ー花嵐の章15- 半兵衛 舞う
戦意をむき出しにした柴田勝家の勢いは止まらない。ご馳走をむさぼり喰らうかのように、目の前の斉藤龍興の軍へ挑みかかる。龍興の軍は1500。勝家の1.5倍の戦力を所持している。だが、勝家はその3分の1を半壊させても勢いは止まらない、止めれない。
「んっんー。すごいですね、敵の勢いが尋常じゃありませんね。ここはひとつ、早めに手を打ちますか」
竹中半兵衛が部下に狼煙を上げるよう指示を送る。
「鬼気迫るとは、まさにああいうのを言うのでしょうね」
でもと竹中は続ける。しかも楽しそうにだ。
「んっんー。織田に鬼がいるのなら、鬼退治をしなければなりませんね。桃太郎さん出てきてください」
竹中の陣から、赤い色の狼煙が上げられると、束の間、斉藤龍興の軍の後方2キロメートルで砂埃が舞う。後方に控えておいた後詰の安藤守就1500の兵に合図を送ったのである。
「いくら鬼と言えども、2倍以上の相手は骨がおれるでしょう。桃太郎さん。殿の護衛を頼みますよ」
竹中自身こそ兵500で、佐久間信盛1千という2倍差の相手と戦いながら、数の有利さを説く。
「んっんー。矛盾ですね!人生と言うのはいつも、矛盾との戦いです」
竹中はひと際、うれしそうだ。まるで戦をするために、ここにいるのだと言わんばかりに、喜びの雄たけびを上げる。
竹中という男はいつも不利な戦いを強いられる。策を好まない主君に重用されないのだ。従って、扱える兵は多くて500という小勢だ。小勢で戦う以上、必然的に、策を弄せねばならない。策を弄せば弄すほど、主君に忌み嫌われる。認められたいのに認められない。だが、敵はこちらのことなど構ってくれない。全力で叩きつぶしにくる。
「戦冥利につきますね。いい時代に生まれました、わたしは」
相手が殺しにかかってくるのだ、こちらも策も人も使い、全力で生き延びる。しかしと思う。
「わたしもあの敵将のように大軍を任せられ、のびのびと戦をやってみたいものです」
竹中は柴田勝家の猛進を羨ましそうに見る。
「殿!お待たせしました。どうかご安心を!」
「ひ、ひぃ、安藤!待ちかねておったぞよ」
斉藤龍興と安藤守就は合流し、総勢2500の軍へと生まれ変わる。安藤守就は、すぐさま龍興の軍を吸収し、体勢を整え直し、守備を厚くする。
柴田勝家は相手の空気が変わったとみるやいなや
「全軍、一旦さがるぞ!敵もなかなかやりおるでもうす、ガハハッ!」
柴田勝家は筋肉で脳みそが構成されているが、イノシシ武者ではない。筋肉の脊髄反射により、頭で考えるより、身体が動く。自分の攻撃のターンは終わった。次は敵の番である。機会を逃したと思ったら、即座に退く。そして、陣を固めた龍興、安藤の2軍に対して、何合か槍合わせをし、再び突撃を行う機会を探っていく。
「んっんー。これで、殿の守りは安全ですね。さすが、美濃三人衆のひとり、安藤さんです」
竹中半兵衛は人心地着く。いくら優勢にことを運べたとしても、大将がやられてしまえば、戦はそこで負けである。柴田勝家の軍にはその可能性が十分にあった。だが、こちらのほうが上手だ。
「では、わたしは、目の前の相手に集中しましょうか。さて、どこまでわたしと遊べるか、競い合いです」
竹中半兵衛は采配を振るう。采配を振るうと同時にほら貝が一定のリズムを持って吹かれる。
その音を聞いて、竹中の部隊が生き物のようにうねる。500は500でも、竹中の治める領民から選んだ500だ。農閑期に特別に訓練を受け、精鋭部隊として機能している。
「ちっ。なんだ、こいつら。こっちの半分しかいないのに、強すぎるぜ!」
佐久間信盛は唸る。俺だって退き佐久間だ。数々の戦場を渡り歩いてきたという自負はある。だが、この500は異質だ。例えるなら蛇だ。それも猛毒を持った毒蛇だ。
こちらが押せば下がり、こちらが下がれば押される。本来なら、これは俺の得意分野だ。それを逆手に取られて優位性を確保できない。
「だが、半分は半分だ。互角以上の戦いはできねえはずだ!」
1合、2合、3合と槍合わせ、弓合わせを行う。竹中、信盛双方、疲弊していく。さすがは退き佐久間だ。竹中半兵衛を相手に一歩も引かない。だが、こちらの疲労は敵の2倍だろう。1千で半分の500に匹敵される。勝家殿とは、別の強さだ。
信盛は堪らず、竹中軍と距離を取る。その距離200メートルだろうか。竹中軍もそれにあわせてじりじりと下がる。睨み合うこと10分。事態は動く。竹中軍がサッと引いたのである。
疲労困憊の信盛軍は追撃に出れず、逃してしまう。同時に竹中軍から黄色の狼煙が上がる。その狼煙が上がるやいなや、龍興と安藤の軍も下がっていった。
狼煙により、相対が中断し、勝家の軍も敵を追わず下がってくる。
「ふうう。とんでもないやつだったぜ、竹中ってやつは。河尻殿がやられたのも頷けるわ。これは、勝家殿と変わってもらったほうがいいような気がするぜ」
「ガハハッ!何を弱気なことを言っておる。こちらは1千で約3千の相手ぞ。変わりたいでもうすか?」
「ごめん、やっぱり遠慮しておくわ」
この人はこのひとで異次元だよなあと信盛は思う。
信盛と勝家は合流し、互いの意見交換を行っていた。
「なあ、勝家殿。罠を仕掛けられてるってわかってたら、どう防ぐ?」
「罠ごと敵を喰らうのも一興でもうす」
「退かれたら、それ以上に喰えってことか」
「ガハハッ!まあ、もしもどうしようもなくなった時の策でもうす。多用は禁物でもうす」
「たしかにそうだな。まだ始まったばっかりだ。急いてはことを仕損じる。じっくり、こちらの得意分野でいくか」
「戦とは、相手の長所を潰し、自分の長所を生かすことでもうす、ゆめゆめ、忘れぬように」
信盛と勝家の仕事は、大垣城に敵の援軍を入れないことである。敵殲滅ではないのだ。双方、勇将だ。その辺はよくわかっているつもりだ。
こちらは信長が居ます本陣のこと
「さ、佐久間信盛さま、柴田勝家さま、そ、双方とも、敵援軍を押し返したもよう、で、す」
それとと、秀吉は続ける。
「さ、佐々成政さま、前田利家さま、い、稲葉一鉄を追うも、氏家卜全の救援により妨げられ、し、城に逃げられた模様、で、す!」
「猿、報告ありがとうございます。引き続き、物見をお願いします」
大垣城側は有利。本陣より北側は数的に少々不利だが、よく押し返している。あとは丹羽長秀の小荷駄隊が本陣にきて、ほかになにごともなければ、信長本隊が大垣城の包囲に加われる計算だ。そうなれば、時間はかかるが、勝利は目前だ。
「少々、うまく行きすぎの気もしますが。各隊、油断なきようと伝令をおねがいします」
ははっと猿は頷き、伝令に走る。竹中半兵衛、なかなかやりますが、ここまでですかね。信長は少し残念な気持ちなのを自覚する。
日は過ぎ、一進一退の攻防は続く。だが開戦から5日を過ぎたあたりのこと。信盛は異変に気付く。
「なんだ、こいつら、急に動きが悪くなりやがった。どういうことだ?」
信盛は何とも言えない感じを受ける。
「まるで指揮官が変わったかのような感じがする」
異変は信長本陣から北の戦場だけではなかった。
「うわ、なんッスか!いきなり、大垣城の守りが勢いづいたッス。これはやばいッス!」
「ん…。囲んでいるのは、こちらなのに。やられそう!」
大垣城からの反攻がいきなり強まったのだ。利家たちは優勢に大垣城を囲んでいたのに、いまや、囲うどころか押され、敵の勢いを抑えきれない。
「おい、彦助!信長さまに伝言ッス!大垣城前、すくらんぶるッス!」
「は、はい!すぐに伝えてきます!」
飯村彦助は、急ぎ、鐘を一定のリズムで打つ。危機を知らせる音だ。秀吉はその音を聞くやいなや、信長の下へ急ぐ。
「の、信長さま!大垣城の兵より早鐘です!鐘の音は、我危険、救援求む、で、す!」
信長は座っていた椅子を跳ね飛ばし、立ち上がる。
「やつめ、やってくれましたね!急ぎ、本隊で利家、佐々の救援に向かいます」
「な、なにがあったので、しょうか」
猿は疑問に思いおそるおそる、信長に聞く。信長がそれに応える
「竹中半兵衛です。彼が大垣城にはいりましたね、これは」
信長は指揮棒が折れんばかりにギリギリと両手で握る。
「猿。秘策の準備をしなさい」
ただしと付け加える
「必ず成功させて下さい。そして生きて帰ってきてください」
「ははぁっ!」
猿は、陣幕を飛び出して部下に指示を飛ばす。かねてよりの秘策を使うのである。この勝負の命運をわける策を実行するのである。
「信長さまあ。本陣は、にわちゃんが守るのでいってらっしゃいなのです」
「任せましたよ、丹羽くん。適時、のぶもりもりと、勝家くんの支援をお願いします」
信長が出立する。竹中半兵衛との決着をつけるため、本人自ら、大垣城包囲へと乗り出す。
「全員、出撃です。まずは利家と佐々の救援を行います。急ぎなさい!」
信長軍は神速で本陣を出立していく。その背中を丹羽長秀が見つめる。
「信長さま、ふぁいとなのです。にわちゃんがしっかり見守っておくのです」
戦況は織田側にとって危機的状況を迎えた。信長はそれを打開するために大垣城へ向かって行くのであった。