ー楽土の章15- 手取川の合戦
「自分、能登の畠山氏の家臣のひとり、長連龍でちゅ!勝家さま。どうか、能登から上杉家を追い出してほしいのでちゅ!」
長連龍は加賀の一向宗たちの拠点である御山御坊を包囲している柴田勝家と面会を果たし、七尾城救援を訴えかける。
「ガハハッ!わかったのでもうす!能登を奪われれば、加賀は越中と能登の2方向から攻められることになるのでもうす。利家、成政、不破よ!御山御坊の包囲を解き、一気に能登の七尾城に向かうのでもうす!」
「わかったッス!もし、七尾城の救援に成功したら、畠山氏から、能登の半分ほど譲ってもらうッスよ!」
「ん…。半分と言わずに3分の2をもらおう。どうせ、畠山氏の力だと、この先、上杉謙信に抗うことは難しい」
「いっそ、能登の全てを畠山氏からもらうのはどうでござる?勝家さまが一喝すれば、畠山氏はおしっこをちびって、能登の全てを譲ってくれるかもでござるよ?」
「ガハハッ!それでは、畠山氏を救援する意味がないでもうす!」
「能登については、主君の畠山氏を救ってくれたあとに決めてくれでちゅ!あの城には自分の親族・兄弟が籠っているのでちゅ!」
長連龍は泣きそうな顔で、織田の将に訴えかける。
「我輩に任せておけでもうす。さあ、時間は残されていないのでもうす!すぐに進軍を開始するのでもうす!」
勝家は兵たちに陣払いを命じる。一時的に御山御坊の包囲は解かれ、加賀一向宗は安堵することになるのであった。
柴田勝家、前田利家、佐々成政、不破光治率いる2万5千の兵は一路、能登・七尾城の救援に向かう。その進軍速度は早いものであり、三日もかからず、加賀から能登まで縦断するのであった。
だが、勝家たちにとって、誤算が起きる。七尾城にて畠山氏の兵が反乱を起こしたのだ。あろうことか、城門を内側から開けることにより、上杉軍を七尾城に入れたのである。
「ギギギ!やはり、神仏は我に味方したのだギギギ!正しき道を行くものには、正しき結果が待っているのだギギギ!」
上杉謙信は七尾城を落とし、高笑いをする。さらに、刃向かった畠山氏とその家臣のほぼ全てを殺し尽くすのである。
「ギギギ!我に殺されること、ありがたく思うのであるギギギ!我に殺されたモノは来世では畜生道に堕ちる心配はなくなるのだギギギ!」
この七尾城での虐殺は今までの謙信の行動からはかけ離れたモノであった。彼は今まで、領土を手に入れるという欲は全くもって見せることはなかった。だが、なぜか、能登の地を手に入れた件だけにおいて、彼はその領土欲を世に示すことになったのだ。
それは置いておいて、七尾城が突然、堕ちたことにより、勝家たちは救援失敗となっただけではなく、上杉家と戦うためと考えていた拠点すらも失うことになる。さらには、南の御山御坊の包囲を解いたことにより、御山御坊から北は全て、勝家たちにとっては敵となってしまったのである。
「ううむ。これは困ったのでもうす。七尾城に入り、そこを拠点に上杉家と対峙する予定が大幅に狂ったのでもうす!」
「勝家さま、ここは逃げるッス!南は御山御坊。北は七尾城に敵を作った状態で戦うなんて、無理な話ッス!」
「ん…。これは絶体絶命の危機。自分は先に逃げて良い?」
「な、成政殿!何を弱気になっているのでござる!?逃げるにしても殿は必要でござるよ?」
「ん…。じゃあ、不破にその任を命じる。自分たちは逃げるけど、不破だけ残って?」
佐々がそう不破に言うのである。だが、不破はぶんぶんと顔を左右に振り
「むーりーで、ごーざーるー!やっぱり、拙者も逃げるのでござるううう!」
「ガハハッ!殿を出そうと、南北に敵を抱える今の状況では無駄死にするだけでもうす!全員、逃げに逃げ、大聖寺城で落ち合おうなのでもうす!」
勝家の指示の元、織田・北陸方面軍は来た道をそのまま通り、一目散に加賀の南端近くである大聖寺城まで逃げ始めるのであった。
織田軍が転進したのを聞いた上杉謙信は
「ギギギ!これは織田家を北陸から完全に追い出す好機なのだギギギ!七尾城には火をつけるのだギギギ!不退転の覚悟で織田軍を追い詰めるのだギギギ!」
この時、謙信は口の端からダラダラとよだれを垂れ流し、まさに狼が獲物の狐を追い込むかのようなぎらついた光を眼に宿していた。
「ギギギ!織田の将を討ち取ったものには感状を10枚渡してやるのだギギギ!」
謙信が家臣に渡す感状は、あの世の番人・閻魔大王に渡せば、現世での罪を全て見逃してくれると言われているシロモノであった。上杉家の家臣たちはこぞって、謙信からの感状を求めていた。そのため、上杉軍の士気は相当高く、南に逃げていく織田軍を追う速度は否応にも高まったのである。
「ぐああああ!」
「いやだあああ!こんなところで死にたくないだぎゃあああ!」
逃げ遅れた織田軍の兵士たちは、上杉軍により、次々と討ち取られていく。七尾城から御山御坊を抜け、さらには手取川付近までの道は織田軍の兵士たちの血により紅く染まって行く。
それでも、勝家たち、織田家の将たちは後ろも振り向かずに逃げに逃げた。だが、勝家たちにとって、さらに運が悪いことに、手取川が増水し、そこで足止めを喰らったのである。
「ギギギ!またもや神仏が我に味方したのだギギギ!」
謙信は手取川の増水に心躍る気持ちであった。自ら先陣を切り、馬上で槍を舞わせながら、織田軍の兵士を次々と屠って行く。
「ぐぬぬぬ!おい、利家、成政、不破よ!鎧を脱ぎ捨て、裸になるのでもうす!」
「えええ!まじッスか!?11月も差し迫っているときに、北陸の川に飛び込むのはさすがに入水自殺と同じ意味ッスよ!?」
「ん…。利家。凍え死ぬか、上杉軍に斬り殺されるか選ぶべき。自分は手取川に飛び込むほうを選ぶ」
「ひいいい!手取川の水が氷のように冷たいのでござるううう!でも、斬り殺されるのはもっと嫌でござるううう!」
「おぬしら、つべこべ言わずにとっとと、川に飛び込めでもうす!」
勝家はそう叫ぶと、自分が身に着けていた兜や鎧を脱ぎ捨てて、槍だけを背中に縄で結び付けて、手取川に頭から飛び込むのであった。
「うおおお。すごいッス。さすが歩いてしゃべる筋肉ッス!この冷たい水の中に勝家さまが飛び込んだッスよ!?」
「ん…。兜と鎧は惜しまなかったのに槍だけは手放さいんだ。さすがに瓶割りは捨てていかないか」
「勝家さまと生死を共にしてきた瓶割りでござるからなあ?さて、拙者たちも意を決めて、この氷のように冷たい川に飛び込むでござるか!」
勝家が率先して、ふんどし一丁の姿で増水した手取川に飛び込んだことが功を奏し、織田軍の兵士たちは、われもわれもと兜と鎧を脱ぎ捨てて、川に入って行くのである。
「ギギギ!まさか、将が裸に成り果ててまで手取川を泳いで渡るとは想っていなかったのだギギギ!」
謙信率いる上杉軍は増水した手取川を渡ることを断念する。そもそも、ここまで徹底して織田軍が逃げることなど想ってもいなかったのだ。
上杉軍の追撃から命からがら逃げだした勝家たちは大聖寺城で落ち合い、その辺の木を伐採し、たき火を起こし、暖を取る。
「ううう。身体が冷たいッス!俺、このまま死んでしまうッス!」
「ん…。利家。自分の身体に身体を重ねて?温めるよ?」
利家と佐々は震える身体を寄せ合い、お互いを抱きしめ合いながら、身体を温めるのである。
「最悪な絵面でござる。40手前の髭面のおっさんふたりが抱き合っているでござる」
「ガハハッ!不破よ。おぬしも身体が振るえているでもうすよ?我輩がこの筋肉で温めるのでもうすよ?」
「や、やめてくれでござるううう!」
不破の叫びもむなしく、勝家はふんぬおらあああ!と叫び、筋肉を解放し、不破を抱きしめ、その筋肉で介抱するのであった。
一方、織田軍に対して大勝を飾った上杉軍は七尾城城下まで引き下がり、連日連夜、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎを起こすことになる。
「ギギギ!酒が美味いのである。これほどまでに美味い酒、かつて味わったことがあるのか?ギギギ!」
「おお、謙信さまが大喜びでござる。謙信さまの笑顔を視ているだけで、我らは幸せの絶頂に登りつめるのでござる!」
「はははっ!さあ、呑もう!元気に呑もう!ここで英気を養い、越前まで攻め上がる力を蓄えようぞ!」
「愛愛愛!謙信さまの愛が愛で愛するのでしゅううう!景勝さまも、どうか呑んでくれでしゅううう!」
「……。では、それがしも酒をいただくので候。義父上。此度の大勝、おめでとうで候!」
直江兼続が上杉景勝の手に持つ杯に酒をゴボゴボと注ぎこんでいく。景勝は注がれた酒をぐいっと杯を傾け、ぐびぐびと飲み干していく。その姿を謙信はさぞ満足気に眺め
「ギギギ!さあ、お前たち、どんどん、飲むのであるギギギ!」
謙信たちはまるで能登地方にある酒を全て飲み干さんとばかりに飲みまくるのであった。
「ふう。おしっこがしたくなったのだギギギ!少し、席を外すギギギ!」
謙信は皆にそう言い残し、ひとり厠に向かうのであった。しかし、それが謙信が皆に残した最後の言葉とは誰も予想しなかったのである。
「ギギギ!おしっこがガバガバと出るのだギギギ!うひいいい、これほどまでに気持ち良いくらいに噴き出るおっしこなど、なかなかに体験できな、ギギギ!?」
謙信は厠で用を足していたのだが、急に目の前が真っ暗になる。しかも、言葉を口から出そうにも上手く声とならない。
「ギギギ!?ギギギ!?ギギギッ!!」
謙信は平衡感覚も失い、厠の便器に顔面を押し付けるように倒れる。そして、そのまま、意識が身体から遠くどこかへと離れていくのであった。




