ー花嵐の章14- 大垣城攻め
大垣城。東は美濃、西は関ヶ原を通り、近江へと続く交通の要所に置かれた城である。東からの人・物は必ずこの城下を通り、京へ続いて行く。
かつて、織田信長の父、信秀の時代。信秀は全身全霊を込めて、この大垣城を攻め落とした。だが、朝倉の裏切り、信秀の弟が斎藤家の捕虜となり、人質交換として、この大垣城は再び、斎藤家のものとなった。
織田信秀はこの失敗のあと、勢力拡大を諦め、足場固めに務めることとなった。
織田信長は4千の兵を率い、木曽川を渡り、大垣城の東、揖斐川の手前で陣を敷く。先陣に佐々成政、前田利家、中陣に佐久間信盛、柴田勝家。本陣には信長が位置していた。そして遊撃兼物見役として木下秀吉がいる。
対する斎藤家は、美濃三人衆の稲葉一鉄、氏家卜全が兵2千で大垣城を守り、稲葉山城から竹中半兵衛と斉藤龍興が兵2千で救援に向かいつつあった。
「も、物見の秀吉が報告し、します!大垣城を守るは旗印から察するに、み、美濃三人衆の稲葉一鉄、氏家卜全かと思われます」
物見に出ていた秀吉が信長本陣にて矢継ぎ早に報告を行う。
「へ、兵力は1千以上かと!そ、それに稲葉山城から援軍が、こ、こちらに向かっている模様!」
ふむと信長が頷く。
「たぶん、竹中半兵衛がやってくるのでしょう。簡単な戦とはならないでしょうね」
秋に入り、稲刈りが終わり、斎藤家としても春までたっぷり時間はある。今回は時間切れを狙っての勝利はむずかしそうだ。そして、いまは台風シーズンでもある。揖斐川、木曽川に囲まれたこの地に長居するのは危険である。
「のぶもりもりと勝家くんは、それぞれ1千率いて、向かってくる援軍を相手してください。それから、竹中半兵衛には、のぶもりもりが担当してください」
「いいけど、相手も名将だ。決着はつかないと思うぜ」
佐久間信盛がそう答える。
「いつもののらりくらり作戦です。本陣まで突破されないよう抑えてください」
「はいよ、いつものやつね。了解りょうかい」
「ガハハッ!では、我輩が斎藤家援軍本隊とやりあうわけでもうすな!」
「勝家くんは、派手にやっちゃってください。援軍本隊を稲葉山城に押し返すくらいの勢いで」
「決まり手、押し出しでもうすか、ガハハッ!」
勝家が意気揚々と発言する。頼もしい限りである。さてと信長は続ける
「大垣城攻めですが、利家と佐々にそれぞれ500づつです。川を渡って陣を敷いてください」
「えー、ちょっと少なくないッスか?それじゃ城は落とせないすよ」
利家が信長に抗議する。その傍らで佐々はあごに手を当て応える。
「ん…。なにか策がある?」
「はい、その通り。大垣城の守備隊は1千以上です。こちらは500と500で攻めるので。実際には少なく相手からは見えるでしょう」
「ん…。わかった、相手は見くびって城から迎撃を出す」
「その通りです。城を守るは攻めに強い稲葉一鉄と、守りが堅い氏家卜全です。稲葉一鉄が城からでてくる可能性が高いと思われます」
こほんと信長はひとつ咳をし
「先生が率いる本隊は、丹羽くんの小荷駄隊がつき次第、本陣の防衛を任せて出向きます。利家くん、佐々くん。奮闘を期待しています」
小荷駄隊とは、軍の兵糧を運ぶ部隊である。最後方部隊ではあるが、最重要部隊でもある。
「わかったッス!稲葉一鉄の首級をあげてやるッスよ」
「ん…。勢いは大事。だけど慎重さも必要。相手は手練れ」
この2人はいいコンビになるでしょう。互いを競い合わせるように、今後も運用していきますか。などと信長は思う。さて、もうひとりの有望株なんですが
「秀吉くん」
「は、はい!な、なんでしょうか、信長さま」
「あなたには、この合戦を勝利に導く秘策を預けますので、皆が出払っても、あなたはしばらくここに居なさい」
「殿、まーた、なにかよからぬことでも考えてるのか?」
信盛は、信長の言動を不審がる。確かに敵とこちらの数は互角だ。どちらかが圧勝というわけにはいかないだろう。そのための秘策をもっているということか。
「まあ、その秘策が必要にならないように祈ります」
秘策が必要になるということは、織田側の負けが濃厚になるということだ。そういう事態は御免こうむりたい。
「では、皆さん。大垣城攻めを開始しましょうか。各自、持ち場についてください!」
利家隊と佐々隊は揖斐川の渡河を開始した。信盛隊と柴田隊は本陣より1キロメートル北へ布陣する。対して、斎藤側は、援軍の竹中半兵衛500と斉藤龍興1500が南進する。信盛たちは手筈通り、竹中対信盛、龍興対柴田と相対する。
一方、大垣城の稲葉一鉄は激昂していた
「ワシを侮るか!思い知らせてくれる!」
佐々と利家は渡河する際、数が少なく見えるよう、兵をばらけて揖斐川を渡らせた。相手から見れば総勢600程度の小勢に見えたであろう。稲葉一鉄は城の半数の1千を引き連れ佐々の軍へ突っ込んでいく。
「ん…。全員整列。信長さまの渡河地点確保のため、戦え!」
稲葉一鉄は、部下にほら貝を吹かせる。突撃の合図だ。怒りに任せて1千の兵が佐々の隊に襲い掛かる。佐々は犬山城の戦いを思い出していた。あの時は固く守った。今回は
「ん…。柔らかく受け止めろ。勢いを殺せ!」
佐々は激突する部隊を軽く下がらせながら1千と相対する。固すぎれば、粉々になってしまう。柔らかすぎれば引き裂かれる。その妙を犬山城の戦いの後、信盛から教えを乞うた。
「んー、センスの問題だからなんとも言えん」
役に立たなかったな、信盛さま。佐々は守るより攻めるほうが好きなのだ。だが、回ってくる出番は攻めつつ守るだ。これが難しい。信長さまは、自分に敵部隊を止める役。そして、利家には、敵を食い破る役をやらせているのだ。
「おらおらッス!前田利家さまのお通りッス!」
佐々が受け止めた1千を斜めから利家は切り込んでいく。その姿を見ながら佐々は言う
「ん…。利家じゃ、攻めながら守るなんてできないか」
「んっんー。犬山城から誰か出陣してますねえ。たぶん、稲葉さまでしょう。籠城が最善策なのですが、しょうがないですねえ」
竹中半兵衛は、嘆息する。
「まあ、しょうがないですか。稲葉さまなら全滅まで戦うことはなく、ほどほどに城にもどるでしょう」
それよりもと、竹中は前方をみる。旗印から察するに織田方の将、佐久間信盛だ。相手は、退き佐久間である、これは手こずりそうだ。負けるわけではないが、時間がかかるという意味でだ。
「相手は、こちらの倍。1千といったところでしょうか」
竹中は自分の心配よりも、斉藤龍興の軍のほうを心配する
「龍興さま1500とあたるのは、どなたでしょう。戦場ではほとんど見ない旗印ですね。ですが、佐久間と両翼をまかせられるのです。少々、心配ですね」
見知らぬ旗印の隊から、長槍が1本とんでくる。龍興の兵を2人串刺しにして、槍はとまる。途端に前線の部隊は恐怖におののく。
「強欲破邪!我輩の槍を馳走するでもうす!」
また1本、長槍が飛んでくる。今度は、すんでのところで龍興の兵士たちは躱す。
「な、なんだ、この槍は!織田家には化け物でもいるのか?」
勝家は織田家内で干されていた。それは、信長の弟、織田信勝を擁し反旗を翻していた時期があったからだ。桶狭間の戦いでは、那古野の守備を任され、前線には出れず。犬山城の戦いではそもそも、戦線に立たせてもらえなかった。
「ガハハッ!戦の空気は気持ちいいのでもうす。つい、心が湧き立つでもうす!」
勝家は吼える。やっと信長さまに認められたことを。
「きさまら、信長さまに槍を向けたこと、後悔するでもうす!」
勝家は力の限り吼える。信長さまの矛となって戦えることを誇りに。
「我は、柴田勝家。瓶割り柴田とは、我輩のことよ!」
勝家は美濃全土に響かん限りに吼える。ただ、信長さまの勝利のために。




