなたが、500しか兵を貸してくれない主君と、5千を与えてくれる主君ならどちらを選びますか?」


「5千を与えてくれる主君だ。だがよ」


「では、隣国にその5千を与えてくれる夢の国があったらどうしましょうか?」


 信盛のぶもりはむむむと唸る


「ガハハッ!殿との、いじわるでもうすよ。当然、5千与えてくれる方になびくでありもうす。信盛のぶもりはそれより、その5千で殿とのを裏切ないかどうかが心配なのでもうす」


 柴田勝家しばたかついえ信盛のぶもりに助け船をだす。


「そ、そう。そこだよ、そこが心配なんだよ。主君を裏切った人間だ、そこが心配なんだよ」


 でもと信長は言う


勝家かついえくんは裏切りませんよ?」


「ガハハッ!これは一本とられたでもうす。信盛のぶもり殿、我輩たちの負けでござる」


 織田信長が尾張おわり内で家督争いをしていたときに、勝家かついえは信長の弟、織田信勝を担いで、信長に反旗をひるがえした。だが、いくさが終わればそれは不問にされ、それ以降、勝家かついえは信長に忠誠を誓っている。

 いまや、2千以上の兵を任せられているが、その忠臣ぶりは織田家随一といっても過言ではない。


「ようは処遇ですよ。主君が部下を絶対に信頼している。それを示せるかどうかです」


 殿とのは相変わらず甘いなあと思いつつ、信盛のぶもりは右手で頭をかく。


「で、肝心の竹中半兵衛は今、どこへ行ったんだ?誘おうにも場所がわからないんじゃ、どうしようもないぜ」


「か、風のうわさでは、浅井領に逃げていったとのことで、す」


 秀吉が話に混じってくる。彼は今や、300人を率いる足軽大将となっている。農民の出でありながら破格の出世だ。


「あれ、秀吉くん。きみも彼に興味あり?」


「は、はい!た、竹中半兵衛をわたしの部下にほしいです!」


 祝いの席は、笑いの渦に包まれる。


「ははは、猿。それは無理ッスよ、やつは500の小勢に不満を持って飛び出したんッスよ」


 前田利家まえだとしいえが大笑いしている。


勝家かついえさまや、信盛のぶもりさまならともかくとして、猿はさらに少ない300じゃないッスか」


 猿は笑われたことに対して、顔を真っ赤にして抗議する


「で、ですが、た、竹中半兵衛は学のないわたしの右腕としてほしいので、す」


 猿は知恵は回るが、槍働きに関してはいまいちなのである。それを補うためにも竹中の腕がほしいのであろう


「秀吉っち。戦うことばかりがいくさじゃないっすよ。それに竹中っちは、みんなが欲しがってるっすよ」


 伊勢攻略を担当している滝川一益たきがわかずますだ。年末に北伊勢きたいせの豪族、関氏を口説き落とし、北伊勢きたいせの地を丸ごといただくことに成功した。その功で、亀山城の城代として出世を果たしたのである。


「秀吉っち。焦る気持ちはわかるっすけど、農民から足軽大将にまで出世したのは今までに秀吉のみっす。それだけでもすごいっすよ」


 いやみっすかね。城代しろだいになった自分がいうのは、と一益かずますは思う。


「わ、わたしは、もっと出世して、と、殿とののお役に立ちたいので、す」


 猿は、ますます顔を真っ赤にして抗議する。そして、急にはっとした顔になり、少しおちついて、信長のほうに向く


「わ、わかりました!竹中半兵衛の気持ちが」


「ん、なにがどうしたのです?」


「た、竹中半兵衛が今回の事件を起こした理由がわかりました!」


 猿はおもいっきり息を吸い込み、吐き出す。少しづつ心がおちついてくる。しかしながら顔は猿のように赤面したままで言う


「た、竹中半兵衛は斉藤龍興さいとうたつおきを主君として、あ、愛してやまなかったのです」


「ほう。それは新説ですね。続きをお願いします」


「ですが、み、認められなかったのです。もっと龍興たつおきに認められて、役に立ちたかったので、す。彼は」


 でもと、猿は言う


「でも、それはか、叶いませんでした。叶わなかった理由まではわかりませ、ん。男女関係なく、惚れた相手に認められない場合はどうなるの、か」


 ああ、なるほどと信長は言う


「そういえば、利家としいえくんも同じようなことしましたね。昔」


「ああ、あれッスかあ。いやなこと思い出させてくれるッスね」


 利家としいえは痴情のもつれで信長の小姓を叩き切った経歴がある。それで2年間の自宅謹慎を命じられたのだ。


「あの件と竹中半兵衛も同じと言いたいんッスか?」


「そ、そういう関係であったかはわかりません。ですが、主君を溺愛していたとす、推測します」


「確かに、龍興たつおきを殺さず逃がした点といい、納得できる推理です」


「でもそうなるとッスね」


「はい、そうですね、困ったことになりました」


 話を聞いていたみんなは、うーんと頭をひねる。信長が開口する


「竹中半兵衛を召し抱えるには、惚れられなきゃならないってことになるのですか」


「聞く限り、病んでるっぽい思考回路なんッスけど、だれが勧誘の担当するッスか?」


「惚れられるのはいいですけど、期待を裏切ったら刺されそうですね。懐剣でぶすりと」


「少しは刺されてみてもいいんじゃないの?殿とのは。毎年、合婚ごうこんに出やがって。めかけ、今何人だよ」


 信盛のぶもりが横やりをいれる。


「それとこれとは話は別でしょうが。よし、この件は猿に一任しましょうか」


「そうッス。それがいいッス。猿。じぶんでいうのもなんッスけど、斬るときは頭に血がのぼってるから、気付いたら殺してたッスよ」


「え、ええ。ま、任せてもらえるのはうれしいのですが、危険手当はでるんでしょう、か」


「痴情のもつれは個人的問題なので、危険手当はでないかもしれませんね」


 皆は、秀吉の肩をぽんと叩いていく。そして祝いの場の酒や食べ物に手をつけていく。


「え、ええ?わ、わたしで本当にいいんですか?」


 皆はなるべく猿と目をあわせないようにしている。危険に飛び込むのはいつも若手の役目なのだから。

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