ー花嵐の章13- 浅井家独立戦
6月に入り、斎藤家攻略に関して、織田信長は、またひとつ手を打つ。
清州城より北東5km地点の小牧山という標高100メートルにも満たない山と言うよりは丘に、斎藤家攻略拠点の城とその周辺に長屋と商人街を作ろうと言う計画だ。元来の山城ではなく、平城であり、小牧山をぐるりと囲むように空堀を掘り、土塁を積み上げた簡素な城を作り上げる計画だ。
その城の普請役として、丹羽長秀と柴田勝家が選ばれ、突貫工事で作業は進み、ひと月もしないうちに大体の形となったのである。
「にわちゃんが、ぷろでゅーすして、小牧山を立派なお城に生まれ変わらせるのです」
「ガハハッ!我輩の筋肉が労働で汗を流せと訴えかけてくるでもうす。丹羽殿。どんどん指示をくれでもうす」
「では、勝家さま。その木、邪魔なので引っこ抜いてほしいのです」
「ふんぬ!おらああああ」
その小牧山城、築城の間に、近江では激震が走っていた。浅井長政は六角家から嫁いできていた姫と離縁し、姫を六角家に送り返したのである。そして高らかに独立の宣言をおこなった。それに怒った六角家は、主家として浅井を誅すると称し、戦を仕掛けたのである。
「六角家なぞ、なにするものぞ!いざ、その首級、かっきってくれようぞ!」
「ははあ!殿、是非、あの将を討ち取る命令をわしにくだされ!」
「従属を強いられてきた恨み、はらさずにおくべきか!」
浅井長政は若いのに戦の腕前は確かで、当初、苦戦すると思われていた対六角家戦において、たいそう善戦した。そして家臣一同の結束力も高かったおかげか、六角家の将の首級を何人か取り、戦線を膠着させることに成功した。
「最初はどうなるかと思いましたが、存外、うまく行っているようですね」
「そうッスね、織田家からの支援物資のおかげもあるみたいッスけど」
織田信長と前田利家は人心地がついた。
「農閑期にはいるやいなや、いきなり六角家の姫を送り返しましたからね、浅井家は。驚きましたよ」
「本当にそうッスよね。血気盛んというか、相当、うっぷんがたまってたというのかッスね」
「決断は早いにこしたことはないです。ただ、向こう見ずな部分があってヒヤヒヤしますね」
「将としては有望ッスけど、1大名となるといささか軽挙妄動ッスね」
「性格なんでしょうかねえ」
「性格だったらやっかいッスねえ」
信長と利家は、少し遠くを見る感じで浅井家の将来を憂う。性格の格という意味は、固定されるという意味である。早い話が性格は固定されているから治らないのである。
季節は9月に移り、稲刈りのため、浅井家と六角家は互いに兵を引き、戦は終わった。
小牧山城も一応の完成を見せ、信長は拠点を清州から小牧山に移り、人事も一新した。
特筆すべきは、柴田勝家は、末森城から清州城・城代へ。佐久間信盛は、鳴海城から那古野城・城代へ。
佐々成政は、300人を率いる足軽隊長へ。木下秀吉は、足軽組頭長となり100人を率いることとなった。
「うちの隊長はどんどん偉くなるなあ。これは当たりの隊長かなあ」
秀吉配下の10人隊長の足軽頭の飯村彦助が、秀吉の出世ぶりに感心する。秀吉も彦助も同じ農民の出だ。同時期に信長さまに仕えたはずなのに、すでに秀吉は100人隊長だ。彦助はそのうちの10人を任されている。
「俺も50人長の足軽組頭になれるかなあ。秀吉さま、どんどん偉くなってくれよお」
隊長が出世すれば、部下も出世できるチャンスが増える。織田家の兵隊は隊長の出世のためにも部下が頑張るという流れができあがっているのだった。
ここで織田家の給与について軽く説明しよう。例えば、10人隊長の年収は36貫で、1貫=約10万円で換算すると、だいたい360万円だ。100人隊長となれば年収84貫=約840万円だ。城代、城主となれば、年収1億円以上となり、武将たちを独自に家臣とし、家臣団を結成できる。独立した軍隊のできあがりだ。
ただし、これは織田家の内情であって、他国は全くちがうので、他国との純粋な比較は難しい。貫だけでなく、領地を持っている場合はそこから作物の収穫も入ってくるのだ。例えば、前田利家は給料だけでなく、先祖代々の領地も持っている。戦国時代は、だれがいくら儲けていたのか正確にはわからない。
「ええー、俺も引っ越すッスか?領地があるッスけど」
「領地に代官おいてください。あなたは兵を連れて、小牧山に引っ越す。了解?」
「代官じゃ不安ッスよお、信長さまあ」
「焼きますか?焼かれますか?」
利家が引っ越しをしぶる。信長がにこりと笑っている。しかし目が笑っていない。噂に聞いた話、実際に、引っ越しをしぶるものたちの家に信長さまは火をつけているらしい。ここは大人しく従うッス。
「うっほん!代官には、わたしが責任もって信頼できるものを充てるのじゃ。だから安心して小牧山に移るのじゃ」
「拙僧も人選に加わるので安心してください」
役人畑の村井貞勝と、前田玄以がそういう。
「もし、あがりを横取りするような代官だったら、縛り首にするのじゃ!」
「丹羽さんに拷問をぷろでゅーすしてもらいましょう」
織田家は代官やるにも命がけッスねえ。まあ、これだけしっかりしている人たちがいるのだ。任せて引っ越し準備でもするッスか。
農繁期も終わり、10月に入ろうとしたころ、畿内(近畿地方)は三好家と足利将軍家の小競り合いが始まり、六角家は足利将軍側に付き戦うことになった。そのため、浅井家に構ってる暇はなくなり、浅井家は無事、独立を勝ち取ることになった。
「殿!やりましたな。これで三国一の美女がやってくるでござるな!」
「うへへ。うへへ。楽しみだぞお!」
「浅井家でもお市倶楽部を作るでござるよ!」
「名誉会長は俺だぞ!」
浅井のお家もしばらく安泰となり、お市の輿入れと織田と浅井での同盟の話を進めることになった。この同盟がすんなり進めば、困るのは斎藤家である。美濃の東は武田家だが、いまだ武田と上杉は争い合い、斎藤家にちょっかいをかけてくることはないだろう。だが、美濃の南と西を固められては、身動きしづらくなる。
「んっんー。このまま、すんなり浅井と織田で同盟を結ばれては、やっかいですねえ」
竹中半兵衛はひとり思う。結果的に遅滞行動の効果もそれほどあがらなかった
「足利将軍を守るため、方針転換せざるなかった六角家ですが、少々、浅井家に対して弱腰ですね」
竹中は、右手にもった軍配を左手でさすりながら
「義龍様が早世しなければ、また結果は違っていたのでしょうか」
斉藤義龍の時代、美濃と南近江の六角家は紆余曲折のすえ、同盟を結んでいた。家格がどうとかで散々なじられたが、苦心の末、こぎつけた同盟であった。だが、六角家家臣からの反対の声が根強く、斉藤龍興に代替わりしたさいに、なあなあにされ、同盟が切れていた。
「まあ、不謹慎な話。斎藤家が危機に陥ってくれたほうが、わたしの活躍が輝くのですがね」
竹中は夜空の星を見ながらひとり、ふふっとほくそ笑む。
「星が告げていますね。ひと際明るい星の下に、瞬く小さな星が集っていくのを」
今はまだ、斎藤家のほうが織田家より優勢だ。だが、将来、織田家に追い越され、追い詰められる時が来るかもしれない。
「しかしですね。斎藤には、竹中半兵衛がいます。そう簡単にはいきませんよ」
連日、織田家では会合が行われている。小牧山城の館で皆が集まっている。
「ん…。結局、お市さまを北近江に送るルートはどうするの?」
佐々が疑問を呈する。
「うっほん!ルートとしては、美濃の大垣を通っての最短ルートと」
貞勝は、地図上で尾張の西をを指示棒でなぞる
「時間はかかるが北伊勢を経由して伊勢路からの伊賀抜けで南近江にはいり、北近江にはいるルートなのじゃ」
ああでもない、こうでもないと皆がやりあっている中、信長は、すっと立ち上がり
「大垣城を攻めます」
浅井家へのルートをこじ開けるため、大垣城攻めを信長が提案したのだった。




