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ー楽土の章23- 天主

 安土城の6階部分の八角の部屋に描かれている三皇五帝、孔門十哲、商山四皓、七賢について軽く説明をしよう。


 まず、七賢とは竹林の七賢のことであり、中国晋代に、俗塵(ぞくじん)を避けて竹林に集まり、清談を行った七人の隠士。阮籍(げんせき)嵆康(けいこう)山濤(さんとう)向秀(しょうしゅう)劉伶(りゅうれい)阮咸(げんかん)王戎(おうじゅう)のことを指す。


 次に、商山四皓とは中国秦代末期、乱世を避けて陝西(せんせい)省商山に入った東園公・綺里季・夏黄公・甪里(ろくり)先生の四人の隠士である。これもからの国の歴史をかじっている人間にはわかりきっている話であった。


 さらに孔門十哲とは、孔子の門人で、特に優れた10人である。徳行に優れた顔回・閔子騫(びんしけん)冉伯牛(ぜんはくぎゅう)・仲弓、言語に優れた宰予・子貢、政事に優れた子有・子路、文学に優れた子游・子夏たちのことだ。


 最期に三皇五帝とは、三皇:伏羲(ふくぎ)、ジョカ、神農(しんのう)の中国における最高神に位置する大神おおかみたちである。そして、五帝とはからの国における5人のみかどたちである。


 さらには、この絵は狩野永徳自身が描いたものであり、まるで、壁や襖からその人物たちが生きて、この世に飛び出してくるのではなかろうか?という疑念すら皆に想わせるほどの出来栄えであったのだ。


「す、すごいのでもうす。これほど生き生きと描かれた絵など、視たことが無いのでもうす。しかし、そんなことは関係なのでもうす。殿とのはこの6階が【世界の中心】であり、世界の中心の神々が住まう部屋だと主張したいのでもうすな?」


「はい、解説ありがとうございます、勝家かついえくん。その通りです。釈迦の間に続き、世界の中心の間となっています。さて、やっと、5階から上は天上界だという意味がわかってもらえたと思います。さて、最後の【天主】へと登りましょうか」


 信長が最上階である安土城天守閣へと皆を促そうとするが、皆は聞きなれない【天主】という言葉に疑念を持つことになる。


「信長さま?【天守】じゃないッスか?天を守るじゃなくて、天の主で【天主】ってどういうことッスか?」


 利家としいえがそう疑問を声にする。信長はふふふっと笑みをこぼしただけで、上の階へと続く階段を先に登っていくのであった。各将たちは、まだ何か仕掛けが残されているのかと、少しわくわくしながら、安土城の最上階へと進んでいくのである。


「あ、あれ?この部屋は黒漆塗りの柱と金箔張りの壁だけなんッスね?しかも正方形の部屋になっているだけで何も目新しいものなんて無いッスよ?。ここは何のための部屋なんッスか?」


 利家としいえたちを始め、各将たちは、この部屋の意味が全く持ってわからない。だが、ひとり、この部屋の意味に気付いた者が居た。


「ふっふひいいいいいいいいいいい!信長さまは、不遜が過ぎるのでございますうううう!」


 そう叫び出したのは、いつも沈着冷静が売りの明智光秀であった。彼は右手の人差し指から小指までを歯で咥えながら、その身をがくがくぶるぶると振るわせるのである。


「い、いったい、どうしたッスか!光秀、気をしっかりもつッスよ!」


「と、利家としいえ殿には、この部屋の。いや、この安土城の意味がまだわからないのでございますか!?信長さまが、この城を城とは呼ばずに【神殿】と呼んでいた意味がこの最上階の【天主】に全て凝縮されているのでございます!」


 光秀が白目を向き、口から泡を飛ばしながら、そう叫ぶ。信長はその光秀の姿を視て、さすが光秀くん、聡いですねえ?と呑気に考えていたのだった。


「何故、これほどまでに、光秀殿の様子がおかしいのでござる?誰か、解説をお願いするのでござる!」


 そう叫ぶのは徳川家康であった。彼にはまったくもって、光秀の気がふれた理由がわかっていなかったのである。


「あーあ。光秀は優秀だなあ。殿とのの解説を聞く前に気づいちまったかあ。俺と丹羽にわは安土城建設に1枚噛んでいたから、事前に殿とのから、この城、いや【神殿】だな。この神殿が意味するところを知っていたけど、殿とのから聞いた当時は、ついに世界一番の大馬鹿になったのかあって想っちまったもんなあ?」


「たらららーん!ここまでくると偉業というよりはそれすら通りこして、世界一の大馬鹿なのですー。こんな神殿を造った人物なんて、デウスの教えの神話に出てくる【バベルの塔】の王様くらいなのですー」


 バベルの塔とは、バビロンの王が神々がいる天の国へと到達するために造られた塔である。だが、その塔は神々の怒りを買い、神鳴りを喰らわされて、崩壊したのであった。


丹羽にわくんは失礼ですね?あの王様は天の国へは到達できませんでした。だけど、先生は天上界に見事、到達しているのですよ?あんな王様と一緒にされては困りますよ?」


「不遜、不遜なのでございますううううううう!信長さまは5階に釈迦、6階に世界の中心たる三皇を住まわせて、さらに、信長さまはその上に座していると宣言しているのでございますうううう!」


「ど、どういうことでもうす?光秀よ。もっと、わかりやすく説明するのでもうす!」


 勝家が光秀の動揺っぷりに感化され、自分の肌にも泡立つモノを感じていた。この時点で、勝家かついえ自身にも応えがうっすらとわかっていたのである。


「信長さまは、釈迦、中華の大神おおかみたちを越えた存在だと宣言しているのでございますううう!だからこそ、この最上階の壁には何も描かれていないのでございますううう!自分と並び立つ大神おおかみたちは居ないと、宣言しているのでございますううう!」


「な、な、なんとでもうす!殿との!これは、いけないのでもうす!これは明らかにひのもとの国のみかどすら、敵に回す行為なのでもうす!」


 光秀や勝家たちはおおいに慌てふためくことになる。だが、信長はケロリとした顔つきで


「だから、先生は第六天魔王信長なんです。この世、あの世、そして天上界、さらには浄土の如来たちよりも偉いのです。だからこそ、それを象徴するための神殿を造ったわけなのです」


「だ、誰ッスか?なんで、信長さまがここまで気が狂うまで放置したんッスか!?」


「ん…。利家としいえ。多分、誰か居たとしても信長さまを止めることはできなかったと想う。だって、丹羽にわ殿がプロデュースした神殿だもん」


「あっ、佐々(さっさ)。その通りッスね。信長さまが丹羽にわに安土城普請役に任命した時点、こうなる運命だったんッスね。あーあ。この国のみかどすら敵に回すんッスかあ。これは、織田家は滅亡するのが確定になったッスね。俺、どこかよその大名に仕えてきて良いッスか?」


利家としいえくーーーん?何か、すっごく先生に対して失礼なことを言っている気がするんですけど?あと、言っておきますけど、先生はみかどと対立する気はありませんよ?その証拠に安土城の1階部分にみかどを招くための大広間を造ったわけですから」


「ダメッス。信長さまは確信犯的にわざわざ1階部分にみかどが滞在する部屋を造ったッスね?さっき、言ってたじゃないッスか。4階から下は地上界だってッス」


「そうですよ?みかどはこのひのもとの国に降り立ったイニシエの大神おおかみたちの血脈なのですし。だから、当然、地上界にみかどが滞在できる部屋を造ったわけなんですよ」


「たらららーん。みかどはある意味、すごい存在なのですー。血肉を伴ったままに現世に降臨した大神おおかみそのものなのですー。地上界はみかどに担当してもらうという表現が正しいわけなのですー」


丹羽にわ。それはそれで理屈としては正しいッスよ?でも、天上界には信長さまが全ての大神おおかみを超えた大神おおかみとして、君臨しているんッス。これは大問題に発展する可能性があるんッスよ?」


 安土城、いや、安土神殿の異様さに丹羽(にわ)信盛(のぶもり)以外の者たちが震え上がっていた。だが、信長はただ悠然としたたたずまいで


「ふふふっ。はははっ。あーはははっ!さあ、先生を拝み、奉りなさい!そして、ひれ伏すのです!ここに今、全てを越えた大神おおかみが誕生しました!今日は第六天魔王信長の生誕祭となるのですよ!」


 信長がそう宣言した瞬間、安土城の外は青空だというのに、ピカッ!ゴロゴロゴロゴロッ!と雷鳴が轟くのである。


「か、神鳴りがなっているッス!本当に信長さまは神になられたッス!この外で鳴り響く、神鳴りがそのあかしなんッスか!?」


「ん…。利家としいえ、落ち着いて、現実を受け入れよう。信長さまは神に成った。よっし、飲めや歌えやで騒ごう」


佐々(さっさ)、冷静ッスね。わかったッス。こうなれば、酒を飲みまくって、記憶をなくすッス。こんなの正常な神経じゃ、受け入れられないッス!」


「ガハハッ!我輩の脳みそも理解しきれずに、ぐつぐつと煮えたぎっているのでもうす。さあ、飲もうでもうす!殿との、宴会場はもちろん、用意されているのでもうすよな?」


「はい、勝家かついえくん。先生の、いや、神の生誕祭の準備は整っていますよ?安土の城下町で、いや、この場合は門前町になるんですかね?まあ、どっちでも良いですか。ひのもとの国全土の酒や美味いものを集めさせて、屋台を開かせているので、そこに行きましょうか?丹羽にわくん、信盛のぶもりくん。皆を案内してもらえます?」


「たらららーん!信長さま生誕祭の始まりなのですーーー!飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎを1週間ほど続けるのですーーー!」


「はははっ。丹羽にわもやっと肩の荷を降ろせるなあ。よっし、丹羽にわ。今日はたくさん飲めよ?俺が幹事を引き受けるからな?」


 信盛のぶもりがにこやかな顔つきで、丹羽にわにねぎらいの言葉を送るのであった。丹羽にわが居なければ、これほどまでの神殿を造れなかったなあと素直に感心する信盛のぶもりであった。

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