ー花嵐の章17- 浅井長政が参る
2人は見つめあう。一方は可憐な花に見惚れて。もう一方は馬上の王子さまに見惚れて。どちらからとも手を伸ばしあう。二人は手をむすびあう。その手を男がぐいっとひっぱり、姫を馬上に乗せ抱きかかえる。
「お市さま。安心するのだぞ。この長政が守ってくれようぞ」
お市は、自分の頬が赤く染まっていき、心臓の音がはねあがっていく。今まで、殿方と接して、こんなことになったことは一度もない。
「は、はい。長政さま、ありがとうございます」
浅井長政は歯をにかっと見せ笑顔を作る。その所作に、またもやお市の心臓の鼓動が跳ね上がる。顔が赤くなっているのを見られてはいないかと、思わず顔を両手で隠す
「ん、お市さま、どうかしたか?」
「い、いえ。恥ずかしくて、つい」
かっこよすぎです、長政さま。顔はどちらかといえば、2枚目というより3枚目だ。しかし、お市のピンチに駆けつけ、危機から救ってくれて、さらには馬上にてお姫さま抱っこだ。充分、合格点である。
「あ、あの長政さま。女性にはいつもこんな感じなのですか?」
「ん、いや、そんなことはないぞ。いめーじとれーにんぐ通りに身体を動かしたまでぞ」
「いめーじとれーにんぐとやらで、わたしを助けてくれたと」
「そうだぞ。お市さまを助けるための絶好のしちゅえーしょんが来たので、頑張ったのだぞ」
南蛮言葉は、あまり詳しくない。でも、ニュアンス的にわたしのために色々、手を尽くしてくれたのだろう。それがつい嬉しく感じてしまう。
「長政さま、ありがとうございます」
何度目の感謝の言葉だろうか。自分のボキャブラリの少なさにやきもきする。
「ああ、お市さまを助けるのは、俺の役目ぞ」
応える言葉はぶっきらぼうだ。だが、大切に思ってくれているのは伝わってくる。今はそれで充分だ。
「長政さま。折り入ってお願いがあります。織田家を救ってください」
お市は、真剣なまなざしで長政に願う。長政は馬を操り、後ろの軍団の方に向く。
「織田家の姫、お市さまは無事だぞ、今から織田軍に加勢するぞ、皆の者ついてまいれ!」
おおおと浅井軍が喝采をあげる。長政は、お市を馬上から降ろし、駕籠の準備をさせる。
「お市さま。戦場は危険ゆえ、先に小谷に向かっていてくれ。すぐに信長殿を助けて戻ってくるぞ」
「は、はい。兄のこと、お願いします!」
「任せてくれぞ。おい、お市の従者たちよ。疲れているところを悪いが、道案内を頼むぞ。美濃の地は不慣れゆえ」
声をかけられ、木下秀吉は声をあげる
「は、はい!ただいま、織田軍は、お、大垣城にて交戦中です。ここからなら1両日中には、たどり着けるはずです」
「なんと、きみたちはあの距離をそんな短時間でやってきたのか。ふむ。我が軍なら途中、休憩を挟めば2日か3日か」
よく訓練された、秀吉の足なら1両日中であった。だが、そうではない他国の兵だとそうはいかない
「まあ、信長殿なら、きっと持ちこたえてくれようぞ」
秀吉はやきもきする心を抑えながら
「ありがとうございます。では早速、道案内をいたします!」
浅井長政の軍は動き始めた。織田軍の救援に向けて、大垣城へと進発する。
秀吉が秘策を携えて出発してから、早5日。大垣城にて、接戦を繰り返す、竹中半兵衛と織田信長たちであった。2600を率いていた信長は、いまや2千をきるまで、消耗させられていた。
「信長さま、北の地で狼煙が上がっております!」
その狼煙の色は青であった
「よくぞ、でかした、猿よ!皆の者、もう少しの間踏ん張ってください。救援がやってきます」
「ん、秀吉がなんかしたんッスか?あと、救援ってどこからッスか?」
事情のわからない前田利家が信長に尋ねる。
「北近江の浅井長政です。猿の手により同盟が成りました。大垣城へ救援に来てくれています」
「まじッスか?猿のやつ、やってくれたッスね!」
大垣城の必死の抵抗により、さがっていた士気は、この援軍の報せにより、みるみる上がっていった。つらい戦にそろそろ終わりが見えてきたからである。
一方、大垣城を守る竹中半兵衛たちは
「んっんー。あの狼煙を見る限り、織田側に援軍がやってくるのでしょうねえ」
「しかし、北から救援なぞ。一体、どこの軍なのだ」
氏家卜全は顔を青ざめ、竹中を問い詰める。
「まあ、浅井長政の軍でしょうね。大方、この戦に乗じて、織田の姫を近江に送り、同盟を成立させたのでしょう。ぬかりました」
はっはっはと笑う、竹中である。しかし氏家卜全は顔を青くしたまま、竹中に抗議する。
「笑ってる場合ではないぞ!この状況、如何するつもりか!」
ふふんと楽しそうに鼻をならす竹中は
「こちらもとっておきの策を使います。その策が生きてくるまでの間、死力を尽くして、この大垣城を守りましょう」
大垣城に残っているのは1500。浅井の援軍が到着すれば、信長の軍は3千を超えるであろう。まさに死地となる、この大垣城は
「こちらも狼煙を上げてください。色は紫です。それが策のための合図です」
安藤守就は、大垣城から紫色の狼煙が上がるのを見た。それを見るや、部下たちに指示を飛ばす
「竹中め、それほど大垣城は危機でござるか」
ひとり安藤守就はつぶやく。そして
「竹中殿より預かっていた策を使う。伝令のもの、速やかに実行に移せ、これは最優先事項だ!」
「やあやあ、浅井長政、見参ぞ。信長殿はそなたかかな?」
180センチメートルの大男が数名の部下を引き連れ、信長の陣幕に入ってくる。信長は170センチメートルで頭一つ、浅井長政は背が高い。
「おお、浅井長政殿、よくぞ参られました。どうぞ、こちらに」
長政は信長に椅子に誘導され、その椅子にどかんと腰をおちつける。
「はっはっは。浅井長政が軍勢1500が救援にきてやったぞ。これで信長殿も安心でござるぞ」
長政は続けて言う
「道中、お市さまに出会いましたぞ。噂通り、たいそう美しいお方であった。今更、返してくれといっても遅いですぞ」
「ははは。お市は長政殿の嫁になる女。返せなどと言うわけがありません」
信長はそう応える。さてとと続ける
「よく来てくれました。これで大垣城を包囲するは3000以上。長政殿は、城の北より攻め上がってくだされ」
「あい、わかったぞ。この長政、あんな小城、すぐさま落としてくれようぞ」
「ははは。敵には竹中半兵衛という勇将がおられる。油断なきよう」
「うちには海北綱親を連れてきている。そんな名も聞いたこともないような将に遅れをとることはないぞ」
海北綱親が踏ん反り返っている。まあ、実際に戦ってみればすぐにわかるでしょうねと思うが信長は口にはださない。
「では、夜が明けて、明日より時を同じくして攻め上がりましょうか。長政殿、よろしくおねがいします」
「あ、ひとつ忘れていた。信長殿。こちらは急ぎで来たため、兵糧が足りぬ。悪いがそちらで都合をつけてくれぬか?」
「はい、わかりました。丹羽長秀に言付け、運ばせましょう。ゆるりと夕飯をたのしんでくだされ」
やはりきたかと信長は思う。先日の織田家からの救援物資により、浅井家の倉庫は米であふれている。さらにねだってくるのかと。だが援軍に急いでやってきたとあらば、兵糧の準備ができてないとの言い訳は一応立つ。
「ははは。浅井家も織田家のように裕福であればいいのだが、なかなかにでござるよ」
長政はご満悦で陣幕から退場していく。
「やれやれ。彼はなかなかに食わせものですね。例えるなら狐といったところでしょうか」
「やたら態度のでかい狐ッスけどね」
前田利家が口を開く。あまり好印象を持たなかったようだ。だが戦国乱世の時代を渡り歩いていかねばならないのだ。あれくらいのほうが大名としてはちょうどいいのかもしれない。
次の日の朝。浅井軍は勢いよく、城を攻める攻める。まるで自分たちのみで大垣城など落とせるとばかりに勢いよく攻めたてる。対して、大垣城は、堅く門を閉ざし、籠城の構えを見せる。
浅井家の猛攻に晒されながらも、さすがは竹中半兵衛。要所要所で油、火矢、投石を使い、浅井軍を塀に付かせない。必死の抵抗により、浅井軍は相当な被害に合い、一度、兵を下がらせた。海北綱親を引き連れながらも、少々おそまつである。舐めてかかりすぎたのだろう。
それからの浅井の包囲は遠巻きになり、攻め手に欠けるようになってきた。近江くんだりやってきて、こんなところで兵は減らせないといったところであろうか。
やれやれと信長は思う。信長は櫓を数か所、建てさせ、そこから矢と鉄砲を撃ちこみ、大垣城の戦意を挫く作戦にでた。
北は浅井軍。東は織田軍。斎藤家の援軍は織田の別動隊に阻まれ、やってこれない。大垣城落城まで秒読みだと思われた。
大垣城完全包囲から数日後、一通の書状が信長の下にたどり着く。その書状を信長が見るやいなや、顔を真っ赤にし、こめかみに青筋を立てる。そして、指揮棒を机に叩きつけた。
「またしてもやってくれましたね、竹中半兵衛!」
信長の絶叫が戦場にこだました。




