ー楽土の章22- 安土城内 ご案内
信長が各地方に散らばる将たちに召集をかけてから約1カ月後の1579年5月11日。この日、信長は約3年かけて建築し終えた安土城へと入城を果たす。その際、信長は丹羽、そして信盛と共に各将たちに安土城の案内をするのであった。
「では、まずはですね。この御影石に二礼二拍手一礼をお願いします。これを先生自身だと想って、ありがたやあ!ありがたやあ!とお願いしますね?」
まず、織田家の将たちが案内されたのは安土城の中に入る前の大きな広場にある、高さ2メートル、横は3メートルもあろうかという御影石であった。
「ガハハッ!これはいったい、どこからツッコミを入れるべきなのでもうす?信盛殿?」
柴田勝家がややあきれ顔で信盛に問うのである。
「殿の言いでは、ここの広場までは俺たちみたいな将だけじゃなくて、民たちも入ってこれるようにしてるみたいだぜ?殿は神さまだから、御神木ならぬ御神石ってことらしい」
「ううむ。しかも、その民たちから拝観料を50文(=5000円)取るのでござるよな?誰も、拝みにこないのではないのでござる?」
そう言うのは久方の登場である家康であった。彼もまた、信長の召集に応じて、安土城へとやってきた口であった。
「家康くんは失礼ですね?先生は現世に降臨した神そのものですよ?第六天魔王信長なのです。民の皆さんたちは、喜んで50文(=5000円)を支払って、この御影石の前で二礼二拍手一礼をしてくれることでしょうよ!」
信長さまのどこにそんな自信があるのであろうか?と皆が不思議がるのであるが、後日、この広場は民衆であふれ返ることになり、二重に驚くことになるのであった。それもそうだろう。びわ湖の南に前代未聞の城とも呼べぬようなモノが建造されれば、誰だって、一度は近くまで向かい、その全容を眺めたくなるものだ。
織田家の将たちはやれやれといった感じでその御影石の前で二礼二拍手一礼を行い、ありがたやあ!ありがたやあ!とおおげさに声をあげるのであった。それに気分を良くした信長は次に安土城内部へと皆を案内するのである。
「ん?広場を外れてどこに向かっているんッスか?すぐそこの入り口から安土城の中に入るんじゃないんッスか?」
「たらららーん!利家殿。安土城は地下1階と上は7階まであるのですー。この城は前にも言いましたが、城とは想わずに信長さまの神殿だと想ってほしいのですー」
「丹羽殿。なるほどッス。でも、なんで地下室なんて造ったんッスか?何か細工でもしてあるってことッスか?」
「もちろんなのですー。さあ、早く行くですー」
利家たちは地下に何があるのだろうかと想いながら、丹羽や殿についていくのである。確かに、広場から一段降ったところに、入り口があり、そこから皆は安土城に入場していくのである。
「ん…。この地下室に石が積んであるのはもしかして、宝塔なの?」
佐々がそう、殿に問いかける。
「はい。そうですよ?仏の教えで、宝塔は如来たちの化身です。やはり、先生は神であるので、如来たちとも仲良く同じ城に住まなければならないと想いましてね?」
「たらららーん。仏の教えでは地面から宝塔が生えてくるエピソードというのがあるのですー。それに習い、地下一階にはこのような細工を施しているというわけなのですー」
「ん…。丹羽殿、解説ありがとう。でも、殿、地下にこんな細工をするのは良いんだけど、殿はその上に住むことになるんだよね?それって、仏に対して、不遜じゃないのかな?」
「なーに言っているんですか?そんなの、先生があらゆる神や仏よりも偉い存在なのだから、当たり前なのです。ほら、よく言うじゃないですか?俺は今、神をも超えた存在に到達した!っていう、気がふれたひととかいるでしょ?」
「ん…。それって、殿の気がふれたって解釈でいいのかな?」
「佐々。それ以上は言わないでおくッス。せっかく気分良く解説している信長さまの機嫌を損ねてしまうッスよ?」
「ん…。それもそうだね。信長さま。地下室がじめじめしているから、とっとと上の階に行こう」
「しょうがありませんね。では、次はいよいよ、安土城の1階になります。皆さん、はぐれないようについてきてくださいね?」
信長が意気揚々と皆の先頭を歩き、それに続いて、将たちがゾロゾロとついていくのであった。
「はい。ここが安土城の表層一階部分です。ほーら、見事に吹き抜けとなっているでしょう?」
信長が1階の中心部まで皆を案内したあと、顔を上に向け、さらに右腕を上に伸ばす。将たちは、その異様さに想わず、おおおと感嘆の声をあげてしまうのである。
「な、なんなんっすか!?吹き抜けにするとは聞いていたっすけど、城の中心部を空洞にするなんて、信長さまっちは馬鹿なんっすか!?」
「馬鹿とは何ですか?失礼ですね、一益くんは。先生は馬鹿ではありません。神です。第六天魔王信長です」
信長がそうきっぱりと滝川一益に言いのけるのである。一益はそんなことは聞かなかったフリをしつつさらに
「うおおお。すごいっす!あの3階部分あたりにあるのは吊り橋っすよね?なんで城の中に向こう側に渡るための吊り橋なんか設置したんっすか?やっぱり信長さまっちは大馬鹿者なんっすか?」
「なんども言いますが、大馬鹿者ではありません。第六天魔王信長です。いい加減にしないと、河尻くんあたりにケツ罰刀を叩きこませますよ?」
「す、すまないっす。で、でも、こんな城、今まで視たことも聞いたこともなくて、この驚きをどう表現したらいいかと想ったら、もう大馬鹿者としか表現できないんっすよ」
「まったく。一益くんの語彙力は馬鹿と大馬鹿しかないんですかねえ?今度、細川くんに歌会でも開催してもらいましょうか?古今東西の歌を知れば、一益くんの語彙力もあがるでしょうしね」
細川殿の歌会っすか。あれは地獄の筋トレも含まれているから、大変だと聞いているんっすよねえと想うが口には出さない一益であった。
さて、1階部分は部屋が多数あり、その部屋の壁、襖には風景画や鳥獣画がきやびらかに描かれていたのである。皆はほうほうと頷きながら、その絵を堪能するのであった。
「これはなかなかに気合が入っている絵でもうすな。誰が描いた絵でもうす?」
勝家が素晴らしい絵に感嘆の声を上げながら、信長に問うのである。
「狩野永徳くんの弟子たちですね。彼らには1階から3階までの部屋という部屋に見事な絵を描いてもらっています。1階と2階は風景画と鳥獣画で、3階は竜虎を描いてもらっています」
「たらららーん。1階には帝が滞在できるように大きな広間を造ったのですー。その他にも梅、竹、松の間なども造ってあるのですー」
丹羽の言う通り、1階部分の部屋である梅、竹、松の間には、見事な梅の木、竹林、松林の絵が部屋や襖に描かれていた。それらもまた狩野永徳の弟子たちによる作である。
信長たち一行は安土城をどんどん上に登って行き、途中の3階部分にある吊り橋で、うひょおおお!と言いながら、橋を渡り歩きながら、安土城を堪能するのであった。
続いて4階に到達した信長一行は、長方形の部屋に入る。
「んん?ここには何も細工をしていないのでござるな。今までの階とは違い、無地の壁と襖なのでござるよ?」
家康がそう4階の感想を述べるのである。
「ああ、ここは上に続く階のインパクトを強めるためにわざとこのように何もない部屋にしました。あと、普段、将たちが昇れるのはここまでです」
「んんん?どういうことでござる?言っている意味がわかないのでござるよ?」
信長の言っていることがよくわからないといった感じで問い返す家康である。
「まあ、上の階を視てから、この4階の説明をすべきなのですが、ヒントだけは教えておきます。ここを含めて下の階は地上界なんですよ。そして、5階からは天上界となります。なので、この先、上に登れるのは基本、神である先生だけとなるのです。今日はめでたい日なので、皆さんにも天上界に案内しようというわけです」
「まあ、よくわからないでござるが、とにかく上に登ってみるでござるか。信長殿、案内をお願いするのでござる」
家康に促されて、信長は4階をさっさと通り抜け、5階へと到達する。5階には今まで通り、四方の壁に絵を描かれていた。だが、1階から3階までとは明らかに違う絵が描かれていたのだ。
「こ、これは、お釈迦さまの高弟10人の絵でござるな!?そして、こちらの絵はお釈迦さま本人なのでござる!ここにはお釈迦さまの説法のエピソードが描かれているのでござるな!」
「はい。解説ありがとうございます。家康くん。その通りです。仏の教えを知っているなら誰しもが知っている、お釈迦さまの説法の場面ですね。ここは釈迦の間です。さて、さらに上の階へと向かいましょう。そこを視れば、何故に天上界なのかがわかってもらえるでしょう」
5階のお釈迦さまの説法の場面を堪能した各将たちは6階には何があるのだろうと想いながら、階段を登って行く。そして、6階に到達したとき、皆はさらに驚くことになる。
「な、な、なんということでもうす!三皇五帝、孔門十哲、商山四皓、七賢。唐の国の有名どころが全てそろっているのでもうす!しかも、今までの階の絵とは全く別物と言っていいほどの出来なのでもうす!
勝家はただただ驚くしかなかった。唐の国といえば、正式名は【中華】である。さらに【中華】とは何かと言えば、【世界の中心】という意味である。簡単に言えば、6階は世界の中心の神々が居ます部屋なのだ。
5階は釈迦の間であった。ならば、6階は【世界の中心の間】であった。勝家は安土城の異様さにうすら寒さを覚えざるえなかったのであった。